035:実行犯たちの動き

「……で、敵のゴーレムに襲われて、何とか撃退したものの……敵の攻撃で手に入れた人相書きが破られたと……ついてねぇな」

「……面目ない」

「ま、仕方ないわよ。ゴーレムでも魔物でも核を砕いたら普通は死ぬし……にしても、敵はどうやってアンタの場所を割り出したのかしらねぇ」

「んなもん勘だぜ勘! 野生の勘で冷人の居場所をだな――うぐぅ!?」

「はいはーい。アンタは黙ってなさーい」


 落ち着いた雰囲気の酒場。

 その店の奥にある個室で、俺たちは今日の出来事を話していた。

 誰にも聞かれないように、二人がこの部屋を手配してくれた。

 フロックハートはガイの口にラガーの空き瓶を突っ込んでいた。

 

 本当であれば、飯は勝手に食っておけと言われていたが。

 思っていたよりも三人は早く帰って来たようで。

 それならばと互いの成果を報告する意味で、酒場で食事を取る事にした。


 俺の方はあれからまた本を読み進めてみたものの。

 これといって思い出せる事は無かった。

 悲しい話の本であり、主人公のヨルは一人で暗い海を渡るんだ。

 何が待っているかは分からないが。

 彼は海の上でも生きる術を身に着けていた。

 そう簡単には死なないだろうが……て、今はこれはいいんだ。


 問題なのは三人の方で。

 アードルングは敵が送って来た刺客と交戦したらしい。

 何でも、色々な死体を組み合わせた改造体らしいが……うぅ。

 

 想像しただけでもおぞましいものであり、それは分類的にはゴーレムだと思われるらしい。

 強敵ではあったが、銀級冒険者であるアードルングは難なく撃破したが。

 敵の奇襲を受けて持っていた鞄諸共、人相書きも破壊されてしまった。


 フロックハートとガイは仕方のない事だと思ってくれている。

 俺自身も、自分であったら命すら危うい状況だと聞いただけで分かる。

 だからこそ、俺も彼女を責めるつもりはない……けど。


「人相書きを手に入れるなんてすげぇよな。それも魔術か?」

「恐らくは、何かしらの痕跡から情報を抽出したんでしょうね。人相書きに出来たのなら、それに生命力を一時的に吹き込んだとか?」

「……恐ろしいな。お前の考察力は……まぁそんなところだ……だが、安心して欲しい。敵の人相書きは記憶しているからな」


 アードルングがそう言って新しく調達した鞄を漁る。

 そうして、紙と黒い棒のような画材を出す。

 アレは炭であり、恐らくは魔物の骨を焼いて作ったものか。

 まさかと思っていれば、やはり今からその人相を描くそうだった。


 フロックハートは不安そうな顔で描けるのかと聞く。

 すると、アードルングはにやりと笑った。


「愚門だな……待っていろ。すぐに終わらせる」

「おぉ、やっぱりアードルングは頼もしいぜ!」

「……純粋な奴……はぁ」

「ははは、エルフも絵を描けるんだな! 今度、俺たちの似顔絵も描いてもらおうか?」

「ふ、金をとるべきかもしれないが……考えてやろう」

「……多分だけど、止めて置いた方がいいわよ」

「あ? 何でだよ?」

「……?」


 二人が何かもめていた。

 俺は何をしているのかとジョッキに入ったラガーを飲みながら見つめる。

 

「むぅ……見えた!」 


 チラリとアードルングを見れば、流れるように画材を動かしていた。

 彼女は真剣であり、周りが気にならないほどに集中していた。

 俺はそんな彼女の初めて見る表情を見ながら……くすりと笑った。





「……何これ?」

「何って……どう見ても人の顔だろ?」

「……あぁ……やっぱり、似顔絵は無しだな。うん」

「……ハガード、お前なら分かるよな?」

「え? あ、あぁ……えっとだな……た、確かに、人の顔かな! そ、その……こ、これは髭だろ?」

「……それは口だ」


 待つ事暫く。

 彼女は自信満々で自らの絵を披露した。

 それを見た瞬間に俺たちから表情は消えた。


 彼女の絵は……その……少々、独創的だった。


 顔なのかもしれないが。

 目や鼻や口らしきものはアンバランスな上に崩れている。

 芸術的といえばそうなんだろうが。

 今は誰にでも分かるような絵の方が助かる。

 これでは正直なとこと、そこいらの子供に描かせた方がまだ分かるような気がする。


 アードルングが不服そうな目で俺を睨んでいるが。

 これ以上のフォローは残念ながら俺には出来ない。

 心の中で彼女に謝りながら、俺はそれならばと人相書きの特徴について彼女から直接聞く事にした。


「……特徴か……そうだな。一言で言うのなら……太っていた」

「太っていたって事は……顔が丸かったって事か?」

「そうとも言えるかもしれないな……ただ、何処か狂ってそうな感じだな。ヒューマンの男だと思う。歳は……いや、これはまだ分からないな」

「分からないって……いや、どう見えるかだけでも教えてくれねぇか?」

「そうだな……若く見える。三十代。いや、四十前半か……ただ、顔から見てだからな。背格好は不明だ」

「太っていて狂ってそうでヒューマンで……それだけだと分かんねぇなぁ」


 アードルングの説明から想像してみたが。

 今一、俺の想像力では顔が思い浮かばない。

 フロックハートもガイも微妙な反応であり……仕方ねぇか。


「兎に角、そういう奴には気をつけろって事でいいんじゃね? 流石に、俺たちの近くにはいねぇだろ? いたら、とっくに襲われてるだろうし」

「……ま、それはそうね。敵が襲ってきたと思ったけど。実際は罠として配置していた可能性が高そうだし……多分、情報を持ってた人に顔を見られたからでしょうね」

「お、じゃ俺たちの事はまだバレてねぇのか? それなら」

「――油断しない。実行犯は二人だけど、一人は絶対に騎士団か組合の関係者よ。私たちが極秘裏に調査している事も勘づいている筈だから」

「……まぁそうだな……だけどよ。バレていたって関係ねぇ。向かってくるのなら全部叩き潰してやるよ!」

「……はぁ、脳筋馬鹿」


 ガイはラガーを飲みながら笑う。

 フロックハートもちびちびと酒を飲んでいた……そういえば。


「……なぁ、酒飲んでるけど……」

「ん? 何よ……あぁ、もしかして歳の事?」

「えっと、そうだけど……」

「……26」

「へ?」

「だから、私は二十六歳。でこいつは二十七歳……お分かり?」

「え、年上だったの……すげぇ」

「何がすげぇよ……はぁ嫌になる」


 フロックハートは不満そうに眉を顰める。

 どう見ても子供にしか見えない小ささなのに。

 その実態は俺よりも年上のお姉さんだった。

 アードルングを見れば、彼女は目を大きく見開いてフロックハートを見ていた……いや、お前は驚くなよ。


 人は見かけで判断してはいけないと思いながら俺は……あ、そういえば。


「今日さ。面白い奴と友達になったんだよ! そいつ本屋の店主でさ! お堅い感じだけど、話してみたら結構面白い奴でさぁ」

「……本屋? へぇこの街に本屋ねぇ……そうね。事件が解決したら行ってみましょうか」

「お! それならアイツも喜ぶよ。アードルングにも紹介してやりたいぜ」

「……そうだな。なら、私も時間が出来たら案内してもらおうか」

「おっしゃ! 決まりだな!」


 俺は新しい友達を早く紹介したかった。

 きっと三人とも仲良くなれる筈で。

 フロックハートたちなら本の一冊や二冊買ってくれるかもしれない。

 俺は買えないけど、買ってくれそうな人を連れてきたらアイツも喜んでくれるだろう。

 俺はそんな事を考えながらラガーを飲む……うめぇ!


「ま、取り敢えずはこんなところね……結局、私が仕掛けた罠にも反応は無かったし」

「……そういえば、罠ってどんなのだ? 何度も聞いて悪いけど、気になってさ」

「……簡単なものよ。探知魔術って説明したけど……結界を張っておいてその中に強い魔力を持った存在が通ればそこに仕掛けた魔石がそいつの魔力を転写するだけ」

「魔力を転写……? え、どういうことだ?」

「はぁ……魔力というものはそれぞれの人で性質が異なるの。いわば血液のようなものよ。受け渡しは出来るけど、拒絶反応は多少なりともあるわ……で、その魔力の性質を記録しておけば、私たち魔術師はそれがどんな人物なのか分析できるわけ。分かった?」

「お、おぉ……すげぇ」

「またそれぇ? もう少し他に言う事は無いの? 全く」


 フロックハートに呆れられてしまった。

 しかし、すげぇと言う以外にそれの凄さを表せない。

 普通の人であれば、魔力の違いなんて全く分からないからな。

 唯一、熟練者の放つ魔力の色に違いがあるくらいだ。


 まさか、魔力で相手の分析できるなんてなぁ。


 俺は感心した様に頷いておく。

 彼女は呆れて何も言ってくれなくなった。

 そんな時にガイが彼女に質問をした。


「けどよぉ。罠に引っかかってないのならさ。そいつらは別のルートを使ってるのか?」

「……かもしれない。でも、魔物を操る奴はともかく、もう一人の方はひっ掛かると思ったんだけど」

「……え、何でだ?」

「……これは推測だけど。魔物使いと五大元素を使う奴らはそれぞれ別の場所で活動している可能性が高いわ」


 フロックハートは説明する。

 自らが見た痕跡の中で、映っていた魔物使いの傍には確かに鳥系の魔物がいたらしい。

 しかし、騎士団の記録で確認した限りでは奴ら一つの集落で女子供を合計で八から十人ほど回収している。

 最初は二体の魔物を使役して逃走しているものだと考えていたらしいが。

 そうなるとどちらも結界術を使えないと不可解だと彼女は言う。


「結界術の範囲は普通の魔術師なら頑張ってもこの部屋を覆うくらいよ。二体の魔物を操って飛行して、隠密用の結界を張って。移動しているからその都度調整する必要もあるし……無理だと思わない?」

「……確かに、それに私たちを襲った魔物の事も考えるのなら更に難易度は跳ね上がる」

「そ、だからこそ犯人は二人だけど。奴らは確実に別々のルートで逃走している。そして、それぞれが拠点を持っていて何らかの方法で連絡を取り合ってるの。もしも、同じ場所に逃げているのなら絶対に分かる筈……と思ったのに、何で反応が無かったのよ」

「もしかして……地中を進んでいるとかか? モグラみたいにさ。ははは……違うよな。ごめん」

「……正直、改造体がいるくらいだから否定は出来ないわね……まぁそんな事言ったら、もう何でもありだけど」


 フロックハートはラガーを飲む。

 そうして、苛立ちを表すようにジョッキを叩きつけるように置く。

 ガイは「落ち着けよ」と言うが、フロックハートは無視する。


 少しだけ空気がぴりついている。

 さっきまでは良い感じだったのに……うーん。


 俺がどうしたものかと思っていれば、扉がノックされた。

 誰なのかと尋ねれば店の給仕だと名乗る。

 入ってきてくれと伝えれば、ヒューマンの女の子が入って来た。

 彼女は料理を乗せた台車を運んできてくれて。

 流れるように皿を並べていった。


「それでは、ごゆっくりぃ」

「……話はこれくいにして……食うか!」

「そうだな。飯が冷めちまったら料理人に申し訳ねぇ」

「……こうなったら食いまくってやるわ。その唐揚げは私のだから」

「私の虫料理は……これだな」


 それぞれの料理を自分の前に置く。

 そうして、お互いに料理を食べ始めた。

 俺も目の前に並べられた黒パンと野菜スープを見つめる。


 木のスプーンを手に取りながら、中身につける。

 ごろごろとしたジャガイモやニンジン。

 キャベツなどの葉物も入っており、ぷりぷりのソーセージも入れてくれていた。

 たっぷりと小鍋に入れられていて、湯気がふわりと漂ってきて鼻孔を擽る。


 中身をスプーンですくい啜る……はぁ、あったけぇ。


 優しい味付けであり、シンプルな塩味ベースだ。

 素材の味が活かされていて、深夜の飯にはこれが最適だ。

 ほくほくのじゃがいもは口の中で溶けていき、にんじんはしっかりと火が通っていて甘みがある。

 冷たい空間で飲む温かなスープほど身も心も温めてくれる品は無い。

 俺はずるずると中身を啜りつつも、置かれている丸い黒パンを引きちぎってはスープにひたして食べる。

 ひたして食って、野菜をのっけて食べて……うめぇぇ。


 表情をとろけさせながら、俺は料理に対して感嘆の息を漏らす。

 そんな俺の表情を見てフロックハートはくすりと笑う。


「ん? どうした?」

「いや、アンタのその顔見てたら……目の前の料理が高級料理に見えてくなぁって思って」

「それは……褒めてるのか?」

「ははは、褒めてるに決まってんだろ兄弟! 飯食ってる時のお前は良い顔してるぜ?」

「確かに、お前の傍で食事をしていると更に美味しく……いや、何でもない」

「更に美味しく? どういう事だよ、アードルング……へへへ、その先も言ってくれよぉ」

「……うるさい。さっさと食え」

「えぇぇ? そりゃねぇだろぉぉたくよぉぉ……あぁしみるぅぅ」

「おっさんか……ふふ」


 冷たかった部屋が暖かくなっていく。

 そう感じながら、俺たちは会話をしながら食事を取った。

 とても温かい料理で、とても気さくな仲間たちで……エトも誘ってやりたいなぁ。

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