030:嫌味な男の手駒(side:アーリン)
《……それで? 成果は得られたのかな? アーリン・フロックハート君》
「……いえ、奴らの情報はまだ何も……予想外の事が発生し、臨時で新たに二名を仲間に加えました」
《仲間、ねぇ……使えるのかい? それらは》
閉ざされた空間。
結界を何重にも張り秘匿性を高めた空間で。
私は長距離通信用の魔鏡を見つめる。
そこに映る嫌味な顔をした男は組合で地位のある存在だ。
本部で“サブマスター”を務めるこの男の名はサム・ドラン。
組織において№2の男であり、私たち冒険者が逆らえない存在だ。
この男からの極秘の依頼を受けた事によって、私とガイは小間使いのように働かされている。
定期的に支払われる報酬が高くなければ、今にでも故郷に帰りたいところだが……まぁいいわ。
眉間に皺を寄せながら、コツコツと机を人差し指で叩く男。
つり上がった目に、薄い唇。
何時も不満気な表情であり、嫌な奴だと人相から分かるようだ。
そんな男からの嫌な質問に私は肯定するだけだった。
すると、奴は重いため息を吐いてから「まぁいい」と言う。
《どうせ、私の懐は痛まないからな……それよりもだ。君たちは一体、何をしているんだね?》
「何と申しますと?」
《決まっている。終焉の導きの幹部を一人でも捕まえるだけで良いと言った筈なのに、君たちが連れてくるのは下っ端ばかり……いいかね? 金は有限なんだ。湯水のごとくあふれ出る訳じゃない。私が何を言いたいか分かるかね? ん?》
「……努力はしています。ですが」
《聞きたくないねぇ。言い訳なんて見苦しいぞ? はぁ、君たちは若くして銀級になったエリートだと聞いていた。フリーマン君はあの千槍術の免許皆伝者で、君に至ってはあの魔術大学を卒業している……なのにだ、蓋を開けてみればこうもまぁ……呆れて声も出ないよ》
「……申し訳ありません……ですが、今回の事件は必ず幹部が関わっています」
私は怒りのボルテージを必死に抑える。
そうして、今回の事件に関わっている幹部に心当たりがある事を伝えた。
すると、奴は机を叩くのをやめてにやりと笑う……きも。
《何だ。良い話もあるじゃないか……で? 誰がその事件に?》
「……恐らくは、幹部の一人である……
《ほぉ! 死狂と言えば、不死身と噂されるあの! 良いじゃないか良いじゃないか! 奴を捕まえる事が出来れば、我々の……いや、人類にとって大きな利益となる! そうだろ、アーリン君?》
「……仰る通りです……ただ」
《……ただ、何だ?》
気分を良くしていた筈の男も、私のただという呟きにまた眉を顰める。
私は迷った末に、今回の事件で死狂が関わっている場合の危険度を説く。
「奴の体得した魔法は死を拒絶するものだと我々は推測していますが。情報は曖昧な推測のみで奴の力そのものは未知数です。恐らく、事件を追っていけば奴との交戦は避けられません。私とガイ。そしてもう一人の銀級冒険者だけでは手に余るかと」
《……ほぉ、仲間の一人は銀級か……それで? 私に何をしろと言うんだね?》
……本当に嫌らしい爺ね。ムカつくわ。
分かっているだろう。
此処まで言えば、私たちが奴に対して何を要求しているのかくらい。
それでも、敢えて私の口から言わしたいのだろう。
その上で、私の提案を断るつもりであり、この無駄なやり取りだって本当はしたくない。
しかし、未知数の敵に対してたった三人で挑むのは自殺行為だ。
どんなに高い報酬が約束されていようとも、燃え盛る炎の中に飛び込む馬鹿はいない。
少なくともあと三人……いえ、もっと言うのなら金級を招集するべきだ。
「……お願いします。銀級の冒険者を最低三名……叶う事なら、金級の冒険者の力を」
《――馬鹿を言うなよ。そんな事をすれば、どうなるのか分からないのか?》
「……っ」
分かっているわよ。
この男が態々、組合本部に隠れて私たちに依頼を出した理由。
それは本部にこの事を知られたくないからだ。
私たちは“二重”に依頼を受けている。
組合本部からの極秘ではあるもののちゃんとした依頼とこの男からの“真の意味”での極秘の依頼だ。
表の依頼の内容は終焉の導きの調査だけであり。
その中には捕縛などについては記載されていない。
戦闘になれば各自の判断での行動が許されていて。
すぐに逃げる事だって可能だった。
何かあれば、組合のマスターの名を出して被害の出た領地の主にも報告できる。
私たちが行っている調査に関しても、国王であろうとも口を出すことは出来ない。
事件が解決するか緊急時のみ、国の支援を受ける事も許されているけど。
基本的には誰にも悟られないように調査する事を義務づけられている。
兎に角、表の依頼に関しては戦う事を推奨したものではない。
可能な限り、生きて情報を上に報告するのが私たちの役割だ。
本部は馬鹿じゃない。
終焉の導きの危険度は未知数で。
その幹部となる“魔法使い”たちがどれほどの力を有しているのかも分かっていない。
だからこそ、奴らとの戦いがどれほどまでに危険なのかを理解していた……でも、この男は違う。
こいつの目的は魔法使いたちの捕縛だ。
生きたまま捕らえる事が奴の望みであり。
それによって得られる莫大な報酬を裏で受け取るつもりなのだ。
奴のバックに誰がついているのかは分からない。
しかし、世界を裏で牛耳っているような黒い連中だという事は分かる。
魔法は奇跡の具現化だ。
願いの結晶とも言ってもいい。
その身に魔法の力を宿す存在は貴重であり。
奴隷商で売られようものなら莫大な財を築けるほどだ。
終焉の導きの幹部は、恐らくは魔法を使える者だと分かっている。
少ない交戦記録の中で、魔法でなければ説明がつかないような現象が幾つも残っているからだ。
だからこそ、終焉の導きの幹部の首には莫大な懸賞金が懸けられている。
例え死体であろうとも、受けられる報酬はかなりの額で……本当に嫌になる。
奴隷にするつもりか、それとも検体にするのか。
何方にせよ、人を人とも思わない所業をするんだろう。
それを想像するだけで反吐が出そうだ。
……でも、私は断れなかった……私にはどうしてもお金がいる。
家族への仕送りだけならいい。
冒険者として依頼を熟すだけでも十分だから。
でも、“あの子”の莫大な治療費に加えて高名な治癒師に継続して診てもらうには……我慢よ。
例えどれだけこの爺に嫌味を言われようとも。
例えどれだけ唾を吐かれようとも私は耐えて見せる。
たった一人の親友の命を救う為だったら、私は悪魔にだって魂を売ってやる。
私は静かに呼吸を整える。
そうして、鏡の中の奴を見つめながら頭を下げる。
「……無理は承知の上です……どうか、支援を」
《……はぁぁ、どれだけ無能なんだ……いいだろう。ただし、私が送るのは“一人”だけだ》
「いえ、それでは」
《案ずるな。冒険者の登録はしていないが、その腕は金級に匹敵する……君はその男の指示に従え》
「……分かりました」
《では、調査を続けたまえ……くれぐれも独断での行動は控えるように。逆らえば……分かるね?》
「……はい」
《よろしい。それでは、良い結果を期待しているよ。アーリン・フロックハート君》
奴は嫌らしい笑みを浮かべたまま通信を切る。
普通の鏡に戻ったそれをゆっくりと下ろす。
そうして、私は怒りのままに鏡を帽子の中に突っ込んだ。
「本当にむかつく。顔がパンパンに腫れるまでぶん殴ってやりたいわ……でも、よく耐えたわ。流石は私」
指を振って結界術を解く。
そうして、宿屋の一室にて静かに息を吐く。
取り敢えずは報告は終えたから、明日からまた事件の調査に当たる事になる。
表の依頼の方で組合本部への報告もしておかないといけない……本当に面倒ね、はぁ……。
何でこんな密偵のような事をしないといけないのか。
いや、金が必要なのだから仕方のない事は分かっている。
真面な方法で大金を稼ぐことは無理な上に。
高名な治癒師にかかりつけになってもらう為のコネだって私にはない。
……多分、そんな弱みにつけこまれたのね。本当に私って不幸……いや、違う。
こんな事で不幸なんて思えば、あの子に失礼だ。
今だってあの子は病気に抗って必死に生きている。
痛くて苦しくて辛い筈なのに、意識が残っていた時は何時も笑っていた。
『アーリン! 見て見て! ほら、新しい魔術を覚えたんだよ!』
「……ふふ」
瞼を閉じればあの子の笑顔が蘇る。
私ほどの才能は無かったけど、あの子も立派に大学で魔術を習っていた。
一生懸命に学んで、努力の成果を私に一番に報告してくれて……また、一緒に笑えるわ。
元気になったら、あの子が好きなものを沢山食べさせる。
そして、行きたいって言っていた場所にも連れて行く。
大学に戻りたいのなら、私が口添えしてあげるから。
「……待ってて、“ケイ”……私は諦めないから」
今も深い眠りについたままの親友。
彼女を再び元気な姿に戻す為にも、私は……。
拳を固く握りしめる。
そうして、帽子から出しておいた鞄を開いた。
そこに入っている道具を出してから。
奴らがこれまでに残していた痕跡などを調査する。
魔術を使った時に残る滞留魔素は試験管に保存してある。
それに特殊な薬品を垂らせば、黒色の靄が発生した。
「……今回の事件も……敵はファーリーでもヒューマンでもない……でも、黒は何?」
黄色ならファーリーで赤ならヒューマンだ。
エルフなら緑であり、他の種族も色は違う。
魔術大学で術者の種族を判別する為の方法だけど、この結果はそのどれでもない……となると、やっぱり……でも、違う。
可能性の高い種族は一つだけだ。
しかし、その種族の特性に関しては本で読んだ事がある。
絶対に外を出歩けるような体質ではない筈で。
今回の事件は陽が出ている内に発生していた……絶対に不可能よ。
「……それなら残りは希少種になるけど……可能性としてはゼロじゃない」
幹部全員が魔法使いであるのなら。
希少種だって在籍していたって不思議じゃない。
もしも、希少種による犯行ならば……でも、断定は出来ない。
他の道具を出す。
別に襲われていた集落にて回収しておいた……ヒューマンの男性の“眼球”。
ほとんどの死体は焼け焦げていたり損傷が激しかった。
切断された遺体に関しては魔物の犯行だと分かったから回収はしなかったけど。
これは焼け焦げていた遺体の中でも綺麗な状態で残っていたものだ。
薬液に漬からせたそれの蓋を取る。
そうして、中の液体をスポイトで一滴採取する。
「――」
呪文を詠唱した。
私の網膜に結界魔術の一つを応用した魔法を掛ける。
これにより、私の網膜は汚染を防ぎながら、この眼球の主の目が最期に記録したものを見る事が出来るようになる。
あまり良い体験じゃないけど、今更、こんな事で動じる事は無い。
天井を見つめながら、スポイトの中身を眼球に垂らす。
すると、水面に落ちた雨粒のように視界に波紋が広がった。
徐々に死んだ人間が最期に目にした光景が現れて来る。
此方に掌を翳す存在。
その後ろにぼんやりと見える人影に魔物だ。
「……これは……魔物の面に、黒いコート……奥の奴は魔物を従えて……っ!」
目に映る記録が焼け焦げていく。
記録だけを読み取ろうとしたが、死んだ人間の強い感情が伝わりそうだった。
私は慌てて近くに置いた水袋を手に取って眼球を洗う。
そうして、完全に眼球を洗い流してから私は魔術を解く。
やはり、敵は二人だった。
一人は魔物を使役していて、もう一人は炎を操っていた。
魔物は大型の鳥獣系の魔物であり、恐らくは結界を張る事で姿を消して逃げていったのか。
かなりの高度で飛んでいたのか。
それとも、単純に奴らの結界の腕が高かったのか……まぁいいわ。
敵の数は判明した。
恐らく、こいつらは幹部の命令を聞いて動いている下っ端だ。
そうじゃなければ、こそこそと動く必要なんかない。
それと今まで襲われた集落や村の数とその頻度を考えれば。
動いている人数を割り出す事は可能だ。
幹部は儀式の真っ最中であり、下っ端が生贄を集めている。
この事から敵の数は三人だと考えられるけど……まだ確証は無い。
護衛として残している場合もあるし。
魔物使いの奴が使役できる魔物の数も不明だ。
やはり、支援を要請したのは正解で……問題は、その男よね。
あのサブマスターの事だから、腕は立つに違いない。
しかし、冒険者の登録をしていないのであれば。
確実に汚れ仕事を請け負うような奴だと嫌でも分かる。
そんな奴に背中を預ける事は死んでも無理だ。
裏で動くような輩なんてのは、不利になれば平気で仲間を見捨てるらしい……はぁ。
「……冷人だけが頼りね……あのルーキーは……理由をつけて待機させるしかないか」
人質にされたら面倒だし。
私はそう考えながら、もう少しだけ敵の情報を探ってみる事にした。
これ以上の痕跡は出てこないかもしれないけど。
あの嫌味な男に馬鹿にされるのは死ぬほどムカつくから。
私は今日も徹夜になる事を覚悟しながら、先ずは眠気覚ましのコーヒーを作る事にした。
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