第3話

 全員が体育館で整列すると、入学式が始まった。まずは長ったらしい校長の挨拶。それから生徒会長の挨拶と続き、新入生代表の挨拶の順番がやってきた。

 名前を呼ばれた僕は壇上に上がり、新入生を睥睨する。

 事前に用意してきたカンペを見ながら、僕はマイクを手に取った。


「新入生を代表してご挨拶申し上げます。暖かく、やわらかい風に包まれ、春に咲く花に命が芽吹き始めました。日ごとに温かさを増し――」


 首席として堂々と新入生代表挨拶を終えた僕に、惜しみない拍手が送られる。

 壇上から下りる際、僕を見る女生徒と視線が絡み合う。黒髪のショートヘアで、小柄な女の子だ。僕を見ていたのは一瞬のことだったが、僕と目が合うと慌てて目線を逸らした。僕も見続けるのは悪い気がして、すぐに視線を外した。列に戻ると牧穂が「かっこよかったよ」と労ってくれた。

 入学式はつつがなく進行し、閉幕する。体育館から教室に戻った僕たちを待っていたのは担任の押江先生のお言葉だった。


「みんな、入学おめでとう。今日から高校生ですね。大人に一歩近づいたわけだから、自覚と責任を持って学校生活を送っていってください」


 押江先生はそう言うと、配布物を配り始めた。生徒手帳に時間割表、行事予定表など一通りを配り終えると、押江先生は手を叩いた。


「それじゃさっそくだけどクラス委員を決めましょう。男女一人ずつね」


 クラス委員か。クラスの顔となるクラスの代表だ。ここは立候補して内申点を稼いでおくか。

 そう考えた僕は手を上げて立候補する。


「あら、小田くんね。いいわね。首席だしうってつけだわ」


 押江先生は僕の立候補を歓迎し、黒板に僕の名前を記入する。それを見た牧穂が手を上げた。


「女子は清水さんでいいかしら。他に立候補がないようなら締めきるけど」


 他に手は上がらなかった。


「それじゃクラス委員は小田くんと清水さんに決定ね。二人ともよろしくお願いね。さっそくだけどこの後教室に残ってくれるかしら」

「わかりました」


 それから押江先生は配布物に関しての説明を行い、解散する。生徒たちが一斉に下校する中、僕と牧穂は教室に残った。


「それじゃ二人とも、クラス委員の最初の仕事よ」


 押江先生は僕と牧穂に資料を手渡した。


「明日の授業で使う自己紹介シートを作成してほしいの」

「わかりました」

「お願いね」


 押江先生はそう言うと、教室を出て行った。教室に残された僕と牧穂は、互いに目を合わせると頷き合う。


「やるか」

「そうね」


 僕と牧穂は手分けして、自己紹介シートの作成を行う。自己紹介だからクラスメイトへの一言とかあったほうがいいだろう。


「趣味とかも書いといたほうがいいかな」

「そうね。趣味は大事よ」

「牧穂は趣味とかあるの?」

「まあ、料理とかよ」

「女の子らしいね」


 牧穂は女子力が高そうだ。牧穂を彼女にしたらお弁当を作ってくれたりするかもしれない。


「牧穂はどうしてクラス委員に立候補したの」


 そう言うと牧穂は頬を赤く染め、目を逸らした。


「クタローが立候補したから」

「え」


 それって僕と一緒にクラス委員をやりたかったからってことかな。それは少し期待してしまう。


「そっか。僕と一緒が良かったんだ」

「そうよ。悪い?」

「ううん、嬉しいよ。ありがとう、牧穂」

「別にいいけど」


 牧穂は照れているのか目を合わせてくれない。可愛い。

 僕と牧穂が作業していると、教室に女子生徒が入ってきた。よく見ると入学式の時体育館で目が合った子だ。


「えっと、小田くん。ちょっといいですか」

「うん、大丈夫。どうしたの」

「あの、えっと私、嘉村かむら陽菜ひなって言います。実は小田くんに伝えたいことがあって」


 嘉村さんはそう言うと僕をじっと見つめてくる。


「私とお付き合いしてくれませんか!」


 目を瞑って一気にまくし立てた嘉村さんは肩で息をしていた。


「え、付き合うって僕と?」

「はい! 入学式の堂々と前で新入生代表の挨拶をしているところがかっこいいなって思って……クラス調べてきちゃいました」

「うん、いいよ。付き合おうか」

「本当ですか!」


 嘉村さんは目を丸くする。

 隣で聞いていた牧穂が慌てて口を挟んでくる。


「え、クタローその子と付き合うの?」

「うん。僕は負けヒロインを作らない主義だから。僕のこと好きって言ってくれる子なら、みんなと付き合うよ」


 牧穂はわなわなと唇を震わせると、がっくりと肩を落とした。


「どうしたの牧穂?」

「えっと、その……私も……」


 唇をもにょらせながら、牧穂が何事か呟く。


「え、何?」

「わ、私も、クタローのこと好きなのに!」


 目を瞑って勢いよくまくし立てた牧穂は顔を真っ赤にしていた。牧穂、僕のこと好きなんだ。嬉しい。


「わかった。じゃあ牧穂も僕と付き合おう」

「……いいの?」

「もちろん。僕も牧穂のこと好きだったし」

「じゃあ、お願いします……」


 顔から湯気でも上がりそうなぐらい真っ赤にしながら、牧穂はそう呟いた。


「というわけで嘉村さん、牧穂とも付き合うから仲良くしてね」

「はい! 一夫多妻制になったんですもんね。彼女が二人いてもおかしくないですし。わかりました!」


 嘉村さんは元気よく頷いた。

 高校入学して一日目で早速二人も彼女ができた。この二人を幸せにするのが僕の責務だ。頑張ろう。


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