037:魔術を使う死体(side:アーリン)

「……監視はどうなりますか?」

「私が担当しますので、何かありましたらお声がけを」

「分かりました……」


 王国騎士団の副団長の男から説明を受けていた。

 他の団員からあらかたの情報を収集し、街へ帰ろうとしていた時に。

 偶々、副団長が事件の調査から帰還したので話を聞いたが。

 彼はこの事件において一つだけ不審な点がある事を教えてくれた。


 今、私たち三人は副団長の案内の下。

 “死体の安置所”に招かれていた。

 王都の中心地から大きく離れた場所にある石造りの神殿のような場所。

 此処には何かしらの理由で亡くなったものの。

 身寄りが無かったり、そもそも何処の誰なのかも分からなかったり。

 遺族が葬儀の手配をするまで一時的に遺体を預かっておく場所らしい。


 冷たい空間であり、此処に陽の光が差す事は無い。

 死体独特の臭いもして、眉を顰めそうになるが我慢する。

 そうして、コツコツと石の階段を下りて行った先には死体が何体も台座に寝かされていた。


 副団長は此処であるもの“全て”だと私たちに言って、死体の中の一つに近寄り掛けられた布をゆっくりと取る。

 すると、そこには皮の一部が焼け焦げてボロボロの状態の死体が眠っていた。


「……これが、襲われた集落の中にあった……“身元不明”の遺体なんですね」

「はい。宮廷魔術師の協力によって遺体の復元を進めていたのですが……その時に、一部の遺体だけが襲撃を受けた集落で住んでいた記録が無かったんです。この遺体もその一つで……不気味ですよね。本当に」

「……確かに、襲われた集落でそこにいる筈のない人間の死体が転がっているのは不可解ですね……冒険者や傭兵の線は?」

「ありませんね。遺品の中に、冒険者の指輪も傭兵が持つような装備もありませんでしたから……いえ、もっと言うのなら武器どころか身に着けている筈の服の残骸すら無いんですよ」

「服を着ていなかった? いえ、そんな筈は……どういう事?」


 この死体は襲われた集落に住む人間じゃない。

 その集落に関係ある人間でも無いのだろう。

 もしも、商人であったりしたのならドニアカミアを拠点とする商人たちが知っている筈だ。

 確認は取っている筈であり、そうでもないのならこれは誰なのか。

 そして、この遺体は武器どころか服すらも身に纏っていなかった。


 明らかに不自然だ。

 この遺体が何処の誰であろうとも。

 集落の中で裸の人間がうろついていれば、明らかに目を惹く筈だ。


 ……いえ、重要なのはそこじゃない。重要なのは……何で“服を脱いでいた”のかだ。


 この死体は確実に終焉の導きに関係している。

 他の身元不明の死体もそうであり、私は副団長に身元不明の死体は襲われた集落には必ず一体は残っていたのかと聞く。


「えぇそのように聞いています。必ず、一体だけ身元不明の遺体がいるんですよ……何か分かりそうですか?」

「……恐らく、この遺体は終焉の導きの協力者。あるいは、実行犯の一人かもしれません……ただ、そうなると説明がつかないことがあります」

「どういう事ですか?」

「……先ず、此処にある死体の数はざっと十体以上はあります……そうなると、これだけの数の人間が何処かに隠れ潜んでいた事になります。流石に、十人以上の人間が一か所に集まって潜伏していれば、誰かしらが気づいていた筈では?」

「……確かに、これだけの数となると潜伏できる場所も限られますね……集落を襲う時の動きや逃走経路に関しても念入りだ。前々から準備していたのは確実で……十人以上の構成員の食料などの手配だって」

「十人分の食料何て調達していたら絶対に気づくよな? 事前に用意していたって、準備の間の分を運んでくるのなら絶対に誰かが見てるしなぁ」

「……そういう報告は無いんですか?」

「……あるにはありましたが。調べてみれば、身元がハッキリとした商人であったりお忍びで旅行に来ていた貴族など……残念ながら、不審な一団が監視砦を通った形跡も無いので」


 副団長は申し訳なさそうな顔で言ってくる。

 私はそれを聞いて、顎に指を添えながら考えた。


 恐らく、私と冷人の見立てはあっている。

 敵の数は確実に三人までだ。

 十人もの人間が移動をすれば、結界術による隠匿を図っても限界がある。

 空であればまだ可能性はあったが、完璧な隠匿を可能に出来る存在がそう多くいる可能性は低い。

 そもそも、空を飛んで長距離を移動するのであれば魔物を使う他ない。

 魔術による飛行では魔力の消費が激しい上に、結界までするのであればそう長い距離は飛べない。

 そもそもが人を攫って連れ去るのだから、魔物以外では効率が悪い。


 魔物使いは確実に一人だけで。

 その魔物使いも限界まで人を連れ去っている。

 恐らくは、私の見立てではあの魔物は主人と連れ去った人間以外は運んでいない。

 人一人の重量が増えるだけでも、魔物にとっては負担となる……でも、それならそれで妙だ。


 あの時に死体の視界を通して見た光景。

 そこに映った大型の鳥の魔物の横にいた人間。

 身に纏っていたローブの下は、種族の判別が不可能なほどに重装備であったと記憶している。

 それも鎧のように体を守る形をしていなかった。

 アレはそもそも外気を遮断しているような形状だった。

 真っ白く体の線に沿うような見た目の鎧とも服ともいえるものを身に纏い。

 顔には今まで見た事も無いようなごてごてとしたマスクをつけていた。


 十中八九がアレが魔物使いだ。

 しかし、アレほどに重そうな装備を身に纏う意味は何なのか。


 少しでも装備を軽くすれば、逃走でも運搬においても利になる。

 魔物の負担を軽減して移動の速度を速める事も出来るし。

 そもそも、身軽になった分、一人二人の子供を攫う事も可能になる筈だ。


 それほどまでにダメージを負う事を嫌っているのか。

 いや、あるいはもっと別の理由があるのか……いえ、まだ分からないわ。 


 これは今は良い。

 問題なのは、もう一人の実行犯の行方だったけど……これよね。


 台座の上で眠るボロボロの死体。

 確実にこれが実行犯の一人だと分かる。

 問題なのは、その実行犯がこれだけ潜んでいた事で。

 それが明らかに矛盾しているから私の心が動揺している。


 これだけの構成員を潜ませる事は難しい。

 出来たとしても、ちゃんとした魔術師や設備が必要になる。

 そうなれば、実行犯となったこれらの倍以上の人数が必要になる。


 絶対にそんな筈はない。

 そんな頭の悪い計画を立てる馬鹿はいない。

 そもそも、実行犯は何で死体となって発見されたのか。


「……フロックハート、私は一つ思った事がある……いいか?」

「良いわ、聞かせて?」

「……私が旅をしている時に聞いた話だが。終焉の導きにいる一人の名の通った存在……そいつは死狂と呼ばれている」

「……そうね。いたと思うわ」

「……奴は何故、死狂と呼ばれているか……それは、奴が多くの死を経験しているからだそうだ」

「あぁ俺も聞いたことがあるぜ。死んだって思っても蘇って、また死んだと思ったら蘇って……だから、死狂だったか?」

「そうだ……そして、私を襲ってきた死体のゴーレムたち……似ていないと思わないか?」


 アードルングは死体を指さす。

 私はジッとそれを見てから、徐に指を死体の額に当てた。

 そうして、魔力の痕跡を探って……!


「……何、これ……死体なのに、魔力が残っている……いえ、魔力を使った形跡も……まさか!」

「……決まりだな……これも奴らが生み出したゴーレムの一つ。そして、実行犯の一人と思われていたのは動く死体だった」


 今まで考えていた事。

 その一つが敵がゴーレムを実行犯として使っている可能性だ。

 しかし、それは絶対にあり得ない事だと思っていた。

 何故ならば、ゴーレムは魔術を使えないからだ。

 魔力を流す事は出来ても、複雑なプロセスを要する魔術は絶対に行使できない。

 それはゴーレムに人になれと命令するようなものだからだ。


 何処まで行ってもこいつらは死体だ。

 複雑な命令を実行する知恵は持ち合わせていない。

 そう思っていたのに……でも、それならどうやって魔術の行使を?



「あり得ないわ。ゴーレムが魔術を使うなんて……どう思う?」

「……私もその手段は分からない……が、確実に敵は死を多く経験している死狂だ。奴がこの件に深く関わっている」

「……そうね。私もそう思うわ……この死体たちは研究したいところだけど……此処には兵士は駐在しているんですか?」

「いえ、兵士はいません。死体に悪戯をする輩もいないので、出入りも制限はなく……あぁそうか!」


 副団長はようやく事態の深刻さに気付いたようだった。

 敵はゴーレムを実行犯にした。

 そして、そのゴーレムの魔力を調べればまだ“生きている”。

 確実に、このゴーレムたちは皆が寝静まった後に活動している。

 襲われた人間がいなかった事から、こいつらの役目は情報収集だったんだろう。


 アードルングの話では高い身体能力を有していたと聞く。

 それならば、壁をよじ登る事も可能であり。

 死んでいるのだから体を無理矢理に動かして狭い場所に潜伏する事も可能だ。


 今まで、騎士団の動きがバレていたのはこいつらがいたからだ。

 騎士団はそうとは知らずに、死体を腐らせないようにする為の処置までしていた。

 不運な事は、宮廷魔術師が遺体を修復する過程で死体の魔力を調べなかった事だろう。


 ……いや、普通は調べないわね。死んでいるんだし……はぁ。


「……今すぐにこの部屋から出てください」

「……もしかして、今から……」

「えぇ今からです……恐らく、このゴーレムたちは敵意を感じ取って襲い掛かるかもしれません。ですので、狭い空間で集まっている間に一気に魔術で“焼き殺します”」

「……やはり、火葬の名は伊達では」

「――あぁ?」

「……す、すみません……では、私は先に外で……終わったら呼んでください」


 彼はそそくさと部屋から出る。

 私はため息を吐きながら、チラリと二人を見る。

 冷人には残ってもらって手伝ってもらうけど……。


「……ねぇさっさと出て行ってよ。邪魔なんだけど」

「あぁ? あぁ……あ、そっか! じゃ行くわ!」

「はぁぁぁ……役割は分かるわね?」

「あぁ、結界で守ればいいんだろう」

「アンタだけよ。物分かりが良いのわ……じゃ、始めましょう」


 私と冷人は階段の所まで戻る。

 そうして、私は杖を前方に構えておいた。

 冷人は私の肩に手を置いてから「何時でもいけるぞ」と言う……じゃ、さっさと片付けましょうか。


 私は静かに息を吸う。

 そうして、カッと目を見開いてから炎の呪文を詠唱する。

 瞬間、今まで微動だにしなかった死体たちが飛び起きた。

 そいつらは気持ちの悪い動きで私たちに迫ってきて――


 

「――炎海よ、全てを呑み込み灰となれフラーム・ヴェール・ウース

怒りを阻む光の盾シャアース・ガント・イームド



 杖の先から放たれた火球。

 紅蓮の輝きを放つそれが一気に広がった。

 そうして、部屋の中を一気に満たして荒れ狂う。

 真面に受けていれば、凄まじい熱量で肺が焼けただれていただろう。

 しかし、冷人の結界術によって私たちの前には大きな光の盾が出現していた。

 それが私たちを守ってくれていて、私は静かに部屋の中でもだえ苦しむそれらを見ていた。


 やがて、手足が崩れてぱらぱらと消えていく。

 魔力の反応も消えていくのを感じて……もういいわね。


 魔術を解除する。

 すると、一気に炎は消えていった。

 部屋の中は真っ黒く煤だらけになっていたが。

 動く死体たちは完全に消え去っていた。

 これで、この王都にあった危機は去った。


「……実行犯の一人は魔術を行使できる死体……そして、魔物使いは不自然なほどに装備を固めている」


 また一つ進展した。

 五大元素の魔術を行使できる敵は何処にも逃げていなかった。

 そこで村人の死体に紛れていただけだった。

 そして、此処で闇夜に紛れて情報を収集していた……つまり……。


「……恐らく、敵は騎士団が既に調べた場所を拠点にしている筈よ。それも、これ以上探す必要は無いと決めたような場所ね」

「あの男に聞くのか? 流石に、その情報を聞き出すのは……素直に教えてくれるだろうか」

「教えるわよ。何せ、私たちがアイツらの“尻拭い”をしてやったんだからね。これは貸しなのよ?」

「……確かに、それはそうだが……頼むから、相手を脅すような真似は」

「分かってるわよ。こっちだって伊達に二十年以上も生きてないのよ……ま、任せなさい」

 

 私は鼻を鳴らして踵を返す。

 階段を登っていけば、出入り口から顔を出す馬鹿がいた。

 私は手を振りどけと指示する。

 ガイはへいへいと言って退いて、私とアードルングは外に出た。

 出入り口から離れた場所に立つ副団長は私たちが出てくれば駆け寄って来る。

 表情からありありと不安の色が出ているが、私はにこやかに笑って対処したと伝えた。


「おぉそうですか。ならば、これで一先ずは安心だ」

「……とも、言いきれません。敵は死体を操って情報を手に入れていました。私が使い魔を使役して情報を手に入れる方法と同じように……この意味が分かりますか?」

「……えぇ分かりますよ。すぐに会議を開き対策を」

「――その前に、騎士団が調査をした場所……それも、念入りに調べて可能性はゼロだと判断した場所を教えてもらえませんか?」

「……! それは、その……如何に捜査をしている方といえど機密情報でして……我々が先行しもう一度調査をした後なら――ッ!?」


 私は杖を動かして男の首に引っ掛けた。

 そして、顔を近くに寄せてから耳元に囁くように呟く。


「まだ、お分かりじゃないと? 貴方方は敵にマークされているんです。ゴーレムを消したとしても、何処で見られているかは分からない。貴方方が部隊を編成して動けば、敵は警戒し潜伏場所を変えるでしょう……ん?」

「い、いえ。それは分かるのですが……な、ならば少数精鋭で!」

「ふふ、もう馬鹿なんですかぁ? 終焉の導きについて貴方方は何も知らないでしょう? 如何に腕に覚えがあったところで無知な人間が何の準備も無しに向かえばどうなると思います? これ、私が言わないといけないんですか?」

「……っ」


 副団長は震えていた。

 それは恐怖からではなく怒りで震えているのだ。

 騎士ともなればそのプライドの高さは有名だ。

 こうやって小馬鹿にすれば、すぐに表情に出して来る。

 私は敢えてそのちんけなプライドを刺激してやった。


「ゴーレムだと分かったのは私たちのお陰で。もしも、私たちが気づかなかったら王都の住人にも被害は出ていたでしょうね……副団長様は異変に気付いておきながら黙っていた。あ! もし、この話を王様にしたらぁ」

「……っ!? そ、それはどうか……お、お金なら可能な限り……ぅ!」

「お金は貰う予定があるの……それよりも、情報を寄越しなさい。今すぐに」

「で、ですがぁ。私が話したとバレれば騎士団長に何と言われるか……あ、あの人規則を破った者にはきびしいんですよ! この前だってお城の侍女に手を出した団員が王都を逆立ちで五周もさせられてぇ」

「知らないわよ。アンタらの事情何て……選びなさい。此処で話してあのゴーレムは私たちが勝手に処理したことにするか。それとも話さずに、アンタの失敗を国中に広められるか」

「あ、悪魔ぁ……ぅ、ぅぅ、ぅぅぅ……話す」

「ん? 話すですって?」

「は、話させていただきますぅぅ!!」


 副団長は地面に両膝をついて頭を下げる。

 私はにやりと笑いながら、私たちの協力者になった男を見下ろす。


「……はぁ、結局、こうなるのか」

「何でもいいけどよ。早く済ませてくれよ? こんな所、人様に見られたくねぇよ」

「うるさいわね! 黙ってなさい!」

「あぁ、神様。私は今から悪魔に魂を……」

「誰が悪魔ですって? 呪い殺すわよ」

「ひぃぃ!!」


 呪詛なんて使えないけど適当に脅しておく。

 すると、騎士団の副団長である男はガタガタと震えていた。

 情けない事この上ないが、それだけ団長の事が怖いのだろう……ま、どうでもいいけど。


 私はにやりと笑い話すように促す。

 男は観念し私たちに情報を提供してきた。

 私はそれを聞きながら、帰り次第、準備を進めようと考えていた。


 ……そろそろ、あのクズが送って来る腕利きの部下も合流するし……面倒な事にならないといいけど。


 街にて待機しているハガードの事も気になる。

 アイツを一人にさせるのは、何故だか分からないけど少し嫌な気がした。

 アイツは騙され易そうな上に単純だから。

 敵の洗脳を受けて手駒にされでもしたら……いえ、まだ奴らは私たちまで辿り着いていない筈よ。


 もしも、私たちの存在に気づいていれば刺客を送って来る。

 それが今の今まで無いのなら、奴らはまだ気づいていない。

 それか、気づいていながら“見逃している”か……だとしたら、ムカつくわね。


 私たち何て眼中に無いのか。

 別にどう思っていようとも関係ない。

 私たちは終焉の導きの計画を阻止し、そして、幹部の身柄を確保する。

 そうすれば、私の目的は果たされるのだ。


 ……待ってて。もう少しで、私は……ケイ……。


 親友を絶対に救って見せる。

 私はそれだけの為に此処にいるのだから――

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