032:歪な形の成れの果て(side:イルザ)
「……痕跡が残っているな」
襲撃された集落の一つ。
破壊された家々の中を私は見て回っていた。
木の板で作られた木の壁は黒く焼け焦げて。
屋根は完全に無くなっていて、空いた穴から冷たい風が吹く。
死体などは既に騎士団が埋葬したのだろう。
残されているものは、終焉の導きの構成員が残していった争いの跡くらいだ。
べったりと床についた血。
体を引きずった跡であり、刃物か何かで体が深刻なダメージを負ったのだろう。
残された力を振り絞って家の中に入り……此処で息絶えたな。
赤黒い血だまりとなっている床。
此処で完全に死に絶えて、家は後から燃やされたと分かる。
此処の集落は他の集落より規模は少しだけ大きい。
住んでいた人の数もおよそ百人を少し超えるほどらしい。
……思ったよりも手間取ったのか。家の破壊も他とは違って雑だな。
もしも、念入りに死体を焼いていれば。
此処まで血の跡が残る事は無い。
襲われた男は命からがら逃げてきて、直接魔術で体を焼かれていない。
直接死体を見た訳では無いが、血の跡が床にくっきりと残っているから大体は分かる。
血の跡に残されたもの。
それは毛であり、これは髪の毛だと分かる。
魔術を使えば、その人物の正体を割り出す事も出来るかもしれないが……数本では足りない。
状態も悪く、少し焼け焦げていた。
日数も経っているから、これでは魔術を使っても犯人の正体を突き止める事は出来ない。
だが、これが此処に残っているのであれば……試してみるか。
「――――」
完全に乾ききった血の跡を指でなぞる。
そうして、呪文を詠唱した。
付与術により血の跡に残った“魂の残滓”に私の生命力を少し与える。
そして、結界術にて生命力を与えられたそれに仮初の体を与える。
乾いていた筈の血がぱきぱきと音を立てて剥がれていく。
それらを覆い隠すように結界が展開されていき、私は結界を調整していった。
乾いていた血が溶けて液体となり、結界に中を満たしていく。
ゆっくりと血が人の形を成していき……静かに短い脚を床につけた。
「……? ……!」
「……呼び覚ましてすまない……すぐに終わらせる」
小さな赤い人形のようなそれ。
私はそれに質問と言う名の命令を与えた。
静かに丸められた紙を床に置けば、人形はよろよろと歩いて紙の上に乗った。
そうして、己の足を紙にこすりつけながら彼は静かに絵を描いていった。
「……」
必死になって絵を描いていく人形。
徐々に体が小さくなっていくが。
彼は自らの最期の想いから、私に伝えるべき事を伝えようとしてくれていた。
私は静かに彼の最期の抗いを見守って……これか。
紙に描かれたものは人の顔だった。
想像通り、此処で死んだ人は犯人の一人の顔を見ていた。
フロックハートから情報は貰っていた。
村や集落の襲撃犯は二人であり。
その二人は仮面などで顔を隠していると。
だからこそ、どんなに情報を探っても人相が分からなかったらしい。
だが、此処で死んだ人はかなりの手練れだったんだろう。
奴らと戦って仮面を剥ぎ取る事に成功し。
最後の力を振り絞って、焼かれた集落の中で息を潜めて隠れていた。
血の臭いと物が焼ける臭いによって魔物の嗅覚は使えない。
時間を掛けて捜索していれば、何れはドニアカミアの精鋭である騎士団が到着する。
ただでさえ、銀級冒険者二名がこの領地内で奴らの居所を探っているんだ。
悠長に時間を掛けている暇は無かっただろう。
男は集落の外に行く事も出来た。
しかし、それをせずに、敢えて此処で死ぬ道を選んだ。
……可能性としては限りなく低いだろう……だが、この人は懸けたのか。
魔術師の中には、血の痕跡から情報を得られる者もいる。
その人が此処を訪れる事を願って、彼は此処で死を待った。
血が完全に蒸発しないように、苦しみながらも床に体をつけて……立派だ。
私はこの人に敬意を払う。
そうして、体が完全に消えかかっている人形に対して礼を伝えた。
「どうか、安らかに眠ってくれ。後は任せろ」
「……」
人形はこくりと頷いてからさらさらと体を消していった。
生命力が完全に消えて、血が魔素と溶け込み蒸発した。
私は戦士の最期を見届けてから、手に入れた情報を持ち帰ろうとした。
……人相描きとしては十分だ。此処まで分かっているのなら、相手の特定も可能だろう。
人形が描いたものだから、鮮明に描かれている訳ではない。
だが、細かい特徴を捉えており、目視で見れば必ず敵を見破れる筈だ。
フロックハートも私と同じだろう。
敵は恐らく、“ドニアカミア領内で生活をしている”。
そうでなければ、こうまで騎士団から逃げおおせる事は出来ない。
土地勘がある上に、騎士団や冒険者組合の事を熟知していなければこうまで上手く逃げられないだろう。
魔物に乗って逃げたとしても、騎士団の中には魔術を使える者もいる。
空へと気を配る事も欠かさない筈であり。
それでも捉えられないのであれば、彼らの動きを精確に把握しているからだ。
……可能性から言えば、騎士団関係者か。組合に所属する冒険者か。
騎士団関係者であれば、彼らの動きを察知する事も容易い。
普段のスケジュールから、誰が何処に派遣されているかなど。
動きやすい日に犯行を企てているのが何よりの証拠だ。
組合の冒険者の可能性もある。
組合の冒険者であれば、騎士団と模擬戦をする事もあり情報は手に入れやすい。
一番に疑いを掛けられる騎士団員に比べれば、冒険者の方が動きやすいだろう。
そして、フロックハートたちの情報についても“一部”の職員であれば買収する事も可能だ。
敵は此方の動きを完璧に把握している。
その上で手早く犯行を終えて立ち去っていた。
攫う人間は限られており、小柄な女性や子供を数人だ。
絶対に欲を出して十人以上を攫う事はしない。
奴らは逃走ルートを予め調べた上で、移動に適した重量も計算している。
それ以上の人数を運べば、結界の精度が落ちたり移動の速度が落ちるからだ。
「……フロックハートも敵も、血の痕跡までは考えていなかったか……こんな所で、これが役に立つとはな」
皮肉なものだ。
“死んだ家族”に会いたいという願いから生まれたこれが。
今回の事件で役に立つ事になるなんてな。
家族は蘇っても、正しい形を成さないまま崩れ落ちて。
それでもと結界で形を作ろうとも、私の意識が消えれば消えてしまう。
結局、この魔術は私の自己満足の産物であり、家族を不必要に苦しませるだけだった。
……そんなものでも、誰かの想いを受け取る助けになった……救われたよ。
私は紙を大切に腰の鞄に仕舞う。
そうして、他の集落へと行ったフロックハートの所まで行こうとした。
私からの提案で、互いに別々の集落へと向かった。
最初の一つは協力してみたものの。
魔術の心得がある者を一か所に固めるのは効率が悪い。
だからこそ、フロックハートはガイとと共に調査に向かって貰った。
私は元々ソロで活動していたから、こういった事には慣れている。
……まぁ少し疑われたがな……信用は出来ないか。
あの集落でお互いに始めた会ったんだ。
可能性としては限りなく低くとも、我々だって終焉の導きの構成員である可能性は捨てきれない。
彼女は彼女で、私とハガードを手元に置いて監視したかったのか。
そこまでは分からないが、信用はまだされていない事は確かだ。
別にいい。
信用されずとも、私は仕事は必ず果たす。
それが冒険者としての私であり、冷人と呼ばれた私の役目だ。
冷たい人、氷のような心で物事を合理的に判断する……簡単だろう。
例え、その判断をするべき対象がハガードだろうとも。
私は今まで通り、合理的に考えて決断を……まただ。
「……何だと言うんだ」
静かに胸を抑える。
一瞬、ずきりと胸が痛みを発した。
こういう事を考えた時は、決まって胸が痛みを発する。
必ずと言っていいほどであり、ハガードの顔を思い浮かべれば絶対だ。
私の心は彼との別れを拒んでいる。
この先の旅にもついて行きたいと叫んでいるようだ。
それほどまでに、私はルーク・ハガードという男を気に入っている。
何が私の心を狂わせる……?
何がそこまでの衝動を駆り立てる……?
アイツはただの駆け出しで、会ってまだ間もないんだぞ……?
分からない。何も分からない。
いや、その正体を知る事を私は拒んでいるのか。
私は静かに胸に手を置きながら、ハガードの事を――前方に飛ぶ。
背筋に一瞬冷たい何かが走った。
それを感じた瞬間に、私は破壊された扉を通って転がる。
瞬間、家の中に何かが勢いよく飛び込んできた。
凄まじい音を発しながら、破壊された家の残骸の一部が舞う。
私は弓を手に取り矢を番えた。
そうして、家の中に矢を放ち――それが飛ぶ。
一瞬にして跳躍し、破壊音が空中で響いた。
瞬間、目の前に頬まで裂けた笑みを浮かべる化け物がいて――私は横に飛ぶ。
先ほどまで立っていた場所に化け物が突っ込む。
私は冷静に土煙の中で揺れ動くそいつに矢を放つ。
魔力を込めた矢であり、それはぶすぶすと奴に刺さった。
「……!」
完全に殺したと思った。
しかし、煙の中の化け物から強い殺気を感じた。
瞬間、私は前面に魔力を張って――強い衝撃を感じた。
体が地面から浮き上がる程の衝撃で。
甲高い金属音が響いたかと思えば、遥か後ろに体が飛ばされていた。
化け物は継ぎ接ぎだらけの顔でケタケタと笑っていた。
私はそんな奴の腹に鋭い蹴りを放つ。
瞬間、化け物は体を曲げて後方に飛んだ。
私は地面を滑るように着地し、矢を番えてから奴に警告した。
「貴様は何者だ。返答次第では……通じないか」
「――!」
頬まで裂けた口。
そして、全身が継ぎ接ぎだらけで。
肌は黒ずんでいて、近くにいれば嫌でもその腐臭で眉を顰めてしまう。
両手の長さが完全に違っていた。
左手は細く長く、黒い爪が武器のようになっていたが。
逆側の手は太く大きく丸太のようだった。
瞼が無いのか、目は完全に開いていて生気は全く感じられない。
下半身は長く太く毛むくじゃらであり、ファーリーの特徴だと分かる。
ヒューマンとファーリーの特徴……最悪だな。
アレは魔物じゃない。
そして、人でもない。
奴らの手で生み出された“傀儡”であり、分類するのなら“ゴーレム”の類だと分かる。
どんな術式なのさえ考えたくない。
死体を操り道具として使うなど、魔術師の風上にも置けない。
静かな怒りがふつふつと沸いて来る。
そうして、私は全身に魔力を巡らせながら闘争本能を高めていった。
その間にも、敵のゴーレムは増えていき……五体か。
醜悪な姿に変えられたゴーレムが五体。
此処で逃げればどうなるのかは分からない。
しかし、こんな姿を見せられて逃走を選ぶほど私は冷酷ではない。
「すぐに楽にしてやる……すまない」
これから始まる戦闘。
それにより、彼らの体の一部が破損するだろうが。
彼らの魂を安らかに眠らす為だ。
私は彼らの魂に謝罪し――大地を駆ける。
破壊された家々を超えていき、広い場所に出ていく。
奴らは不気味な音をたてながら、不規則な動きで私を追って来る。
私はそんな悲しき人たちの成れの果てを見つめて攻撃を番えた矢を放った。
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