入学準備

テーブルに用意されている朝食は

スクランブルエッグにミニサラダ、コンソメスープとトースト、紅茶と

これまた朝から豪勢だな、と目を丸くした。


ご丁寧にトーストの傍にジャムとバターまで用意されている。

ホテルの朝食か?


高級レストランみたいにでかい皿の真ん中にスクランブルエッグだけがちょこんと鎮座してるのが癪に障る。


余白が気になるし洗い物が増えるだけだろ、

サラダとトースト同じ皿に置いてワンプレートにせえ。


と心の中で悪態を吐きながらスクランブルエッグを口に運んだ。


バターの香りと濃厚な卵の味が口いっぱいに広がる。スクランブルエッグでもこの卵の味の濃さはお高い卵の味だ、美味しい。


でも、この家庭で卵かけご飯や

市販の惣菜パン、菓子パンなんて食べる日はあるのだろうか。


行儀は悪いが味噌汁にご飯入れて食べた日には母親に泣かれそうだ。


でも毎日こんな食事してたらド庶民の私は

いつか心が疲れる、絶対にズボラ飯が恋しくなる。

どうにかして食事のハードルを低くしたいが、


とにかく今日は高校の入学式で、今はごちゃごちゃ考えてちんたら食べてる時間は無い。


ということだけは分かってるため、パパっと食べてしまおうとなるべく味わいつつ、急いで食事を終わらせた。


家や自室の雰囲気的に金持ちっぽいけど使用人はさすがに居なさそうだった。


一般家庭でも上の下辺りと言えばいいのだろうか。


普通の家よりは頭一つ抜けてるような感じがした。


歯磨きをして自室に戻ると

先程は気が動転して見落としていたが、

ハンガーにかかっている制服の存在に気がついた。


あれ、この制服……

間違いない、私が死んだあの日。

ゆっくり死ぬのを感じながら見たかったと強く願った、


来週に最終回を迎える大好きだった漫画の制服だ。


元々は乙女ゲームが原作で、

来年にはアニメ化も決まってたし、ドラマCDももちろん購入して何億回リピートしたことか。


本来アニメも見る予定だったが私が死んでしまったため一話すら拝めない悲しみが襲ってきた。


漫画版は誰ENDだったんだろう。逆ハーレムENDだったのかな。

読めなかったのがすごく悔しい。


私がこの作品で一番好きだったのは攻略対象ではなくヒロイン…、主人公だった。


ヒロインが本当に心の底から優しくて、可愛くて、だけど守られるだけじゃない勇敢さも兼ね備えていて、


その勇敢さが凛々しくて

女の私でも惚れ惚れするくらいかっこよかった。


手放しで尊敬したし、二次元のゲームの主人公だけどこういう人になりたいと思っていた。


そして同時に私はこのヒロインのカップリングは全て正義だというくらいに忠誠心すら芽生えていた。


私はひたすらこの作品で主人公を幸せにするためなら何でもしよう!という気持ちになった。


乙女ゲームだというのに私が恋愛した気分には一切ならなかった、

もはやシンデレラの魔法使いの気持ちである。


彼女が幸せなら攻略対象の誰が相手でもいい、

むしろ彼女以外が攻略対象と恋愛をしてはいけない。

厄介な推しカプオタクの爆誕である。


そんな作品に私がモブに転生した?夢?

と頬を抓ろうとしたが、本当に夢だった場合

覚めるのはあまりにも惜しくて止めた。


覚めたら多分泣き叫ぶ。


パジャマを脱ぎ、恐る恐る制服に袖を通すと

なんだか自然と背筋が伸びた。


まさか私がこの制服を着て

あろうことか登校する日が来るなんて。

涙が出そうになっていると


亜子あこ〜!準備出来た?そろそろ行くわよ」


と階下から母親の声が聞こえ、すぐに現実に戻った。


名前は生前の私の名前そのままだった。

まぁ転生していきなり名前が変わってもすぐに対応できないしその方が有難い。


革のスクールバッグの中は既に準備されていて、

スクールバッグを持ち玄関へ向かうとこれまた広々とした玄関で面食らった。


テレビの芸能人の豪邸特集とかでしか見ないよこの広さ。


並べられた新品のローファーに足を入れ、玄関を開くと素でうわぁ…、とげんなりとした声が出た。


住宅地といえば住宅地なのだが、

某動物のドールハウスのようなメルヘンな造りの家ばかり。


例にも漏れず、我が家もしっかりメルヘンだ。


白い外壁に淡い水色の屋根、

道路まで三段くらいレンガ造りの階段すらあるし、

オシャレな門扉がまた金持ちの匂いを漂わせている。


庭は広く色とりどりのバラが咲いているし、外でお茶出来そうなテーブルや椅子などもある。


そのメルヘンな雰囲気を壊さず、かつスタイリッシュなガレージから父親が車を出していた。


モブでもこんな豪勢な家なのか?

庶民出身故に鳥肌が止まらないし目眩もしてきた。

誰か助けてくれ。


ふと表札を見たら鈴木と書いてあり、

流石に苗字は違うかと思う反面


さすがに鈴木はモブすぎる苗字だなと妙に安心感を覚えた。


これで小鳥遊たかなし大道寺だいどうじなど仰々しい苗字だったら泡吹いて倒れていた。


「それじゃ学校向かおうか。」


と父親の声にまだ慣れないなと感じつつ、

後部座席の扉を開け車に乗り込んだ。

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