034:陽の光の無い店

「ふぅ、食った食ったぁ。いやぁ串に刺して焼いただけの鳥肉なのに。何であんなに味がふけぇんだろうなぁ」


 焼き鳥なる料理は串に刺した鳥肉を炭火で焙るものだ。

 それ自体は単純な作業のように思えるが。

 その美味さの秘密は秘伝の“タレ”らしい。


 詳しくは教えてくれなかったが。

 非常に濃厚な上に焼いた時に出て来る煙の匂いは何とも言えない魅力がある。

 それだけでもパンを幾らでも食えそうであり。

 俺は今度はアードルングたちも誘ってみようと思った。


 現在は昼飯を終えて、街をぷらぷらと散策していた。

 早く帰ってあの本の続きを読むべきだろうが。

 その前にちょっと気晴らしがしたかった。

 俺は馬鹿であり、本を読むよりも体を動かす方が好きだ。

 だからこそ、ずっと本を読み続けるだけの忍耐力はないから……って、此処何処だ?


 街の中を散策する事暫く。

 ふらふらと路地裏に繋がる道を通っていけば、陽の光があまり差し込まない怪しげな場所に着いた。

 あまり清掃も行き届いていないのか。

 コケやカビが生えていて、ゲロをぶちまけた後や小便をした汚れもある……うぇ。


 衛生的にはあまりよろしくなさそうだが。

 周りを観察してみれば、一軒の店を見つけた。

 狭い道幅の中で、ちょこんと見えた木造の建物。

 窓は硬く閉ざされていて、中は見えないが耳を澄ませば微かに物音が聞こえる。

 何故、店であると分かったかと言えば、小さな看板が扉の前に掛けられていたからだ。


「なになに……へぇ古本屋ねぇ。こんな所にもあるのか」


 マーサさんからは此処の店の話は聞いていなかったが。

 ドニアカミアにも本屋があったんだと知れた。

 俺はこれも何かの縁だと思って、扉を開けて中へと入ろうと……お?


 ノブを回して入ろうとした。

 しかし、建付けが悪いのか中々開かない。

 俺はガチャガチャと動かしてみた。

 するとべきりと音がして……あちゃぁ。


 外れてしまった木のノブを目の前に掲げる。

 扉は何故か、ゆっくりと開いていったが……謝っておこう。

 

 俺はノブを持ちながら中へと入る。

 声を出して入店したことを知らせてみるが誰の返事も返ってこない。

 俺は不在だったのかと思いつつ、扉を閉めてから足を動かした。


「おぉ、これ全部、本なのか……?」


 狭い店の中には大きな本棚が無理矢理入れられていた。

 その中にはぎっしりと本が入れられていた。

 置くことが出来ない本は丁寧に積まれている。

 紙の本が一冊あるだけでも珍しいのに、それらがこんなにもあるなんてなぁ……。


 店内には天井から垂れた魔石の光がほんのりと辺りを照らしている。

 強すぎず弱すぎずと言ったところで。

 陽の光は一切遮断されていて、少しだけかび臭い気もした。

 俺はぎしぎしと床板の音をさせながら、本棚に近寄ってそれに触った。


 俺は本の多さに感心しながら、本棚に入った本を見て適当に一冊抜いてみた。

 タイトルは“ヘルメスの雫”で、中をパラパラと捲ればぎっしりと文字が書き込まれている。

 指で文字をなぞってみれば、独特の感触がした。


「インクじゃないな……それに紙も俺の知っているものじゃ……いや、でもこの感触、何処かで……」

「――誰ですか?」

「うぉ!?」


 横から突然、人の声が聞こえた。

 俺はびくりと反応し、本を落としそうになった。

 慌てて空中でそれをキャッチしてホッと胸を撫でおろし……あれ、ノブは……あ。


「――っぅ」

「ご、ごめん!」


 ノブを持っていたが、慌てていた事もあって放り投げてしまった。

 それがそこに立っていた男の額に当たってしまったようで。

 彼は額を両手で抑えながら、涙目で俺を睨んできた……男か?


 肩まで伸ばした髪は黒色だが。

 頭頂部を見れば少しだけ白くなっていた。

 綺麗な青色の目は大きく丸い。

 幼さの残る顔立ちであるが、身長は百七十くらいはありそうだった。

 少しだけ高く感じた声だったが男物の白いシャツに青いズボンを履いている。

 すらっとした背に細身であり、甘い顔つきは女性にも見えるほどに中世的で――


「……人の顔をジロジロ見るなんて失礼じゃないですか?」

「え!? あ、ご、ごめん……いや、アンタは?」

「アンタって……僕はこの店の主人です。名はエト…………はぁ、貴方も名乗ったらどうなんですか?」

「あ、はい……えっと俺はルーク・ハガードです……一応、客です。はい」

「……へぇお客様でしたか。珍しい……ですが、僕の許可も無く本を勝手に読むのは止めてください。此処にある本の希少性くらいはご存じでしょう?」

「は、はい……い、いや! 声は掛けただろ!? でも、アンタは出てこなくて」

「アンタじゃない。僕はエトだ……それは、確かに僕が悪いですが……分かりました。それでは、許可を出してあげるので読みたい本を教えてください」


 エトはにこりと笑って言う。

 俺はそんな彼を見つめて暫く黙っていた。

 すると、エトの表情はどんどん険しくなっていく。


「……嘘だったんですか?」

「いやいやいや! 違うから! ただ、これっていう本が思い浮かばなくてぇ!」

「……はぁ、だと思いました……貴方、そんなに本を読むような人に見えませんし……でも、悪い人ではなさそうですし……それでは、こういう本が読みたいとかはありますか?」

「え、それでもいいのか? そ、それじゃ……か、可愛い女の子が沢山登場して少しエッチでむふふな」

「――死んでください」

「うぇぇ!?」


 ゴミを見るような目でエトは俺を見つめる。

 俺は探してくれないのかと戸惑う。


「そういう低俗なものを、何故、僕が売っていると? ……ひどく侮辱されたような気分ですよ。全く」

「えぇ無いのかぁ……うーん。あ、じゃ天空庭園についての本は無いか?」

「天空庭園……あぁあの……そうですね。それなら……これなんてどうですか?」


 エトは本棚の方に視線を向けてから、一冊の本を抜き取った。

 青い装丁の本であり、厚みはそれほどない。

 タイトルは“夢の島”だった……あるのかよ。


「子供向けの本ですが。あまり本を読まないのなら、最初はそれくらいがいいでしょう」

「……おぉ、結構面白そうだな! 多分、実際に行ってきて書いた訳じゃねぇだろうけど」

「……? それはそうでしょう。実際に天空庭園に行った人なんて……待ってください。もしかして貴方、あそこが存在すると本気で思っているですか?」

「ん? おう、絶対にある筈だ! そして、今もそこを目指して旅をしているんだぜ!」

「……はぁ、くだらない……ある訳ないでしょ? 馬鹿なんですか? ……どうせ、大金持ちになりたいとかその程度の夢なんでしょうけど」

「あ? いや、そんなもんに興味はねぇ。まぁそんなに壮大な夢じゃねぇかもしれねぇけどよ、叶えたい夢もあるし……それに、師匠とも約束したからな!」

「……師匠との約束ねぇ……悪い事は言いません。人生を無駄にするような事は止めましょう? ありもしないものを探したって、結局は……無意味なんですよ」


 エトは俺の冒険を止めさせようとしてきた。

 馬鹿にするような口ぶりだが、彼の表情は辛そうで。

 まるで、自分に言い聞かせるように俺に言っていた気がする。

 俺はそんな彼を見つめながら、ぱたりと本を閉じて笑う。


「無駄じゃねぇさ。夢を追いかけるんだ。例え、夢が叶わなくたってそれまでにも意味はある!」

「……そんな訳ない。夢を叶えられなかった旅なんて、貴方にとって汚点でしかない……長い人生を掛けて、何も得られず死ぬ間際になっても貴方はそんな事を言えるんですか?」

「さぁ? そんなの分からねぇよ、俺馬鹿だし。ははは! ……まぁでも、俺はきっと後悔しない。だって、そうだろ? 夢なんだ――人生掛けて挑むから、夢なんだぜ? 全力で生きたのなら、悔いなんてない!」

「……!」


 エトは俺の言葉を聞いて目を大きく開く。

 俺は自分ながらに中々に臭い事を言ってしまったような気がした。

 こほりとわざとらしく咳ばらいをしてから、俺は本の続きを読もうとした。

 しかし、ハッとした様に俺は自らのポケットに軽く触れた……やべぇ。


 俺は恐る恐るエトを見た。

 そして、選んでくれた彼に対して申し訳なさを感じながら言葉を発する。


「……そのぉ、因みにだけどさ……俺、そんなに手持ちはなくてさ……えっと、多分、一冊すら買う事は……へへ」

「……なら、その本は貸してあげますよ」

「え!? いいのか!? いや、でも俺の事を信用してもいいのか? いや、絶対に盗まねぇよ! 誓ってもいいからな!?」

「……馬鹿ですね。盗人が自分からそんな話をするわけ無いでしょう……ふふ、本当に馬鹿な人だ」


 エトは指を口元に当てて笑う。

 笑い方まで女の子みたいであり、少しだけドキッとしてしまう。

 俺は男に対してドキッとさせられた事実を認識し、ぶんぶんと首を左右に振る。


 エトは首を傾げて俺を見つめている。

 俺はそんな彼に対して、馬鹿なのは事実だけどハッキリと馬鹿と言うなと口をとがらせる。

 エトはそんな俺の表情を見て「子供ですか?」と言ってまた笑う。

 

「……まぁでも、今日はついてたなぁ」

「ん? そんなにその本が気に入ったんですか? もしも欲しいのなら、そうですね。少しなら値引きを……」

「え? いやいや、本は気に入ったけどよ。エトに会えて良かったと思ったんだよ」

「……? どういう意味ですか? 僕に会えて嬉しいなんて……まさか、そっちの気が」

「ぶふぅぅ!! ちげぇよ!! いや、確かにお前の見てくれはかなりいい感じでいやいやいや止めろ! 誤解だからぁ!!」

「……まぁ、そういう事にしておきましょうか……あ、それ以上は近寄らないでくださいよ」

「……全然、納得してねぇし……つまりだな。また友達が出来て嬉しいって事だよ」


 俺はエトと友達になれた、それが嬉しいと伝える。

 そうハッキリと言えば、奴は口を小さく開けて固まっていた。

 まるで、こいつは何を言っているのかと言いたげな目で……え?


「……俺と友達は嫌か? いや、それなら、マジでごめんだけど……」

「……! い、いえ! その……っ……初めてなので……同族以外で、僕と友達になってくれた人は……っ」

「……? 同族って、お前もヒューマンだろ? ヒューマンなんて何処にでもいるし、珍しくねぇと思うけど……ん?」


 俺は首を傾げながらエトを見つめる。

 すると、彼はハッとしたような顔をして後ろを向く。


「……その本は貸してあげます……だから、また来てください」

「おう! じゃ明日も来るぜ!」

「そ、そんなに急がなくても……いえ、なら……待ってます」

「ははは、別にそんなに緊張しなくていいんだぜ? 本を読み終わっているかは分からねぇけど話をしに――うぉ!?」


 エトに気さくに話しかければ、奴は床に転がっていたノブを掴んで放り投げて来た。

 俺はそれをしゃがんで避けてから何をするのかとエトを見る。

 すると、奴は店の奥へと逃げていった……何だよ。


「緊張なんてしていません!! 僕は忙しいんです!! 用が済んだのなら帰ってください!!」

「えぇ何だよそれ……はぁ、分かった分かった。それじゃあな」

「……待ってますからね!! 必ず……いや、本を返してもらうからですから!!? 勘違いをしないでくださいよ!!」

「……ふふ、へいへい……またな!」

「……はい、また明日」


 俺は後ろ手に手をひらひらと振る。

 本を大切に持ちながら、扉を押して外に出た。

 エトは店の奥から出てこないが。

 影から俺を見ているようで。

 俺はくすりと笑ってからゆっくりと扉を閉めた。


 路地裏を歩いていきながら、俺は片手で持った本を見つめる。

 そうして、新しく出来た友達の笑みを思い出していた。


「……間違っちゃいねぇ。夢を叶える旅だけどさ……その道で出会う人たちの絆は、どんな財宝よりも価値がある」


 例え夢を叶えられ無くたって後悔なんてしない。

 この旅は俺が望んでした旅で、どんな苦難も試練も仲間と乗り越える。

 それまでの過程が無価値な筈が無い。

 夢を叶える以上に価値がある事であり、掛け替えのない思い出だ。


 この一冊の本のように、想いは受け継がれて行く。

 決して消えたりなんかしないんだ。

 俺はそう改めて思いながら、鼻歌を歌いながら上機嫌で宿へと戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る