027:終焉への導き

「はぁ、はぁ、はぁ……あれか?」


 必死に走りながら、アードルングの姿を探す。

 道中、逃げて行っていたゴブリンたちの死体が転がっていた。

 手早く片付けてアイツは集落へと向かったんだろう。

 走りながら地図を出して場所を確認し、急いで俺も彼女の後を追った。


 走って走って、ようやく集落が見えて来た。

 が、明らかに様子が変であり、集落の中から煙が上がっていた。

 俺は不安を必死に押し殺しながら、更に速度を上げて走る。


 集落が近づくにつれて、嫌な臭いがしてきた。

 肉の焼け焦げる臭いであったり、血が焼かれた臭いだ。

 不快な臭いであり、出来る事なら嗅ぎたくも無い。

 これが飯の匂いなら最高だが、この臭いは完全に人のそれだ。


 俺はゆっくりとスピードを落としていき……止まる。


 呼吸を整えながら、静かに周りを見る。

 そこは集落の入口であった。

 が、人の気配はまるでしない。

 あるのは幾つかの――死体だけだ。


 入り口付近に転がる二人の遺体。

 若いヒューマンの男の遺体であり、腕や足が鋭利な刃物で斬り飛ばされていた。

 苦悶の表情で死んでいる事から、出血多量で死んだんだろう。

 苦しみながら死んだ人の顔であり、俺はそっと手を翳して瞼を閉じさせた。


 この若い男たちはある程度の戦闘の経験はあったんだろう。

 戦闘用の剣が近くに転がっている上に、体も鍛え上げられていた。

 だが、二人の近くに魔物の死体がない事から一方的に殺された事が分かる。


 俺は近くに鞄を下ろしてから、剣を引き抜いて集落の中に入る。

 轟々と燃え盛る炎。

 藁で作られた家の屋根が燃え上がっていて。

 燃え盛る炎から逃れようとした黒く焼け焦げた死体が手を伸ばしていた。


 魔物の気配はしない。

 人の殺気も感じない事から、恐らくは既に敵は去った後なのか。

 分からないが、警戒を怠る事はしない。

 ゆっくりと周りに目を向けながら歩いていき……あれは!


 集落の中心部。

 そこに目を向ければ知った人の背中が見えた。

 俺は急いでそこへと向かいながら、アードルングに声を掛けようと――!


 彼女の背後から近づけば、俺の首筋には短剣が当てられた。

 彼女は俺を睨みつけていて、俺は必死によく見るように伝えた。

 

 アードルングはハッとしながら短剣を仕舞う。

 そうして、道中は敵に襲われなかったかと聞いてきた。


「おかげさまで安全だったよ……敵は見たか?」

「いや、残念だが……だが、これを見つけた」

「……! これは、何だ?」


 彼女が前から退いた。

 すると、集落の中心地には見た事も無いマークが地面に焼き付けられていた。

 真っ黒な球体のようなものがぐるぐると回り全てを飲み込むようなマークで。

 吸い込んでいるように見えるのは赤黒い人の血液だ。

 とても不気味であり、悪趣味なマークだ。

 心がざわつくほどに不吉な感じがした。

 俺はこれは何かと見ていれば、アードルングは何かを考えていた。


「……これには心当たりがある……まさか、此処にも奴らの手が……」

「勿体ぶらないでくれよ。一体、こいつは何なんだ?」

「そうだな……これは恐らく……待て。何か来る」


 彼女は視線を前に向ける。

 俺は首を傾げながら、何が来るのかと視線を――勢いよく何かが弾かれた。


 目の前で弾かれたものがくるくると回転する。

 ハッとして横を見れば、アードルングが短剣で飛んできた“槍”を弾いていた。

 が、今の一撃で短剣は完全に破壊されてしまった。

 俺は慌てて剣を構えながら、槍を空中でキャッチした人物を睨んだ。


 そいつは優雅に無事な家の屋根に着地をしてから俺たちを見つめる。

 短く切り揃えた黒髪に、鋭い青い瞳。

 青を基調とした軽装を纏っていて、その手には十字の槍が握られていた。

 身長は恐らくは百八十ほどであり……強いな。


 目の前の男からは途轍もない力を感じる。

 アードルングやエイマーズくらいは強いだろう。

 俺では歯が立たない相手であり、俺は剣を構えながら相手に対してお前がこの集落を襲撃した犯人か尋ねた。

 すると、奴は鼻を鳴らしてから「惚けるなよ」と言ってくる……何だ?


「犯人たちが俺を犯人に仕立てあげるとはな……何処までも腐った連中だな。おい」

「……待て。私たちは今、この集落に着いたばかりだ。お前たちの探している組織とは関係ない」

「あぁ? その妙な落ち着きようで、そんな嘘をつけるたぁ……相当な殺り手だなぁ。クソアマ」

「話を聞け! 我々は冒険者だ! 証明できるものも持っている!」

「うるせぇよ。そんなもん偽装しようと思えば幾らでも――あいてぇぇ!!!」


 槍の男が殺気を放ちながら、器用に槍を回す。

 そうして、今にも襲い掛かろうとしてきた瞬間。

 奴の背後にぬっと現れたローブを纏った誰かが身の丈ほどもある杖で槍の男の頭を思い切り殴った。

 格好をつけていた筈の槍の男はそのままごろごろと転がって地面に落ちた。


「てめぇ! いきなり何しやがる! 敵が目の前にいるんだぞ!?」

「……馬鹿なのお前? どう見てもそこのエルフはあの“冷人”だろ。有名人の顔くらい覚えておきなさいよ」

「あぁ? れいじん? それって……あぁ! あのエルフの“魔弓師”か!?」

「はぁぁ、ほんとバカ……そういう事だから、ごめんなさいね? こいつ、本当に馬鹿だから」

「あぁ!? 誰が馬鹿だぁ!! そういうテメェも馬鹿だろ!?」

「はぁぁ? 誰が馬鹿ですって? こう見えても私は魔術大学を卒業したエリートなんですけど? あ、ごめんなさぁい。貴方は学校にすら行ってなかったわね。未だに文字の読み書きも出来ないし。ぷふふ」

「――あぁキレた。マジでキレちまったよ。テメェは俺を怒らせたぜぇアーリン!!」

「上等よ。今此処でお前の存在そのものを無にしてやるわ」


 ローブを纏った女は宙に浮遊していた。

 彼女が杖を振るえば、空中に無数の火の玉が生まれる。

 対する銀の槍の男も槍を構えながら、洗練された魔力を瞬時に纏い……あれ?


 一触即発の空気であり、今にも集落の被害が拡大しそうで。

 俺はどうしたものかと慌てていた。

 すると、アードルングは指を鳴らして風の刃を二人に放つ。

 瞬間、槍の男は槍を回転させて攻撃を防ぎ、魔術師の女も目に見えない障壁で攻撃を防いだ。

 二人は俺が震えちまうほどの殺気をアードルングに向けながら、邪魔をするなら殺すと目で訴えていた。

 しかし、アードルングは冷静に手を上げながら二人に言葉を発した。


「やめろ。場を弁えろ。今我々がすべき事はこの現場の状況を組合と領主。並びに、王国へ報告する事だ」

「……分かってるわよ。そんな事……くそ、恥かいた」

「チッ、命拾いしたな……まぁいい。兎に角、テメェらは本当に冒険者なんだな? だったら、俺たちと一緒についてきてもらうぜ」


 槍の男は肩をそれで叩きながら鼻を鳴らす。

 どういう事なのかと聞けば、彼女たちは組合からとある件の調査という名目で極秘裏に依頼を受けていると説明してくる。

 そんな事を簡単に話しても良いのかとアードルングが聞けば、魔術師の女は仕方が無いからと言う。


「この惨状を目にして、組織が関わっているって気づいたんでしょう? そこの男は知らないみたいだから今なら見逃してあげるけど」

「……そうだな。この件は私だけで」

「――俺も知ってるぜ!」

「……! ハガード、お前、そんな嘘を!」

「う、嘘じゃねぇよ! ほら、あれだろ……あの……超やべぇ組織がな!」

「おぉ、本当に知ってんだな。終焉の導きジ・エンドは確かに超やべぇからな!」

「……ほんとぉぉに馬鹿よね。アンタ」

「あぁぁ!?」

「……はぁぁ」


 魔術師の女は憐れみの目を槍の男に向ける。

 アードルングも首を左右に振ってため息を零した。

 俺は男が言った組織の名前を頭にしっかり入れた。


「……もういいわ。めんどいし……兎に角、アンタたちも今から私たちと同じ仲間ってことで」

「おぉ! そうかそうか! よろしくな、冷人と……お前は何だっけ?」

「え、あぁ。俺はまだ駆け出しだから、そういのは」

「お、そっか。ならルーキーって呼ぶぜ!」

「いや、出来たら名前で呼んでくれよ……俺はルーク・ハガード。こっちはイルザ・アードルングだ」


 俺は俺以上に馬鹿そうな実力者に名を明かす。

 すると、男はにしりと笑って自分たちの自己紹介を始めた。


「俺は銀級冒険者のガイ・フリーマンだ。組合の連中からは“影送かげおくり”って呼ばれてるぜ。で、あっちのちみっこいのが同じ銀級冒険者の」

「――誰がちみっこいよ!」

 

 女魔術師は怒りを露にして地面に降り立つ。

 その大きな杖でフリーマンを殴っているが。

 最初の一発目よりはマシなのか、フリーマンはケラケラと笑っていた。


「……んん! 改めて、私はアーリン・フロックハート。組合では……ムカつくけど“火葬かそう”で通ってるわ。絶対に呼ぶんじゃないわよ。呼んだら殺す」

「……因みに何で火葬?」

「理由を聞いても殺すから」

「あ、はい」


 ぎろりと睨まれたので質問を止めた。

 彼女は静かに息を吐いてから、被っていた大きなとんがり帽子を外す。

 すると、ようやく顔を見る事が出来た。


 ブラウンの髪は背中まであるんだろう。

 帽子を脱げばそれがばさりと広がった。

 眠たげな眼は青色をしていて、幼さの残る顔つきであり。

 身長も空中を飛んでいた時は分からなかったが、地面に足をついた状態だと百五十も無いかもしれない。

 幼女と言っても問題ないように見えるが、年齢を聞けば殺される未来しか見えない。

 だぼだぼのローブは魔術師としての威厳の他にも、飛んでいる時に身長を誤魔化す為なのか……。


「アンタ、今、何か考えた」

「……い、いえ。別にぃ」


 フロックハートにぎろりと睨まれた。

 俺は口笛を吹きながら誤魔化す。

 すると、彼女は暫くの間俺に疑いの眼差しを向けていたが、すっと視線を逸らしてくれた。


「まぁいいわ……時期に、此処にドニアカミア王国の王国騎士がやって来るわ。此処は彼らに任せましょう」

「ん? 此処は、モルミアの領内だが。何故、隣国の騎士たちが?」

「……色々と複雑なのよ。終焉の導きの奴らの所為でね……兎に角、詳しい事はこの先で話すわ。此処じゃ話し辛いし……あぁ、心配しないで。モルミアにも私の“使い魔”が連絡するから」


 彼女はそう言ってとんがり帽子を逆さにする。

 すると、その中から白い羽のハトが勢いよく出て来た。

 手品か何かかと思っていれば、彼女の腕に止まったそれにフロックハートは呪文を詠唱してからハトに伝言を伝えていた。

 ハトはそれを聞き届けてから、ばさりと羽を広げてデアモルミーアの方向へと飛んでいった。


「これで、モルミアの王には私の使い魔が知らせてくれるわ……じゃ、行きましょう」

「……魔術って便利だなぁ。俺も使えないかな?」

「……やめておけ。魔術を習得するのは時間が掛かる。その構築理論の基礎さえ学んでいなければ、発動すらしないだろう」

「そうよ。魔術ってのは高度な技術なの。馬鹿には一生かけても無理よ」

「ははは! 残念だったなルーキー!」

「……アンタにも言ったんだけど」

「あぁ? 俺は魔術なんていらねぇよ。何言ってんだ?」

「……皮肉も通じないのね」

 

 フロックハートは小さくため息を零してから、とんがり帽子を前に向けた。

 すると、その中からぬっと白馬が出て来た。

 彼女は宙に浮いてから白馬の背中にちょこんと乗った。


「さ、行くわよ……何よ。アンタたちは乗せないから。これは魔術師の魔力と体力を温存させる為の」

「あぁ、はいはい。良いからとっとと行け」

「――!?」


 フリーマンは面倒そうな顔をしてから馬のケツを軽く叩いた。

 瞬間、馬は猛烈な勢いで駆けだした。

 フロックハートは言葉にも満たない悲鳴を上げて先に行ってしまった。

 俺は指を指しながら、アレでいいのかと視線をフリーマンに向ける。

 彼は訳が分からないと言った顔で首を傾げていた……いや、気にしないでおこう。


「えっと、それじゃ案内を頼むよ?」

「おぅ。しっかりついて来いよ!」

「……また、厄介事だな」

「そ、そうだな……はは」


 先頭を歩くフリーマンの背中を見つめながらついていく。

 アードルングがぼそりと不満を口にして、俺は頬を掻きながら苦笑した。

 この集落の人たちの事は全く知らない。

 何があって襲われたのか。いや、何の目的があってその組織は襲ったのか。

 それを知る為にも、このフリーマンについて行くしかない。


 少しだが俺はドキドキしている。

 何せ周りには変わり果てた集落の人々の死体が転がっているからだ。

 この惨状を見ても冷静でいられる彼らは本物の冒険者だろう。

 俺はまだまだその領域には達していない。


 慣れろ、という訳では無いだろうが。

 それでも、こういう現場を見て心を乱していればキリがない。

 これからももっと多くの悲惨な現場に出くわすだろう。

 そんな時にもしもアードルングが隣にいるのであれば……よし。


 俺は呼吸をして心を落ち着かせる。

 そうして、アードルングに心のざわつきを悟られないように努めた。


「……大丈夫か?」

「あぁ、大丈夫だ! それにしても、終焉の導きか……俺は聞いたことがねぇけど」

「……すぐに分かる。奴らの悪名は世界中で知れ渡っているからな……覚悟を決めておけ。この件は容易くは無い」

「……! お、おう!」


 アードルングは低い声で俺に警告する。

 俺はドキッとしながらも、頷いて気を引き締めた。

 

 やっぱり、一度関わってしまえば引き返せないのだろうが。

 俺は何故か、この事件に関われた事を少し、そうほんの少しだけ……“幸福”だと思ってしまった。


「……」

 

 ちらりとアードルングの顔を見れば、いつも通りの無表情で。

 前だけを見据えて彼女は静かに歩いていた。

 俺はそんな彼女の横顔を見ながら、まだ時間はあると自分に言い聞かせた。

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