第6話 召喚系配信者、妹の喧嘩は見たくない

 《レベル99のパーティがフルボッコにされた》

 《参加賞豪華過ぎてw》

 《久遠ちゃん一人でダンジョンクリア出来るんじゃね?》

 《マメはマスコットじゃなかった》


 《ルミナさんを嫁にください》

 《どのくらいの時間でここまで強くなったの?》

 《久遠ちゃんの謎が増えた気がする》

 《なんでそんな強いん? そしてハーレム羨ましい》


 様々なコメントを見ながら好評な企画となった事を確信する。

 今度はもっと適切な仲間を選んで、もう一度同じ企画をしようと思う。

 まずはあれだ。世十は出禁だ。


 あまり俺自身が召喚獣を把握してないので、手頃な誰かを紹介して貰わないとな。


 「玖音。私の戦いぶりはどうだった? また共に戦いたくなったか?」


 「そうだね〜」


 適当に流したが、ルミナは嬉しそうに体をクネクネさせる。


 強さだけ見ればそりゃあ頼もしい。

 しかし、強過ぎても敵の分析や難易度の上がり幅が分からなくなる。

 だから基本的に強過ぎる仲間に戦って欲しくは無い。

 ルミナは暫く召喚しないだろう。


 「玖音、何か不穏な事を考えてないか?」


 「ううん。考えてないよ。ルミナが次に戦うならどのタイミングだろうって考えてたの」


 「私は何時でも構わない!」


 大きな胸を張り、ドンッと構える。

 頼もしい限りだね。


 配信を終え、俺は家に帰る事にした。

 マメの散歩がてら遠回りをしつつ、元の姿に戻る。


 「そろそろ家に帰るか」


 「わん!」


 人気の無い暗い夜道を歩き、俺は家に帰った。

 ドアを開けると、タイミング悪く妹の凛と鉢合わせた。


 染めた金髪ショートにカラコンの明るい緑色の瞳。

 メイクもバッチリ決めて、俺目線で偏見を過剰に含んだ言い方になるだろうが、ギャルだろう。


 「げ。愚兄」


 不思議なモノだ。

 昔は「お兄ちゃん」と呼んでいたのに、今では「愚兄」だ。悲しい気持ちになる。

 ⋯⋯あれ? 「お兄ちゃん」と呼ばれている思い出が蘇って来ないな。


 「凛、帰りが遅いじゃないか」


 「お前が言うなよ。つーかまだ夜の7時だし。遅くない」


 確かに。

 今日は人と関わったから疲れて、体感時間がかなり進んでいたようだ。


 凛は俺を品定めするようにじっくりと見てから、鼻で笑う。


 「引きこもりがマメの散歩とかするんだ」


 「悪いか?」


 「そんな事言ってないじゃん。どうせ暇だしね。少しは役立ってるって事でしょ」


 「そりゃあどうも」


 マメは俺の後ろに隠れるように移動する。

 凛もマメは可愛がっているが、俺への態度は見ての通りだ。

 そのせいであまりマメに好かれていない。


 「と言うか学校の人と会ってないでしょうね? 恥ずかしいから絶対に止めてよ」


 「俺も極力人を避けるようにしてるから問題無い。そろそろ玄関から上がっても良いか? お腹が減ってるんだ」


 「引きこもりでも散歩すれば立派に空腹になるか。あんたに食べられる食材が可哀想で仕方ないけど」


 「そうだな」


 俺が適当に返事を返したのが気に食わないのか、罵詈雑言を浴びせようと凛の肩に力が入る。

 どうして凛は俺をそこまで貶したいのか。

 妹からの悪口に心を痛める俺じゃないので、それも全て聞き流す受けの姿勢を取る。


 だが、凛から次の言葉は出ない。


 「止めなさい凛」


 茜がキッチンから廊下へ出て来たからだ。


 「何よ」


 「何よ、じゃないよ。お兄さんに謝りなさい」


 「はぁ? なんでアタシが。真っ当な事しか言ってないし」


 「どこが真っ当なの?」


 静かに怒りを飛ばす茜。彼女の鋭い視線と冷たい声音に凛が怯む。


 「毎回言ってるよね。お兄さんがダンジョンに行ってお金をいっぱい稼いでくれてるって。可哀想なのは凛のメイク道具に使うお金だよ。友達と遊ぶお金も洋服代も全部全部お兄さんが出してるんだよ。なんでそんな風に言えるの? 頭おかしいんじゃないの?」


 「知ってるっての。ブラコンうっざ。アタシ寝るからご飯要らない」


 茜のマシンガン攻撃により凛は自室へと早足で向かって行った。

 ドタドタと階段を駆け上がる。かなりお怒りだ。


 「ごめんお兄さん。ご飯にしよ」


 「いつもありがとう。⋯⋯こんな事になって悪かったな」


 「ううん。お兄さんは何も悪くないよ。バイトもせずに遊び歩いてるクセに、あんな風に言う凛が100ぱー悪い」


 「あんまり毒のある言い方はしないで欲しいな」


 「お兄さんは甘いんだよ」


 茜は呆れつつ、2人分の料理を手際良く机に並べる。

 凛の分が用意されていなかった所を見るに、元々家に帰って来る予定ではなかったのだろう。


 俺への当たりの強さから推測するに⋯⋯彼氏に振られたか。


 俺の物思いを止める茜の呟きが聞こえる。


 「どうして凛ってああなっちゃったんだろ。もう少し大人になって欲しいよ」


 「茜が大人過ぎるんだ。茜もお友達とU○Jとかに遊びに行っても良いんだからな」


 「ありがと。機会があればそうするよ」


 マメのガリガリとドックフードを噛み砕く音をBGMに美味しい食事を終えた。

 

 部屋に入り俺は推しVのルージュの雑談ライブを開いた。

 彼女の声を来ていると不思議と元気を貰えるので好き。

 雑談配信を見ながら、俺は先程の光景を思い出す。


 凛と茜は双子でありながら全く似ていない。

 だから絶えず喧嘩をしている。俺はそれがどうにも気になる。

 たった2人の姉妹なんだ。仲良くして欲しいと兄として思う。


 俺では考えても二人の仲を深める方法が思い付かない。

 なのでルージュにスパチャで質問する事にした。

 マメが見守る中、拾ってくれる事を期待する。


 『お。最近話題の久遠さんかな? まさか見てくれてるとはな。嬉しいぜ』


 俺の事を知っているようだ。

 そうか。俺のチャンネルがルージュに認知されたか。

 嬉しいような、理由が理由なだけに嬉しくないよな、複雑な所だ。


 『ふむふむ。中々に複雑だね。姉妹喧嘩を止めて仲良くさせたい⋯⋯か。まず当事者がどう思っているかが重要だな。独りよがりじゃどうにもならない。片方が寄り添いたい気持ちがあれば、関係は変わるかもしれない。第三者の久遠さんは具体的に二人の状況を把握する所から始めると良いと思うね』


 「二人の状況か。⋯⋯確かに、俺はあまり二人の心を知らないよな」


 凛はオタクで引きこもりの俺を嫌っている。

 ⋯⋯久遠としてだが、ダンジョンに言ってるし引きこもりなのかは怪しい。

 凛は頭では金を出しくれているATMだと理解しているが、本能的に嫌っているのだろう。


 反対に俺へ必要の無い感謝を沢山向けてくれる茜。

 凛の態度に常に苛立ちを覚え、顔を合わせる度に言い争いになっている。

 主に俺の話題が中心だ。


 「二人の状況の中心に俺がいるなら、俺が変われば少しは変わる⋯⋯か?」


 壁に掛けられた少しホコリを被った制服に目を向ける。

 苦い思い出しかない学校生活。俺はそこから逃げ出した。

 色々な不幸と苦痛が重なった高校1年、数少ない巨大な幸運で今がある。


 「どうしたモノか」


 今でも学校に行くのは嫌だ。

 だが、このままでは二人の仲は一向に直らない。

 兄として、喧嘩する二人は見たくない。


 そう考えていると、ルージュが配信を終える時間となった。

 今日も最高の時間をありがとう。感謝の印として無言の赤スパを送っておこう。


 『無言スパチャを流行らせた張本人が久遠さんって言う事実に今日気づいたよ。スパチャありがとうな。無言は勿体無いから言葉をちょうだい? 普通に怖いしね!』


 加速する無言スパチャに可愛らしくアワアワするルージュに癒されながら、パソコンを閉じる。

 それから数分後、俺のベランダに隣の家のベランダから飛び込んで来る音がした。

 俺は驚く事も無く慣れた手つきで鍵を開けて中に招き入れる。


 「よっす玖音」


 「よっす」


 片手を上げながら挨拶をしたのは隣の家に住む幼馴染、八代咲夜やしろさくやだ。


 シルバーカラーのロングヘアーを靡かせ、月に輝く碧眼を俺に向ける。

 ほのかに香るシャンプーの匂いと日曜朝にやっている戦隊ヒーローのレッドのキャラクターが印刷されたパジャマが実にアンバランス。


 「風呂上がりか?」


 「ぶっぶー不正解。そこそこ時間経ってるから風呂上がりじゃなーい。それよりさ、なんか元気ないじゃん。どうしたのさ?」


 ベッドにドサッと座り込み、俺の瞳を覗き込むような上目遣いをする。

 彼女は天真爛漫な性格でありながら勘が鋭い。嘘は通じない。

 マメも懐いており、彼女の膝の上に飛び乗って撫でられている。⋯⋯マメの浮気者。


 「ほら。ここ座って言ってみ」


 ポンポンっと隣を叩いて呼ぶので、2人分の距離を開けて座った。

 咲夜は距離を詰めて太ももが当たる位置まで接近した。

 離れようとするが、有無を言わせない眼差しで金縛りにあう。

 

 観念した俺は女の子の匂いに緊張しつつ、悟られないように話し出す。


 「実はさ」


 俺は姉妹喧嘩について話した。


 「まーだやってんのか」


 「うん。どうしたら良いのかなって」


 「玖音に出来る事は少ないかもしんないね」


 はっきり言うなこの子。傷つくぞ。


 俺の心境を知ってか知らずか、凛は月よりも明るい笑顔を浮かべる。


 「まずは二人の状況把握からだな」


 「どうしてそう思うの?」


 「手を出すにしても二人の気持ちを知らないと意味無いじゃん? 一方的な想いは伝わらないモノなんだよ。だから、気持ちを確かめないといけないの」


 凛は儚く切ない、小さな笑みを浮かべて体を俺に預けるように凭れる。

 突然の事でビクッとした俺は頭の整理が追いつかないまま、気を紛らせるため言葉を紡ぐ。


 「もしかして経験談か? なんか説得力がある」


 「さーどうだろうね。私の方でも色々と考えてみるよ。玖音の辛そうな顔、見たくねーもん」


 「ありがとう」


 「良いって事よ」


 そう言い、咲夜は部屋に飾られた子供の頃の写真に視線を向ける。

 俺と咲夜、そして他の幼馴染二人の男女が写った写真。

 楽しかった時期の、過ぎ去った思い出の写真。


 「昔みたいに、また4人で遊びたいな」


 「⋯⋯ああ、そうだな」


 それは無理だ⋯⋯その冷たい言葉を俺は飲み込んだ。


 咲夜は体を起こして立ち上がり、フワリと振り返る。


 「そんじゃ、茜や凛の関係がまじでヤバくなったら⋯⋯普通に不安な時でもなんでも良いからさ、すぐに私に相談しなよ」


 「ああ。その時は頼む」


 「任せろ。なんたって私は⋯⋯」


 「正義のヒーローだろ? 知ってるよ」


 「⋯⋯そっか。なら良いんだ。本当に、困ったら一人で考えず頼ってね」


 何か言いたそうな顔をした気がするが、気がするだけなので気のせいだ。


 咲夜はベランダをジャンプで飛び越え、自分の部屋に去って行く。

 部屋に戻る前に、軽く俺に手を振った。

 咲夜が自室に消えてからも最後に見せた、はにかむような笑顔が頭にチラつく。


 俺は寝るためにもマメを抱いて、寝る事にした。


 「わう〜」


 少し嫌そうな鳴き声だったが⋯⋯きっと気のせいだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る