第3話 召喚系配信者、覚悟を決める

 「スズメに成りたい」


 そう呟くのはベッドで転がる俺である。

 配信の切り忘れで色々と世間にバレた。ショックが大き過ぎて何もやる気がおきん。


 どうしてスズメに成りたいのかと聞かれたら⋯⋯俺のような弱虫にはスズメサイズが丁度良いと言う⋯⋯。


 「わんわん!」


 俺の現実逃避を弾き飛ばしてくれたのは召喚獣兼飼い犬のマメだ。

 スキルやレベルなどはダンジョンの中でしか使えない⋯⋯が、ある条件を満たすと外でも召喚獣は出せる。

 世間に広まってない事なので、俺も誰にも話してない。話す相手が居ないとかじゃ断じて無い。

 きっと他の召喚士も同じ事をしている。


 外でも絆を深められるのは召喚士にとって圧倒的なアドバンテージになるからな。

 ま、深い絆が無いと外で呼び出せないけど。


 さて、未だに吠えているマメは俺に何を伝えたいのだろうか。

 撫でて欲しいのだろうか?

 全く、甘えん坊め。


 「グルルル」


 白い牙を剥き出しにして俺を威嚇する。

 なるほど。違う可能性が高まった。

 散歩か? 妹達が可愛がっているしダンジョンも行ってるし散歩は十分じゃないか?

 ご飯か? 妹達が可愛がっているから以下略。


 ⋯⋯ご飯?


 「あ! 生活費渡してない!」


 俺は立ち上がり、ヤレヤレ感を出すマメが影から渡す用の生活費を出してくれる。

 賢い子で嬉しい限りだ。


 ありがたく受け取り、学校に行く前の妹一人を発見した。

 ギリギリ間に合いそうだ。


 「茜!」


 西条茜さいじょうあかね、俺の妹の一人。

 双子姉妹の妹側の子である。


 灰色の髪に澄んだ青い瞳。常にクールで慌てた様子をあまり見ない、俺と違って優秀な良い子だ。


 「お兄さん。起きてたんだね。ご飯なら冷蔵庫に入れてあるから温めて食べてね。それじゃ、行って来るね」


 事務的に必要事項を伝え終えた茜はドアノブに手を伸ばす。


 「待って! お金! 生活費、受け取って」


 俺は茜の前まで走った。

 今の体で走るのは久しぶりだ。冗談抜きで。


 「まずこれ生活費。40万くらい」


 「そんなに要らないよ」


 申し訳なさそうな顔をする茜。


 「この中から茜とりんのお小遣いも引いてくれ。凛には最低10万渡しておいて。足りなかったら言ってくれ。用意するから」


 現役女子高生1年生には足りないか?

 茜は家事全般やってくれているし、本当は別で用意する予定だ。


 西条凛は双子の姉側である。


 「凛にそんなに要らないよ。本当に」


 呆れたような、侮蔑するような、そんな眼差しをどこかへ向ける。

 このにはいない凛を思い浮かべているのだろう。


 「凛はオシャレ好きだろ? 沢山お金使うだろうから必要だよ。変なバイトとかもして欲しくないし、少しでも兄らしい事がしたい」


 「お兄さんは十分にしてくれてるよ。お父さんやお母さんの代わりに⋯⋯それじゃ、学校行ってくるね」


 辛い過去を振り払うみたいに早口で言い切り、儚げな表情でドアを開ける。


 「ああ。行ってらっしゃい」


 俺は茜を見送った。

 茜は敷居を潜る前に玄関に飾ってある写真を一瞥した。


 その写真には茜と同じ制服に身を包んだぎこちない笑顔の俺と中学最後となる妹2人、明るい笑顔の両親が写っていた。

 1年前の写真、交通事故でもう二度と見る事の出来ない両親の笑顔。


 「俺がダンジョンに行くきっかけ⋯⋯今となっては無責任な思い出だな。朝ご飯食べようか」


 「わん!」


 自暴自棄になって、ダンジョンに何も考えずに突っ込んで。

 後々危険な行為と知った、ちょっとした裏技っぽい事をして。

 今は世間的に見ても贅沢と言える暮らしをしている。


 朝ご飯を食べながらスマホを開いて、久遠のエゴサを始める。


 「はは。燃えてる燃えてる」


 笑えない状況だな。


 「と言うかマメ。配信切り忘れ気づいてたのに言わなかったな?」


 「わふ!」


 ドヤ顔⋯⋯なんだその自信ありげな態度は!

 バズる⋯⋯って考えてくれたんかな。賢いなコイツ。

 視線をスマホに戻す。


 「ほとんど否定的な意見ばかりだけど」


 「わん?!」


 「そりゃあそうだろうよ。美少女を推してくれた人達全員敵に回ったんだぞ。女性だけの大手VTuber事務所で中身が男ってなったら大事だぞ!」


 「わん?」


 あまり理解した様子のないマメ。

 そもそもそんな奴は入れないだろうから、例えが悪いな。

 さて、炎上をどう対処するか。ネットに転がる意見を見ながら考える。


 「強さの秘密が気になる、戦力、現在の到達階層⋯⋯ねぇ」


 否定的な意見も多いが、中身が中身なだけにダンジョン攻略を生業とする者からは情報提供を求められている。

 これを上手く利用出来れば新たな道も切り開けるか?


 「でもせっかく頑張って作って来たキャラを捨てたくないなー」


 ゲームを良くする人なら分かってくれそうな悩みだ。

 育てたキャラをちょっとしたきっかけで変えたくない。

 それに配信自体は楽しかったのでまだ続けたい。


 「マメはどうするべきだと思う?」


 さぁ、と言わんばかりに一鳴き。

 マメに意見を求めるのは諦めよう。


 軽く情報を整理する。

 求められている情報を大まかに分けると『現在の到達階層』『強さの秘密』『総戦力』だろうか。

 総戦力に関しては俺も完璧に把握していない。色々と召喚してはレベリングして強い仲間に丸投げしている記憶がある。


 基本的に召喚して戦ってもらう奴が固定化している弊害だな。

 良し、これについては良く召喚するメンバーの強さを見せて納得してもらおう。

 ある程度見せればそれが総戦力だと勝手に解釈してくれるはずだ。


 「到達階層は切り抜きであがっているだろうし放置で構わない。説明するべき点は強さの秘密か」


 言ったところで実践する人は少なそう。

 俺はたまたま上手く行って安定して出来る状態になっただけだし。

 だから言っても構わない。


 俺は他の人が強くなる事に抵抗感が無い。

 むしろ望ましい。


 「俺一人じゃ、全勢力を持ってしてもダンジョン踏破は出来ないし。他の人もマメ達みたいに強くなれば良いよね」


 だけど、俺はきっとこの秘密を話さない。

 オンラインゲームで誰も発見していない場所やアイテムを軽々と話すのは⋯⋯嫌だよな。

 他人が強くなる事に抵抗感は無いが、自分の特別と思っている物を捨てたくは無い。


 俺はやる事を決めたので、ダンジョンに行く。


 そのために自室に行き机の引き出しから白い液体の入った袋を取り出す。

 この白い液体がなんなのか、深堀はしたくない。


 「うぅ」


 「マメ。臭いだろうからリビングで待ってくれて良かったのに」


 もしもこの液体が机の引き出しの中に入っていると妹達に知られたら⋯⋯死ねる自信があるね。


 「⋯⋯淫の盟約により、媒介として捧げ、召喚に応じよ。来いシャルル」


 ぶっちゃけると必要の無い詠唱だ。仲間達があった方が嬉しいとか言うので毎回適当に詠唱している。

 多分毎回内容が違うと思う。


 白い液体が輝いて、蒸発するように消えて行く。

 その光は袋から飛び出て、俺達の目の前に人の形を作って行く。

 

 人の手で丹精に作られた人形のような美形。

 グラビアモデルも歯ぎしりして妬む妖艶なスタイル。

 その美貌はあらやる男を虜にする⋯⋯名の知れた悪魔。

 サキュバスだ。


 「世十せじゅうが一人、世淫せいんのシャルル参りました」


 美しく微笑むその顔は⋯⋯少しだけ痩せていた。

 いつもはピンクの背景が見える程のオーラを纏っているのに、今は覇気があまりない。


 「こんな時期に呼び出してすまない。いつものように俺を久遠にしてくれ」


 「りょうかーい」


 無理して元気なフリして魔法で俺を女にしてくれる。

 魔法を施されている間に少し補足。


 世十とは俺が召喚した最初の十体が名乗っている二つ名だ。四天王的な?

 実際に世十の戦闘力は召喚獣の中でトップ10を埋めている。

 マメは『世闇せあん』だ。


 はっきり言おう。

 ダサい。 語呂が悪いし、覚え難いし言い難い。他にもっとあっただろ!


 「うん。最上久遠だ。早速ダンジョンに行くとしよう!」


 「頑張ってね〜」


 俺はシャルルを抱き寄せ、頬にキスをする。

 普通なら出来ない。久遠だから出来る。


 「くーちゃん? 珍しく積極的ね。ソッチの体は素直なのかしら?」


 「それもあるけど⋯⋯こっからまた大変だろうから、労いだよ。労いになるか分からないけど」


 「なるわよ。凄くね。口ならもっと嬉しかったけど」


 シャルルは自身の唇を撫でながらおちょくるように言うと、真剣な顔になる。


 「それじゃ、戻るわね」


 光となって消えて行くシャルルの顔はまるで、戦場に向かう兵士だった。


 「頑張れ」


 ちなみに何が起こっているのかと言うと、俺の召喚世界にルミナと言うナンバーツーの怪物が発情期で、暴走を抑えるためにサキュバス全員が対応しているのだ。


 サキュバス達の健闘を祈りつつ、俺はダンジョンに向かう。

 マメは俺の影に入る。


 ダンジョンの休憩所で配信を始める。


 「皆さん。最上久遠です。お騒がせの件についてお話したいと思います」

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