028:魔術と魔法
フリーマンの案内の下、俺たちは一つの村に辿り着いた。
簡易的な木の冊で覆われただけの村であり、人口は精々が五十人ほどか。
老人の多い村であったが、ふらりとやって来た俺たちに視線を向けて来る者はいない。
予め話が通っていたのかすんなりと村の中に通される。
態々、街ではなく小さな村に立ち寄ったのはあまり話の内容を聞かれたくないからだろう。
先についていたフロックハートに睨まれながらも合流し。
俺たちは村長の家を借りて、それぞれの席に着こうとした。
二人は窓を全て閉めてから、蝋燭に光を灯している……そこまでするのか。
薄暗いの部屋の中で向かい合いながら。
俺たちは彼らからの説明を静かに待つ。
フロックハートは杖を壁に立てかける。
そして、彼女はとんがり帽子を脱いでから静かに杖の先に置いた。
フリーマンは槍を握ったままどかりと席につく。
俺は腰に刺した剣を机に置いておいたが、アードルングも弓は背負ったままで……警戒しているのか?
敵組織の奴らは逃げていったはずだ。
もしも、あそこを襲うまで此処に立ち寄っていれば確実にこんな村はすぐに終わる。
それでも無事であるのなら、襲撃対象として見られていたかっただけだ。
つまり、この村を襲うメリットは奴らにはなく。
俺たちが此処へと立ち寄る情報も無いのなら襲われる危険性も限りなく低い筈だ。
それなのに、二人とも強い警戒心を持っていた……どういう事だ?
フロックハートは優雅に席につく。
そうして、ぐるりと俺たちの顔を見渡してから静かに指を振る。
「……簡易的な結界をはったわ。これで盗み聞きはされない……何でそんなに警戒しているのかって顔ね?」
「え、あ、あぁ……終焉の導きってのはそんなにやばい組織なのか?」
「は? お前知らなかったのか? やべぇてもんじゃねぇよ。何せ奴らの目的は世界の終焉だからな」
「世界の終焉って……それってつまり、世界を滅ぼすって事か?」
「まぁ結果的にはそうなるわね……奴らは全ての命を終わらせたいの。その為に、世界中で暗躍している」
フロックハートは淡々と説明をする。
俺はそれを聞くにつれてどんどん表情を険しくしていった。
何時頃に発足されたのかは不明だが。
世界中で発生している怪事件に関しては、終焉の導きが関与している可能性が高いらしい。
奴らの目的は文字通り世界を滅ぼす事で。
その為に必要な準備を進めているというのが組合での見解らしい。
「私たちは組合本部からの極秘の依頼で動いているの。これは他の支部や冒険者には基本的には内密だけど……アンタたちは関わってしまったからね。強制的に私たちの仲間に加わってもらうわ」
「……仲間に加わるというが、それはお前たちと行動を共にするという事か」
「まぁそうなるけど……安心して。取り敢えずは、今回の事件の解決までよ……何時、終わるかは分からないけど」
フロックハートの言葉を聞いて頷く。
今回の事件とやらは、あの集落の襲撃の事だろう。
そして、俺の勘が正しければあれは事件の一つに過ぎない。
恐らくは、あの勇者像の管理者の爺さんが言っていたドニアカミアでの事件とも関係しているんだろう。
俺は迷ったが、仲間に加わってしまったのならばと聞いてみる。
「なぁそれってドニアカミアの事件と関係しているのか?」
「あら、何処でそれを知ったの? 気になるんだけど」
「いや、集落に着く前にあった勇者像の管理者の爺さんに聞いたんだ。あそこで奇妙な事件が起きてるって」
「……あぁ、あれの管理人ね。確かに、あの人には連絡が行ってたかも……うん、そうね。関係はあるわよ。今回の事件はね。単純な人殺しが目的じゃないの……邪魔な奴は殺すけども、必要な人は連れ去るから」
「人攫いか……でも、何故、態々人を攫うんだよ? 世界を滅ぼす事と何が関係が……」
「あぁそれは俺も思ってたよ。何で女子供を攫うのかってな……なぁいい加減、お前の推論を聞かせてれよ?」
フリーマンは視線をフロックハートに向ける。
俺たちも視線を彼女に向ければ、彼女は目を閉じていた。
何かを考えている様子であり、俺には迷っているようにも見えた。
まるで、この事を話せば何かまずい事が起きるように考えているようで……。
「……“生贄”だと思う。分かりやすく言えば、“儀式魔法”よ」
「ぎしきまほう? え、魔術じゃなくて魔法なのか?」
「そうよ、魔法よ。魔術では到底到達できない選ばれし者のみが使える奇跡……奴らはその為に若い女や子供を集めていると思う」
「はぁ儀式ねぇ。で、魔術師様はその魔法とやらが何をもたらすのか分かるのか?」
「……現時点では何も……幾ら魔法と呼ばれるほどの奇跡の為に多くの命を捧げたとしても。世界を滅ぼせるほどの魔法何て発動できる筈が無いわ……そうね。少しだけ私がレクチャーしてあげる。光栄に思いなさい」
彼女は席から立ちあがる。
そうして、指を振って虚空に線を描いていった。
火の線であり、これも魔術なのかと思いながら見ていた。
彼女が暫く描いているものを見ていれば、それは図形であった。
「これが魔術の系統を表す六芒星よ……上から見ていきましょうか。この場所に位置するのが五大元素。私が使った炎もそこのエルフが使った風の魔術もこれよ。左へ行けば治癒付与の系統になる。これは読んで字の如く、肉体を治療したり身体能力を底上げする事が出来る魔術系統よ。そして、その下が超常。これは詳しいことは説明が難しいけど……要するに空間に作用したりするものと言えばいいかしら……ほら、捻じ曲げたり場所を移動したり。この系統は結構珍しいの……それで、一番下が精神干渉。つまり、相手の精神を乱したり逆に癒したりする事が出来るの。まぁ大抵の奴が洗脳とか精神汚染なんかでやらかしているわね……右上に行って呪詛。呪いよ。相手を死に至らしめる強力ものだったり嫌がらせ程度とか。まぁ本人の気持ちに左右されやすいわね……で、その上が結界防護よ。これは私が今使ったようなもの。音を消したり外敵から身を守ったりよ……はい、これが魔術の基本ね」
「お、おう……難しいなぁ」
「ははは! やっぱりか! 俺もさっぱりだぜ!」
けらけらと笑うフリーマン。
フロックハートはため息を零していた。
すると、今まで黙っていたアードルングが声を出す。
「その中心が魔法……奴らの行使しようとしているものは、世界を滅ぼすものでないにしろ。様々な可能性があると」
「……そうよ。魔法ってのは確認できているものだけでも、どれも破格の力を有しているの……死者の蘇生から始まり、神の力の一端を借りるもの、果ては無敵と呼べるような存在の封印なんかもそうね……けど、滅ぼす事が目的なら……いや、今は何も言えないわ……兎に角、私が言いたい事は魔法は才能さえあれば努力何てしなくても簡単に使えちゃうの。でも、儀式魔法は生贄という対価を支払う事で、才能すら無くたって使えてしまう魔法なの。要するに放っておいたら危険って事。分かった?」
フロックハートは指を俺に向ける。
俺はびくりとしながらも両手を上げて何度も頷いた。
「……まぁでも、そこのエルフは戦力になるとして……正直、アンタはお荷物なのよねぇ」
「……っ。そんな事は!」
「じゃ聞くけど――私たちに勝てる?」
「――ッ!!」
フロックハートが質問をした瞬間。
凄まじい殺気が俺の身に降りかかる。
俺は思わず席から飛びのいてしまった。
彼女は目を細めながら薄い笑みを浮かべている。
すると、アードルングが間に割って入ってくれた。
「……こいつの事は私が責任を持つ……ランクこそ白蝋級だが、腕は確かだ……銀級冒険者の全力の一撃を生身で防いだほどだ」
「へぇ! そいつはすげぇな! お前、見かけによらずタフなんだな!」
「……相手が戦士だったって保証は無いんですけど……まぁいいわ。信じてあげる……ただし、あくまでそいつは雑用よ」
「あぁそれでいい」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!? 俺だって戦えるのに」
「……戦えるって本気で言ってる? 一撃を防げたくらいじゃ話にならないの……そこの女がフォローしてくれたんだから、アンタは黙って頷いておきなさい」
「……っ」
俺は何も言い返す事が出来なかった。
俺自身は戦えると思っていても、確かにこいつらに勝てるイメージは全くない。
全力の一撃を防いだとはいえ、その次の行動が出来なかったら意味がない。
何かを言ったところで俺の我が儘であり、こいつらの足を引っ張る事にしかならない。
俺は静かに席に座り直した。
「……はい。じゃ基礎を学べたところで……はい。じゃ、今回被害にあった集落を襲った犯人。そいつはどんな魔術を使うと思う?」
「え、どんなって……えっと、炎だから五大元素と……あ、魔物も使役していたから精神干渉か!」
「……そう、やっぱりそっちにも魔物がねぇ……はい。じゃ問題。相手の人数はどれくらい?」
「え、そんな事聞かれても……でも、あっさりと逃げる事が出来て足跡も辿れなかったなら……一人か?」
「はい、ブー……答えは恐らく“二人”よ」
「何で分かるんだよ……どう思うよ。アードルング」
「……私も同じ考えだ……悪いがこいつに説明してやってくれ」
「はいはい」
俺は頭に疑問符を浮かべながら、フロックハートを見つめる。
すると、彼女は空中に浮かぶ五芒星を指さす。
「さっきも言ったけど、この六つの系統が魔術の基本なの。そして、人は誰しも得意不得意がある……ハッキリと言ってしまえば、習得が簡単な系統と一生かかっても習得できるかも分からない系統があるってこと」
「……?」
「あぁ、はいはい……簡単に言っちゃえば、五大元素が得意な私は対極に位置する精神干渉は使えないの。多分、アンタもそうなんでしょう?」
「あぁそうだ……これで分かったか。何故、我々が敵は二人だと思ったのか」
「……あぁそうか。五大元素を使える奴がいて、そいつが精神干渉を使える可能性はほぼゼロ……それで二人か」
「そ……まぁ両隣の系統だったら、ちゃんと学んでいけば覚えられるけどねぇ」
フロックハートはそう言いながら指を振って図形を消す。
俺は彼女に礼を伝えてから、フリーマンをチラリと見た。
彼はほとんど話を聞いていない様子であり、天井のシミを見つめていた。
「ま、こいつはいいわ。そんなに期待してないし……アンタは覚えておいて。特に、精神干渉を使う奴には注意してよね。こういう奴が一番厄介なんだから」
「洗脳されるのか?」
「いえ、もっと単純な方法よ。人の“恐怖”を煽ったりするの……ま、錯乱した時は私たちが正気に戻してあげるから安心しなさい」
「お、おう」
頼りになるのかは分からないが。
銀級冒険者がこの場に三人もいる。
それなら、不安に思う事もそんなにないのか。
俺はこれから巻き込まれて行くであろう事件について考えた。
「……犯人は分かったけどさ。具体的に手掛かりはないのか。そいつらが何処に潜伏してるとかさ」
「それが分かったら苦労しないわよ……奴ら、ドニアカミア領内じゃ飽き足らず。他の国の領地にまで手を出し始めたから……今までに攫われた人たちを数えたらざっと二百人以上にもなるわ」
「そんなにか……けど、手掛かりが無いんじゃなぁ」
「……いや? 全くない訳でもねぇぞ。なぁ?」
「……あぁ、まぁそうね……ちょっと待って」
フロックハートが指を振る。
すると、彼女の帽子がふわりと浮いて彼女の元に飛んでいく。
それをキャッチした彼女は帽子の中に手を突っ込んで何かを探していた。
暫く待っていれば、彼女は本らしきものを取り出して机に置いた。
「……これは?」
「多分だけど、犯人が落としていった本よ……あと一歩のところで逃げられてね。慌てて逃げていったのか、それを落としていったのよ……貴方たち、これが何か知らない?」
「いや、知ってるも何も、俺の村に本はあまり無かったしなぁ……アードルングはどうだ?」
「……いや、私もこのような装丁の本は見た事がない……不気味だが、作りは高価なものに見える」
アードルングが本を取って色々な角度から見ていた。
黒い革の本であり、本を止める金属は銀のように見える。
大きさはそれほどでもないが、中身をぺらぺらと捲って見れば文字がぎっしりと書かれていた。
ぱたりと本を閉じて表紙を見るがタイトルも何も無い。
確かに見ようによっては不気味だが……うーん、何だろうなぁ。
「……ん? 何よその顔は……ひょっとして心当たりが?」
「あ、いや……ただ、何か引っかかってる気がしてな……此処まで出かかってるんだけどなぁ」
「ふーん……じゃ、これはアンタに任せるわ」
「え? いいのかよ。大事な証拠を俺なんかに」
「別にいいわよ。私たちが持っていても何も分かんないし……暇な時は読んでみなさい。かなり陰気な気持ちになるとは思うけど」
「……? あぁ分かった」
俺は本を受け取る。
そうして、それを鞄に……あぁ!!
俺はがたりと椅子から立ち上がった。
そうして、両手で頭を抱えながら叫び声をあげた。
「なになになによぉ……まさか、荷物を忘れたの?」
「そそそそそうなんだよぉ!! あぁどうしよう!!」
「はぁ……ガイ。あんたちょっと取ってきてあげなさい」
「あぁ? 何で俺が……うし、それならルーキー。これは貸しだ! 後で飯を奢れ。それでいいか?」
「あ、あぁ!! それでいいよ! 頼む! この通りだぁ!」
俺は両手を合わせて頼み込む。
すると、フリーマンはにしりと笑って俺の肩を叩く。
「うし、決まりだ……で、荷物はどんなのだ?」
「えっとこれくらいの大きな鞄でさ。色々入っていてちょっと重いけど――」
俺は必死に説明する。
どんなものが入っていてどの辺に置いてきたなど。
それを聞いたフリーマンは頷いてから部屋から出ていった。
俺は彼に頼んだと伝えて、ゆっくりと視線をアードルングに……ぅぅ。
「……まぁ状況が状況だ……次からは気をつけろよ?」
「……はい、すんません」
俺はがっくりと肩を落とす。
すると、フロックハートはため息を零していた。
「……本当に大丈夫なの、こいつ」
「……ぅぅ」
俺はずきずきと胸に痛みを感じていた。
そうして、しっかりと握りしめた本を両手で抱きしめながら。
絶対に手掛かりを掴んでやろうと意気込んだ。
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