第4話

 彼女ができた。それも一気に二人も。

 自己紹介シートの作成を終えた僕たちは学校を後にする。そう言えば父さんが今日から僕は別の家に住むことになるって言ってたな。


「どうする、二人とも。僕は今日から住む家に行ってみるけど、来る?」

「行くわ」

「行きます!」


 牧穂と嘉村さんは即答でそう言うと、僕について歩き出す。

 嘉村さんが僕の隣に立つと、もじもじとしだす。


「あの、小田くん。手を繋いでもいいですか」


 嘉村さんは上目づかいで僕を見て、そう懇願してくる。


「もちろんいいよ。はい」


 そう言って僕は嘉村さんと手を繋ぐ。


「小田くんの手、あったかいです」

「嘉村さんの手はひんやりとしていて冷たいね」


 それを横で見ていた牧穂があわあわと口をもにょらせる。


「えっと、クタロー。その、私もいいかしら」


 恥ずかしさを押し殺すように牧穂が勇気を出して気持ちを伝えてくる。


「もちろん」


 僕は頷くと反対側の手で牧穂と手を繋いだ。牧穂の手はじっとりしていて汗ばんでいる。相当緊張しているようだ。僕は微笑みながら牧穂に向き直る。


「僕と手繋ぐのそんなに緊張する?」

「当たり前じゃない。手を繋ぐの初めてなんだから」

「保育園の頃繋がなかったっけ?」

「あれはノーカンよ」


 牧穂にとってはこれが初めての手繋ぎらしい。それにしても両隣に女の子が並ぶとそれぞれ甘い香りが漂ってくる。

 鼻腔を擽る甘い香りに、僕はどきどきしながら二人を見る。

 隣を見ると嘉村さんが不思議そうな顔をして僕と牧穂を見ていた。


「小田くんと清水さんは付き合いが長いのですか?」

「んー、幼馴染なんだ僕たち」

「そうだったんですね。だったら清水さんは小田くんのことずっと好きだったんですね」

「うう、そうよ」


 早くも彼女同士の仲は良好のようだ。


「でも、嘉村さんがクタローに惚れたのがびっくりよ。話したこともなかったんでしょ」

「はい。今日初めて会いました」

「入学式の時体育館で目が合ったけどね」

「あの時は緊張しました」


 嘉村さんは顔を真っ赤にすると目を伏せる。


「私、自分の直感を大事にしていて。この人だって思ったんです。びびーんって胸がどきりとして。運命の人だと思いました」

「そうだったんだ。僕も一目見て可愛い子だなって思ったよ」

「はうう、ありがとうございます」


 そんな話をしているうちに父さんから渡された住所に着いた。うすうす気づいてはいたけど、まさかここが今日から住む場所?

 驚くのも無理はない。なにしろ、目の前にそびえるのは一言で言い表すなら城だった。とんでもないでかい敷地に建てられた洋風の建物は傍から見れば城だった。学校から見えてはいたけど、まさかここが今日から住む場所だなんて。

 とにかく入ってみよう。暗証番号を打ち込み、門を開ける。広大な庭を横切り、建物の中に入る。


「おー帰ったか」


 中には父さんがいた。父さんはスーツ姿で現れると僕たちの前に立つ。


「さっそく彼女を作ったようだな。感心感心」

「それより父さん、ここが今日から僕の住む場所なの」

「そうだ。お前はこれからたくさんの彼女を作るだろう。その彼女たちと一緒に暮らすにはこれぐらいのスペースの建物が必要になる」

「え、彼女たちも暮らすって」

「当然、お前の彼女にはここで一緒に暮らしてもらう。彼女の親御さんには政府から通知がいくだろう」


 そんなのだからって親御さんが認めてくれるとは限らないんじゃ。


「というわけで、彼女になった二人にはここへ引っ越す用意をしてもらいたい」

「わかりました」

「わかったわ」


 牧穂と嘉村さんは即答で頷いた。


「いいの、二人とも」

「はい。小田くんの彼女になる条件がここで一緒に住むことなら当然です」

「私も同じよ」


 二人はそう言うと互いに顔を合わせて頷き合った。


「それにしても、こんな豪邸。まるで王子様ですね」


 嘉村さんが広い部屋を見渡しながらそう言った。


「彼女にはひとり一部屋貸し与えられる。好きに使ってくれたまえ」

「引っ越し、手伝うよ。荷物を運ばなきゃだろうし」

「お願いするわ」


 というわけで僕は荷物を置いて私服に着替えると、牧穂の家から引っ越しの手伝いをしに家を出る。嘉村さんも手伝ってくれるようで僕たちの後ろをとことことついてくる。


「私は必要最低限のものだけ持っていくわ。必要なものは後から買い足せばいいし」

「そうだね。あ、そうか。彼女ができたら政府から百万円貰えるんだった。それを使えばいいよ」

「ありがたいわね」


 百万円の支給も、こういう時の為に使う為かもしれないしな。幸い、牧穂の家はここからそんなに離れていない。必要な物がでてきたらすぐに取りに帰ることができる距離だ。

 しばらく歩くと牧穂の家に辿り着く。ドアを開けると、中からおばさんが出てくる。

 牧穂のお母さんだ。


「あら、クタローくんじゃない。どうしたの?」

「えっと、実は僕と牧穂なんですけど付き合うことになりまして」

「あらそうなの。ってことは引っ越すのね」


 既に事情を知っていたのかおばさんはそう言った。


「クタローちゃんが政府の特別な子どもだっていうのは武敏さんから聞いていたから事情はわかっているわ」


 武敏さんというのは父さんのことだ。そうか。父さん既に事情を話していたのか。


「牧穂をよろしくね。さ、上がって」

「ありがとうございます。お邪魔します」


 そう言って僕は牧穂の家に上がった。


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