029:酒好きが集まる街トリエスト
「……ふぅ、遂にか……まだまだ、道のりは長いけど……取り敢えずはだな」
「何が取り敢えずなのよ? アンタたち何処か目指しているの?」
ドニアカミア王国領内とモルミア王国の境界線。
そこに立った監視砦にて冒険者組合の指輪を提示し。
定められた金を支払えば、すんなりと通行を許可された。
幾つか質問もあったがあっさりと終わってしまう。
少し拍子抜けだったが、それでも通れた事は嬉しい。
門の先へと足を踏み入れる。
周りを見れば景色何てあまり変わっていないが。
それでも、俺が今、立っている場所はドニアカミアの領地である。
大きな川が砦の傍で流れていて、野ウサギの群れが丘の上を駆けて。
川の方では鹿などが水を飲んでいた。
砦の近くには丸太で作られた民家らしきものもある。
ガタイの良いヒューマンの老人たちが昼間から酒を飲んで談笑している。
フロックハートからの質問に俺はそうだと答える。
「俺は天空庭園を探してるんだ!」
「へぇ、天空庭園ね……てことは叶えたい夢があるのね」
「おう! まぁ人には言えねぇけどな」
「人に言えない夢ってアンタ……まさか、世界の支配者にでもなるつもり?」
「は? いやいや、そんなものに興味ねぇよ! だから、その……い、いいじゃねぇか何でも! ほら、行くぞ!」
「……何よ。教えてくれたって良いじゃない」
「ははは! 男の夢なんだ。女には分からねぇよ!」
「……ムカつく」
「……ふ」
隣に立ったフリーマンは俺の肩をぽんと叩く。
ウィンクをしてきたフリーマンは俺の夢が分かるのかもしれない。
俺はフリーマンの気遣いに感謝しようと――
「分かるぜ。最強になりてぇんだろ。男だもんな」
「……ぇ?」
「いや、言わなくていい。俺もそうだ……けど、強さってのは努力でしか得られねぇんだよ……これも何かの縁だ。この先の街に着いたら俺がお前を鍛えてやるよ」
「い、いや。そういう訳じゃ」
「あぁあぁ! 良いんだ良いんだ! 大丈夫。アイツらには内緒だ……一緒に強くなろうぜ。兄弟」
「……お、おぉ?」
がっつり肩を組まれて兄弟と言われてしまった。
距離の詰め方が半端ないが、悪い気はしなかった。
俺の夢は強さに関するものではないが。
フリーマンからの好意は受け取っておこう。
「それじゃ、よろしくな。フリーマン」
「ガイでいいぜ! 俺たちはもう仲間なんだからな!」
「あぁそれじゃガイ! お前の胸、貸してもらうぜ!」
「おぅ! どんと来い! はははは!」
「……何アイツら、もう仲良くなってるし」
「通じるものがあったんだろう……あぁいうのは少し羨ましく思う」
「……お姉ちゃんなんて呼ばないからね?」
「……? 私とお前は血縁関係はないが?」
「……エルフってやっぱり頭が固いのねぇ」
「……?」
新たな仲間との出会い。
俺とガイは互いに肩を組みながら笑いあう。
アードルングたちも楽しそうに話しているようで。
集落での事件は恐ろしかったし、これから先でも事件を追う事にはなるが。
それでも、新しい仲間に出会えたことはすごく嬉しかった。
……無事に事件を解決できたらいいけど……頑張って手掛かりを探さないとな。
リュックに入れた黒い本。
これには絶対に犯人に繋がる手掛かりがある筈だ。
俺もこの本に関して何かを知っている気がする。
喉に魚の骨が刺さったような不快感であり、俺は何かを忘れているんだ。
そうじゃなければ、この本を見た時に何かを感じる事なんて無かったはずだ。
きっと過去に俺はこの本について見た事があるのか。
それとも、本について話を聞いたことがあったのか。
何方にせよ、この本がどういう物であるのかだけでも分かったら良い筈だ。
……俺の役割はこの本を読む事だ。時間が掛かってもいいから丁寧に読み進めてみよう。
俺はそんな事を考えた。
すると、ガイが何か考えているのかと聞いて来る。
俺は頭を左右に振り何でもないと伝えて。
ガイに何か食べたい物はあるかと聞いた。
「おぉ! そういや奢ってくれるんだよな! うーん、そうだなぁ」
「……出来たら高いものは……俺、駆けだしだからさ……情けないけど」
「お? 分かってるよ。俺は先輩でお前は後輩なんだ。そんなに高い飯なんて奢らせねぇよ……うし、それじゃ“アレ”にするか!」
「アレって……?」
「まぁまぁ任せろって、きっとお前の舌も満足するぜ! ははは!」
ガイは俺の肩をバシバシと叩く。
経験豊富なガイが任せろと言うのなら、きっと美味いんだろう。
俺はそれならばと期待値を高めておくことにした。
フロックハートは俺たちの後ろで呆れるように息を吐いていたが。
アードルングだけは俺たちの事を理解して微笑んでいた。
暫くの間、俺たちは歩いていた。
一人は馬に乗っていたから疲れてはいない。
フリーマンも日頃から鍛えているからか汗一つ流していない。
アードルングも涼し気な表情であり、俺だけが薄っすらと汗を掻いていた。
師匠からのしごきを耐え抜いたとはいえ、やはり銀級冒険者の体力は俺以上だ。
それを再認識しながらも、俺たちはようやくドニアカミア領内の街に着いた。
「ようこそだな! 此処がドニアカミア中の“酒好き”が多く集まる街――“トリエスト”だ!」
「へぇ、酒好きが集まる街か。そいつはすげぇな!」
門を超えた先に広がる街。
石畳の街であり、家々の個性はあまりなく統一感があった。
酒好きが集まるというだけあって道を歩いている奴らの顔は赤い。
濃厚な酒気が此処まで伝わってくるようで。
時刻は既に日没という事もあって、俺の腹も空腹で美味い酒が飲みたくなっていた。
街灯に照らされながら、俺たちは街の中を歩いていく。
先ずは宿屋で荷物を置いてから、街に繰り出し飯を食おうとガイは提案する。
「賛成……と、言いたいけど。私はパス」
「あぁ? 何でだよ。折角、新しい仲間が増えて歓迎しようって言うのによ」
「いや、仲間って言っても一時的だから……いや、別に嫌だからじゃないから。私は仕事があるの……ね?」
フロックハートは目を細める。
すると、ガイはハッとしたような顔をしてから頷いていた。
「……あぁ、そうだな……じゃ、お前たちは俺について来いよ!」
「……? 別に仕事が終わるまで待つけど」
「いや、待たなくていいし……いいからさっさと行きなさい。そういうのうざったいだけだから」
「うざ……? まぁそういうなら良いけどよ……それじゃ、またな」
「はいはい。またねー」
フロックハートは手をひらひらと振りながら去っていく。
馬の手綱を握っていないのに、アレは彼女の意志のままに動いていた。
彼女は五大元素の魔法を得意としているから、精神干渉系の魔法は使えない筈だけど……信頼のなせる技か?
「言葉が通じなくても心は通じるんだなぁ」
「……まぁ彼女の場合、言葉で通じ合っている気はしないが」
「……? どういう意味だ?」
「……いや、気にするな」
アードルングはぼそりと呟く。
俺は首を傾げながらどういう事なのかと考えて――声が聞こえた。
「おーい! 早く来いよぉ! 老いてっちまうぞぉ!」
「……もう先に行ってるじゃん! 行くぞ、アードルング!」
「……やれやれ、慌ただしいな」
俺は先に行ってしまっているガイを追う。
アードルングは首を左右に振ってため息を吐いていた。
慌ただしくとも、これが俺たちな気がしたが……今はそれを言う事は止めて置いた。
「うめぇぇぇ!!!!」
「だろぉぉ! 此処のミートパイと“クルファスリエ”は最高なんだよ!」
目の前で木のジョッキに並々と注がれたエールを飲みながら。
この店を紹介してくれたガイは嬉しそうに笑っていた。
彼は俺たちに何も聞かずにミートパイとクルファスリエと呼ばれるシチューを注文した。
少しだけ心配はしていたが、運ばれてきた料理は見事なほどに食欲をそそった。
パイと呼ばれるものは話には聞いていたが。
しかし、実際に食べてみれば想像を遥かに超えて来た。
ガイの説明を聞きながら食べて行けば、その美味さがより鮮明に分かる。
俺たちが戦ったラッシュ・ボアの肉を使ったこの料理。
ラッシュ・ボアの肉は栄養は満点であるものの。
野生で生きている事から独特の臭みや肉そのものの硬さがあまり受け入れられないらしい。
しかし、ガイの説明では此処の店主はその問題点を工夫によって解決していた。
肉の臭みに関しては秘密ではあるが処理をしている人がかなりの職人らしい。
噂ではラッシュ・ボアの狩猟と処理を一人で行っているとか。
そして、肉の硬さに関しては肉を大きな樽の中に入れた蜂蜜に漬け込んでいるらしい。
それにより肉を柔らかくしてからミンチにして客に提供している。
ガイの話では隠し味に赤ワインを入れているようで。
肉の旨味と赤ワインによってほんのりと感じる甘みに。
香辛料の辛味が加わって口の中で唾液が溢れて来る。
そして、このパイの焼き加減も絶妙であり、パリッとしていて噛めばサクッとする。
パンのような甘みも感じられる上に、肉の汁を吸って中はほどよく柔らかくなっていた。
中に入れられた肉の風味などはこの中に綺麗に閉じ込められていて。
ナイフを入れた瞬間にふわりと良い匂いのする湯気が広がった様はとても美しかった。
パイだけじゃない。
このシチューも完璧だ。
それほど凝った作りはしていないらしいが。
新鮮なトマトやたまねぎをふんだんに使っていて。
大量に入れられた豆もじっくりと煮込んでいる事によってとても柔らかい。
トマトをベースに作られていて、味付けは塩と“コショウ”だったか。
コショウと呼ばれるものはあまり馴染みが無いが。
ガイ曰く、普通であれば滅多に手に入らないような高級なものらしい。
ただ、此処の店主はそれを安価に手に入れる術を知っているらしい。
噂では本物のコショウではなく紛い物らしいが……そんな事はどうでもいいと思えるほどに美味い!
トマトの味が濃厚なシチューはとても温かく。
一口二口を飲んでいけば、自然と体が温まっていった。
そして、このミートパイも一緒に食べれば更にトマトの味が洗練されて行くのだ。
パイ、シチュー、パイ、シチュー……そして、酒だ。
「ぅ、ぅ、ぅ――はぁぁ!!」
「ははは! 良い飲みっぷりだな兄弟! こいつは初めてだろ? こいつは“ラガー”って言うんだぜ?」
「これがラガー……冷たくて飲みやすい。味はエールよりもあっさりしているけど……美味すぎる!」
並々と注がれたラガーを豪快に呷る。
幸せの吐息を吐きながら、俺は此処を教えてくれたガイに深く感謝した。
言葉にして伝えれば、ガイは気にするなと言ってくれて。
隣で黙々と食べているアードルングにも美味いかどうかを聞いていた。
すると、彼女はリスのように頬を膨らませていて……一気に飲み込む。
「……美味いな。正直、驚いた……私はこれも知らずに、モルミアまで行っていたんだとな」
「……訳アリか? お前、エルフの国から来てんだろ。普通なら此処まで来るエルフは大体が」
「――詮索はするな」
「……おっと、そうだな。悪い……ま、初めてな上に美味いって思ってくれたのなら俺は嬉しいね」
「何故だ?」
「あぁ? そりゃお前……自分が好きなもんを好きになってくれたんだ。これほど嬉しい事はねぇよ」
ガイはラガーを静かに飲みながら二カッと笑う。
アードルングがくすりと笑って自分もラガーを飲んでいた。
少し空気が悪くなった気がして心配したが。
ガイは俺以上に空気を和ます力があるようだった。
「……さて、俺の勧めは完食できそうだが……まだ食えるよな?」
「……っ! まさか、まだ他にもおすすめが……?」
「当たり前だぜ……冷人、お前もいけるよな?」
「ふっ無論だ……私はまだ満足していない」
「言うじゃねぇか……よし、だったら帰るまでにお前たちを満足さやるからな! 覚悟はいいか!」
「お、おぅ!」
「かかってこい」
ガイは給仕の女の子を呼ぶ。
そうして、すらすらとメニューも見ずに注文をしていく。
俺はまだ見ぬ料理に胸を大きく躍らせていた。
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