第7話 召喚系配信者、ギクシャクな幼馴染関係
今日も家でゴロゴロしていると、珍しく家のインターホンが鳴った。
茜は晩御飯の準備をしているので、俺が出る事にした。
うちの家ではインターホンはカメラを内蔵しているので、誰が来たのか一目で分かる。
「涼ちゃん⋯⋯」
俺の家に訪れたのは二人の幼馴染。
女の方は
マイクをONにして、ゆっくりと口を動かす。
「ど、どうしたの、二人とも」
恐る恐ると言った様子にキッチンに立っている茜から不審な視線を向けられる。
マメは俺達の様子を遠目で見ている。
『今日大切なプリントが配られてね。届けに来たんだ』
涼子が要件を言ってくれた。
「ぽ、ポストに入れておいて」
同じ高校に通う二人と合わせる顔が無い。
要件だけ終わらせて帰って貰おうとしたが、海斗がそれを遮る。
『折角だからさ上げてくれよ。久しぶりにゲームでもしようぜ』
人を惹き寄せる明るい陽キャの笑み。
断る言い訳ならいくらでも出来るが、理由が無い。
俺はどんよりとした気持ちのまま、ドアを開けて二人を招き入れた。
「私お飲み物を用意するね」
「ありがとう茜」
俺は二人を自室へと案内する。
「玖音の部屋久しぶりだな〜。少しアニメグッズが増えたか?」
「ま、まぁね」
アニメじゃなくてVなのだが⋯⋯言っても意味は無いだろう。
続かない会話。
涼子がカバンから綺麗にファイルに入れられたプリントを取り出す。
「はいこれ。くーくんに渡すやつ」
「あ、ありがと」
俺はそれを受け取ると、適当に机に置いた。
二人が座り、客人用のローテーブルを取り出す。
「にしても玖音、元気してたか? まじで学校来ねーから心配してんだぞ。な?」
「うん! くーくん、何も言わずに居なくなるもん。メッセ送っても全然返事してくれないし」
「ご、ごめん。何返して良いか、分かんなくて」
そう言うと、涼子は俺の背中をバチンと叩いた。
良い音が鳴ったなと、他人事のように思いつつ触れられた事に対しては激しく心臓を動かす。
「別になんでも良いんだよ。私達は話したいだけなんだからさ」
無邪気に笑う涼子は記憶にある彼女と何も変わらなかった。
海斗も同様に小動物を見る時の眼差しや微笑みを浮かべる。
ぎこちなかった空気が和らぎ、緊張が緩んだ。
そのせいだろう。俺は尿意に襲われる。
「ごめん。少しお手洗いに」
「お、そうか。急いで行ってこい。漏らすなよ?」
「漏らさんよ」
しっかりとドアを閉めて早足でトイレに向かった。
トイレを終え、部屋に戻るとドアが少し開いており、廊下まで何かの音が漏れていた。
本能的に俺はそれを見るべきでは無い⋯⋯そう感じた。
だが、その本能を前にしても動いてしまう心があった。
何かに突き動かされるように、ゆっくりとドアの隙間を除く。
クチャ、舌と舌が絡み離れる音がする。
涼子と海斗⋯⋯二人は俺が出て行ってからキスをしていたらしい。
見るべきでは無かったと告げた本能は正しかったのだと、今の俺の心が物語っていた。
まるで剣を深く刺された様な痛みだ。苦しく、痛い。
「ちょっと、さすがにくーくんの部屋でそれはまずいって」
涼子が拒絶するのを前に、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべてズボンのベルトを外す海斗。
最初は抵抗していた涼子も押し倒され、海斗の押しの強さに折れた。
「早くしてよ? くーくんが戻って来ちゃう」
「へーきだって」
人様の部屋で何してんだか。
注意するのは簡単だ。
だが、涼子の火照った表情を見て水を差すマネは俺には出来なかった。
ただ、現実を受け入れて時間の経過を待つしかない。
「お兄さん?」
階段にお菓子と飲み物の乗ったトレイを持った茜が立っていた。
俺がゆっくりとそちらに顔を向けると、青ざめる茜の顔。
次の瞬間に半分鬼の顔となる。
「ちょっとここ置くね」
紅茶にクッキーと優雅な時間を過ごすために茜が時間を掛けて準備してくれたのだろう。
その気持ちを嬉しく思いながら、部屋のドアに手を伸ばす茜を止める。
この子には見せたくない。
「見るな」
「ごめん。そんな顔をしてるお兄さんは見たく無い」
茜は俺の腕を振り払い、中を覗く。
服が乱れた二人が本番に差し掛かろうとしていた。
ぎっ、奥歯を噛み締める音が鼓膜を揺らす。
刹那、躊躇いなく強い力でドアを開け放つ茜。
驚く二人の顔が茜を見る。その次に俺の顔を見る。
俺はどんな酷い顔をしているのだろうか。
二人はすぐに顔を茜に戻す。
「⋯⋯出てけ」
「あ、茜ちゃん。これは⋯⋯」
海斗が服を整えながら弁明を始める。
しかし、有無を言わせない茜の鋭い視線に言葉を止める。
「出てけ! 人の家でそんな事する非常識な人間が敷居を跨ぐな! 今すぐに出てけ! 二度と来るな! 私達の前に二度と顔を出すな!」
茜が涙を浮かべながら、相手に言葉を出させないように捲し立てる。
助けを求めるような視線が俺を貫いたが、茜が間に入って壁となる。
「早く出て行ってください。さもないと、力尽くで追い出します」
ポキ、茜が指に力を込めると音が鳴る。
二人は茜が空手をやっていると知っているので、服を整えてすぐに玄関に向かって走った。
最後、何かを言いたげな涼子の顔が見えたが俺は何も聞かなかった。⋯⋯いや、聞けなかった。
「⋯⋯涼ちゃん、海斗」
去っていた二人の背中を思い出しながらドアを見詰めていると、グイッと顔を茜の方に向けられる。
両頬を挟む細長く暖かい手は微かに震えていた。
「あんな人達は友達でもなんでもない。最低な人達です。忘れてください」
「茜⋯⋯未遂だったんだ。そんなに⋯⋯」
「⋯⋯関係無いんですよ。この家はお兄さんの力で成り立っているんです。その大黒柱を憂鬱な気持ちにさせる人達なんて、この家には居ちゃいけない。関わるのは、お兄さんのためにならない」
一通り言い終えると、ぺたりと床に座る。
準備してくれた物的に茜は舞い上がっていたと思う。
だから見せつけられた光景に憤慨している。
俺はクッキーを一つ摘み、口の中に入れた。
噛み砕くと口いっぱいに広がる甘い味と爽やかな風味。クッキーの中に何か入っていた。
「美味しいよ。手作りだろ、これ。ありがとうな」
茜の口元にクッキーを持って行くと、何も言わずに食べた。
ボリボリと不貞腐れた状態で食べる。
「上手く出来て何より、かな」
溜まった涙を流しながら、微笑む。
それで良い。
茜は笑顔が1番だ。
二人で片付けに向かうと、凛が家の中に入って来る。
「さっき俯いた桐島さん達を見たんだけど、なんかあったの?」
俺達の様子、主に俺の顔を見てフフっと口角を上げる。
この流れは不味い。
止めようと動くが一足遅かった。
「もしかして初恋相手の見たくない光景でも見たの? つーかまだ好きなの? あの二人付き合って何年よ? 未練タラタラなのキッモ!」
ゲラゲラ笑う凛の方向へ向かう灰色の影。
俺の静止が飛ぶ前に響く、パチンっと乾いた音。
凛は何が起こったのか理解出来ず数秒、赤くなった頬に触れて鬼の眼差しを射抜くように茜に向ける。
「何すんのよ!」
凛の怒号が響く。
「どうしてそんな事言えるの。辛いって見えててなんでそんな風に言うのよ。少しは心を労りなさいよ!」
茜も負けじと叫ぶが、声は震えていた。
「暴力を振るっておいて偉そうなのよ!」
凛の平手打ちが飛ぶが、華麗にブロックして逆に関節技を決められる。
「痛い痛い痛いって!」
「お兄さんはもっと痛かったんだよ!」
「そんなの知ら⋯⋯痛いっ! ごめんって。悪かった。だから離して!」
茜が凛を離すと、凛はキッと強く睨んでから部屋に走って行った。
嵐のような短い時間の中、俺はただ立ち尽くして見守る事しか出来なかった。
「⋯⋯なんでよ」
本当なら何か言うべき所。もっと早く止めるべき所。
だけど、茜の目尻に浮かぶ涙を見て、俺は何も言えなかった。
「わう〜」
慰めてくれるマメに甘えると、勢い良くドアが開く。
家族は全員揃っている。不法侵入者だ。
「大きな音したけど大丈夫!」
不法侵入だが幼馴染の咲夜だ。警察沙汰にしなくて良いな。
「咲夜さん⋯⋯」
「茜、何があったのさ」
茜は俺に何の許可も得ず先程起こった事を洗い浚い話した。
話を聞いた咲夜は凹むと思ったが、予想と反して大きく憤怒の炎を燃やした。
「何それ意味分かんない! 友達の部屋でする? 頭ヤバいんじゃないの! ⋯⋯そっか。涼ちゃんもそんな人間だったんだ」
含みのある言い方が気になったが、質問する前に咲夜が俺を抱き締めた。
強く抱き締めて来るが、不思議と苦しくない。
むしろ、その優しさが居心地良いとさえ思える。
「もう、昔みたいには戻れない⋯⋯かな」
昨日の言葉を思い出す。
咲夜がそう思うのなら⋯⋯それはきっと現実のモノとなるだろう。
咲夜を悲しませたくは無かった。
「ごめん咲夜。俺が、こんなんだから」
「おにい⋯⋯」
「玖音は悪くないよ。悪いのは人の心を弄ぶ奴が悪いんだよ。だから、気にしなくて良いんだよ。玖音には私が居る」
咲夜は俺にはもったいないくらいの、眩しい笑顔を浮かべる。
「⋯⋯ありがとう」
妹と幼馴染に慰められるって⋯⋯かなり情けないな。
「⋯⋯いや、私もいるからね。妹さんいますからねここに」
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