033:失敗と心配(side:イルザ)

 敵が眼前に躍り出る。

 そうして、丸太のように太い腕を振りかざしてきた。


 綿五社バックステップで回避。

 瞬間、地面が大きく揺れて亀裂が走った。


 一撃で地面に大きな罅を走らせるほどの威力。

 あの腕は武器として一級品であり、接近戦は避けた方が良いと認識した。

 奴らは攻撃を仕掛けた化け物を両脇から飛び出してきて、今度は長い爪で攻撃してきた。

 それらをしゃがんだり半身をずらして回避。

 そのまま近くにいた敵の腹に蹴りを入れてから距離を取る。

 私は地面を蹴りつけて上へと飛び、そのまま風の魔術で空を飛んだ。

 

 空を舞いながら、矢を一瞬にして抜き取り番えて連続して放つ。

 放たれた矢は青い魔力の光を発しながら飛翔する。

 奴らはその矢をギリギリで回避し、爪に魔力を流して攻撃を仕掛けて来た。


「――!」

 

 振りかぶった爪から魔力の刃が形成された。

 真っすぐに飛んできたそれをギリギリで避ける。

 見事な魔力の操作であり、死体である事が残念でならない。


 よほど、腕に覚えのある冒険者を核としたのか。

 他の死体たちも見事な動きだ。

 敵ながら感心しながらも、私は体の位置を風の魔術で調整し――!


 化け物たちが互いに接近する。

 そうして、互いに太い腕でがっしりと組んでからぐるぐると回って――飛ぶ。


「――ほぉ!」

 

 まるで、砲弾のように飛んできたそれ。

 一瞬にして、目の前に迫る化け物。

 大きく裂けた口で笑っていて、カタカタと震えるそれが爪の生えた腕を突き出す。

 私の胴体を貫こうとするそれを見つめて――弾き飛ばす。


「――!?」

 

 それらを視界に入れながら、無詠唱で風の魔術を発動した。

 奴はそのまま私から弾かれるように空を舞った。

 私はそのまま一気に下へと降りて、風の魔術を使い自らの移動速度を高める。

 地面を滑るように移動しながら、空を舞う奴に弓を構える


炎よ纏えフラーム・スード


 付与術を行使し、矢に炎の力を与えた。

 矢を勢いよく放てば、矢は炎を吹き上げながら奴らへと迫る。

 奴はそんな矢を大きな腕を振りかぶり弾く……なるほどな。


 地面に着地し、大地を蹴って此方に向かってくるそれ。

 他の奴らもカタカタと揺れながら走り出す。

 私は冷静に戦闘を続けながら奴らを分析していく。


 ファーリーの脚力により機動力を底上げしている。

 あの鋭利な爪は切断に特化し、あの太い腕の方は打撃と防御か。

 魔術は使えない事から、それほど高度な術式は組み込まれていない。

 単純な兵士として運用しており、力任せの攻撃で敵を殺すのだろう。


 魔装を使える事から、核となったものは腕に覚えのある冒険者だと分かる。

 元の性格や記憶が無い事から、移したのは経験だけか。

 あの継ぎ接ぎの体からして、恐らくは脳自体も……反吐が出る。


 慣れの果てが一気に迫る。

 振りかぶられた爪の軌道で風の魔術で強制的に変える。

 奴らの爪はそのまま地面に大きな亀裂を走らせた。

 そんな奴らのがら空きの胴体に目掛けて魔力を込めた矢を放つ。

 奴らは至近距離で防御も間に合わずに真面に攻撃を受けた。


 が、矢は貫通せずにそのまま奴らの体を遥か後方へと飛ばしただけだ。


 硬い外皮であり、黒ずんでいるのはただの腐敗によるものではないのか……まさか。


 あり得ない。いや、それしかない。

 魔装であろうとも私の攻撃を人の形をしたゴーレムが簡単に防げる筈が無い。

 可能性があるとすれば、あれらの皮膚は人のものではなく――魔物の皮膚。


 

 ……いや、違う。魔物の皮膚であればすぐに見破れる。


 

 人の肌に似せようとも防御力を上げるのなら、肌自体が岩や鉱物のように変化するだろう。

 しかし、あれらは黒ずんでいるだけで見た目は人の皮膚だ。

 ならば、どうやって私の魔力を込めた矢を……いや、意味は無い。


 戦闘の中で突き止める以外に術は無い。

 それが出来ないのであれば、この思考は無駄だ。

 今はただ、敵を排除する事だけを考えよう。

 死体を調べるのはその後であり――来るな。


 仲間が吹き飛ばされて静止していた他の敵たち。

 それらが奇妙な動きで此方に向く。

 そうして、全員がバラバラの方向に向けて駆けだした。

 まさか、この期におよんで逃走を図るのかと考えて――ッ!


 奴らがそのまま地面に向かって爪を突き刺す。

 そうして、軟体の生き物のように体をうねらせながら地面に潜り込んだ。

 私はすぐに奴らを魔力による探知しようとした。

 すると、微かに魔力の反応があり……やはり、私を殺す気だな。


 逃げる気はさらさらないようだ。

 奴らは地面の中を激しく移動していた。

 何処から来る。いや、何処から来ようとも関係ない。


 私は大きく上に飛んだ。

 そうして、魔力を矢に込めながら弓に番える。

 ギリギリと引き絞りながら、私は付与術を再び行使する。


怒れ水の精よウォーア・エクシプロォ

 

 炎と水を複合させて、それらの力を纏った矢を地面に向かって放った。

 真っすぐに進むそれが地面に刺さり、地中へと潜っていく。

 そして、次の瞬間には地面が大きく盛り上がり――爆ぜだ。


 蒸気を上げながら舞い上がった土の中に敵たちがいた。

 それを視界の入れながら、私は炎と風の魔術を使い宙を勢いよく翔けた。

 奴らは魔術が使えない。だからこそ、空で藻掻くしか出来ない。

 私はそんな奴らの背後を一瞬で取り、奴らの心臓に目掛けて――矢を放つ。


 今度は魔力だけではなく、付与によって風の力を加えた。

 貫通力を上げる為の風の刃を螺旋状に形成した。

 風を切り裂くような高音を響かせながら、矢は一瞬にして奴らの背中に迫る。

 

 矢は奴らの背中に当たり、甲高い音が鳴り響いた。

 矢が当たった個所が硬化している。

 が、耐えられたのは一瞬であり、奴の硬い皮膚を突き破り矢が貫通した。

 化け物はカタカタと震えながら地面へと落下していく。

 私はそれを見る事無く、流れるように空を翔けた。


 靴の底から炎を出し、そこに風の力を加えて空を高速で移動。

 そのまま空中で待っている奴らの背後を取って次々にその背中に矢を撃ち込んだ。

 奴らは碌に抵抗する事も出来ずに、心臓を貫かれて落下する。

 全ての敵の心臓を射貫いて、私はそのまま地面を滑るように着地した。


「……手応えはあった……が、妙だな」


 どんな生物であろうとも核を潰されれば死ぬ。

 人であれば心臓と脳であり、奴らが人の形をしているのであれば弱点も同じはずだ。

 だからこそ、心臓を狙って攻撃をしたが……動かないな。


 地面に追突して土煙が待っている。

 奴らはぴくりとも動かずに沈黙していた。

 そんな奴らを見つめながら、私はどうするべきかを僅かな時間で考える。


「……試すか」

  

 私はゆっくりと矢を掴む。

 そうして、弓に番えて構えながら魔術を行使する。


炎よ全てを焼き消せフラーム・サイクフォン


 最も広範囲の敵を殲滅する事が出来る魔術。

 魔力の量によって威力が変わる炎の魔術であり。

 私が得意とする五大元素と付与術を複合した魔術だ。

 これにより、あそこで死んでいるかも分からない敵を殲滅する。


 ……本当なら死体を回収し調べるべきだが……不安が拭いきれない。


 今すぐにアレらを始末しなければいけない予感がした。

 だからこそ、回収の道を断念し塵一つ残さずに消す決断をした。


 私はそのまま土煙の中に矢を放ち――閃光が走る。


 勢いよく炎が広がっていった。

 それが風により円を描くように回転している。

 紅蓮の炎から発せられる熱が私の身を焼き尽くそうとするほどだ。

 魔装によってその熱を防ぎながら、私は死体たちが消えていくのを見て――!!


 悪寒が走る。

 瞬間、私は考えるよりも早くにその場から飛びのいた。

 すると、地面を突き破って敵の切り離された手が飛び出してきた。

 奴は私の腰の鞄を切り裂いていく。

 そうして、地面に着地しようとすれば別の敵の手が飛び出してきて――やはりだ。


「――」


 私は周囲一帯に炎の魔術を行使した。

 すると、地面から出ていた敵の部位たちはそのまま焼き尽くされて行く。

 勢いよく燃えるそれらは灰となって消えて行って。

 私は周りの魔力反応を調べて……いないな。


 敵の狙いは私だったが。

 もしも、私の始末が出来なかった場合も想定していた。

 恐らくは、死体を調べる為に持ち帰ると分かっていたんだろう。

 

 ……もし、死体を組合や騎士団が回収していれば……ぞっとするな。


 敢えて、死体を回収させる事で。

 騎士団や組合の内部をかき乱すつもりだったんだろう。

 切り離された体の部位であれば、卓越した魔力探知の力が無ければ見つける事は難しい。

 騎士団員や冒険者であれば奇襲を防ぐ事は出来るかもしれないが。

 戦闘の経験が無い者であれば確実に殺されていた。


 私が死体を回収しないという心を感じ取って攻撃に出たのか……侮っていたな。


 死体を改造して運用しただけのゴーレムではない。

 複雑な命令は実行できなくとも、幾つかの行動パターンを術式で刻み込んでいた。

 人体などに詳しい上に、ゴーレムを作る腕が高くなければこうはいかない。

 敵はかなりの手練れであり、これからは益々気を引き締めた方がいいだろう。


 私は敵の反応が消えたのを確認し終える。

 そうして、弓を背中に背負い直しながら吹き飛ばされた鞄を回収しようと……!


「……やられた」


 鞄はずたずたに引き裂かれていた。

 魔装によって防護はしていたが。

 奴は私の心臓を貫く為に全ての魔力を注いでいたんだろう。

 だからこそ、攻撃を受けた鞄は完全に切り裂かれていて。

 中に入っていたポーションの瓶も砕かれている上に。

 大切に仕舞っていた犯人の人相書きも切り裂かれていた。

 復元をしようにも、まき散らされたポーションの中身に浸ってしまってボロボロだ。

 これでは完全な修復は無理であり……いや、大丈夫だ。


 紙を失おうとも、私の記憶にはしっかりと残っている。

 私がフロックハートたちに今回の襲撃を知らせて。

 それから、私自身が犯人の特徴などを描いて伝えればいい。


 子供の頃から絵はよく描いていた。

 そして、母や父からも腕前を褒められたことがある。

 恐らくは、フロックハートたちにも伝わるだろう。


「……兎に角、今はすぐにでも合流しよう」


 私は移動を開始する。

 合流地点は既に決めており。

 私が先か後かは分からないが。

 そこに向かえば、彼女たちに会えるだろう。


 敵は想像以上に手強い。

 銀級冒険者である二人であれば対処は可能だが……ハガード。


 彼の事が心配だ。

 今は街でいるから大丈夫だろうが。

 もしも、敵に我々の事が知られていれば。

 狙われる可能性が高いのは間違いなく彼だ。


 戦闘の心得も、引き際も心得ているだろうが。

 それでも心配であり……なるべく、すぐに戻ろう。


 私は大地を駆けていく。

 付与術を使って身体能力を強化しながら。

 更にスピードを上げて駆けて行った。

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