025:本当の仲間
「……」
ベッドの縁に腰かけながら、俺はアードルングから渡された手紙を読んでいた。
その内容は騙した事への謝罪から始まり、次に会う時には銀級まで上がっていろと書かれていて。
その最後には別れの言葉と共にこう締めくくられていた。
『お前は強くなる。俺の“次”だがな。次に会うまで絶対に死ぬなよ――救われた友より』
「……ふっ、何だよそれ」
俺はゆっくりと手紙を閉じる。
そうして、それを鞄の中に仕舞ってから静かに息を吐いた。
結局の所、アイツは誰よりも聡明だった。
たった三人でドラゴンの討伐なんか出来ないと分かっていたんだ。
俺がきっかけを作ったとはいえ、もしかしたら何もせずとも退いていたかもしれない。
そう思ってしまえば、要らぬ世話だったのかとも思ってしまうが……救われたか。
アイツなりの気遣いだったのか。
こうでも言わなければ、俺が悲しむと思っていたんだろう……実際に悲しいよ。
俺は本気でドラゴンを狩りに行くつもりだった。
死ぬかもしれない死地に飛び込む覚悟は出来ていた。
でも、アイツは俺の事を心配してくれて自らが傷つく道を選んだ。
俺が弱かったから、アイツに辛い選択をさせてしまったんだ。
辛いし、悲しいし……でも、この手紙で救われた。
文面から、アイツの気持ちが伝わって来る。
そこには一欠けらの後悔も無い。
ただ前だけを見て、次の場所へと向かったと分かる。
短い文面であっても、相手の気持ちを汲み取る事は出来る。
アイツが前を見て進めたのなら、これ以上に幸せな事は無い。
「……俺は役に立てたんだな……良かった。本当にな」
「……お前は良くやった……さて、傷が完全に癒えれば次の国へ行く事になる……やり残した事があれば、傷が完全に治るまでに済ませて置けよ……私は少し外に出る」
「あぁ分かった……アードルング!」
彼女はそのまま去っていこうとした。
俺はそんな彼女を呼び止めた。
彼女はノブに手を掛けていたが、ゆっくりと振り返る。
俺はそんな彼女を見つめながら、笑みを浮かべて言葉を送った。
「ありがとな! お前のお陰で全部上手くいった!」
「……私はほとんど何もしていない。全てお前の努力の賜物だ」
「そうだとしても、俺はお前に感謝してる……だからこそ、お前に伝えておきたい事がある」
「……何だ?」
彼女は手を下ろして俺に体を向けて来た。
俺はそんな彼女の顔を見つめながら、ゆっくりと包帯でぐるぐるの顔を向けた。
こんな顔では真剣さは伝わらないかもしれない。
でも、この事は後回しにはしておけない。
必ず言おうとあの時に誓ったんだ。
だからこそ、一分一秒たりとも後には回せない。
俺は静かに息を吸って――彼女を見つめる。
「この先も、その先も……俺と一緒に旅をしてくれないか? 俺はお前と一緒にいたいんだ」
「……! そう、か……」
アードルングが少し目を見開く。
彼女をジッと見つめていれば、彼女は床に視線を向ける。
気まずそうであり、断られそうな雰囲気だった。
しかし、俺は彼女からの言葉を待つ。
もしも、絶対に行きたくないのであれば……それまでだ。
俺の我が儘で始めた旅だ。
そんな旅に無理やり連れて行く事はしたくない。
彼女といるのは楽しくて、彼女はとても頼もしい。
もしも、これから先でもずっといてくれるのなら、俺は心から嬉しいと思う。
心の中では、断って欲しくないと思っている。
もしも、断られてしまえば、少し凹むかもしれない。
彼女は床に視線を送りながら悩んでいる様子で。
俺はそんな彼女をジッと見つめていた。
「……誘ってくれて、嬉しいよ……私も、お前との時間は嫌いじゃない」
「――! なら!」
「……だが、お前の旅について行く事は出来ない……次の国へ着いたら……っ……お別れだ」
「……理由を聞いてもいいか?」
俺らしくない。
嫌だと言った相手に理由を聞くなんてな。
でも、それほど俺の中でのアードルングの存在は大きい。
少しでも改善できる事があるのなら改善したい。
そして、次の国の先へも彼女と――
「……何も無い。何もな……ただ先へと進みたくないだけだ……話は終わりか?」
「……っ。あ、あぁ……いや、悪い! わ、忘れてくれ! ははは……そ、そのな……次の国までだけど……よ、よろしくな!」
「……あぁ……怪我、早く治るように祈っているよ」
「……っ! お、おう。ありがとな」
彼女は小さく笑う。
そうして、用は済んだからと去っていった。
俺は片手を上げて振って……ぱたりと扉が閉じられた。
足音で彼女が去っていったのが分かる。
俺はゆっくりと手を下ろしてから、大きく息を吐いた。
……嫌、だったのか……怪我が早く治るようにって……そういう意味か?
断わられる可能性だって考えていた。
しかし、理由が何も無いなんて思わなかった。
その先に進みたくないとはどういう意味なのか。
単純に俺が嫌いだからか……いや、それなら話し合いもせずに別れている筈だろ?
だったら、彼女は理由を隠している事になる。
この先にある何かが彼女の足を重くさせるのか。
それが何なのかはこの短い間の会話では何も分からない。
出会ってから一緒にいた時間はまだそれほどないし……けど、何かを恐れている気がする。
理由を聞いて何も無いと言った時の目から、僅かに恐怖を感じた。
アードルングは何かを怖がっている。
この先で待つ何かを恐れていて、その足を重くさせているんだ。
その原因さえ分かれば……いや、でも……。
原因が分かっても、俺に何が出来るって言うんだ。
俺は彼女ほど長い時間を生きてはいない。
彼女の事だってまだまだ知らない事の方が多い。
そんな中で、俺が彼女に何をしてやれると言うんだ……っ。
俺は強くなった。
でも、彼女の隣に立てる程ではない。
まだまだ、彼女の足を引っ張ってしまうし。
まだまだ、彼女に世話を掛けてしまうだろう。
彼女にとっては俺は世間知らずの子供のようで。
男としても見られていないかもしれない。
こんな俺では彼女に愛想をつかされて当然だ……けどな!
「……やっぱり、諦めきれねぇよ」
俺は片手を上げる。
そうして、拳を握りながら闘志を燃やした。
俺が弱いのなら、もっと強くなればいい。
俺が世間知らずなら、もっと世を知ればいい。
彼女の世話を焼かせないように知恵をつければいい。
今はまだ信じてもらえなくても、俺も彼女もまだまだ未来がある。
何年掛かろうとも、俺は諦めない。
俺は彼女と一緒に旅がしたいんだ。
彼女が横にいてくれないとダメなんだ。
俺は欲深いヒューマンだ。
仲間にしたい奴は仲間にしたいんだ。
イルザ・アードルングというエルフの冒険者に俺は心から惹かれちまった。
嫌ならそれまで?
無理矢理には連れて行きたくない?
あぁそうだろうよ……けど、彼女は違うだろう。
そんな理由で諦めきれるほど、俺はあの女を低く見ていない。
何年何十年掛かってでも、俺はアイツを仲間にしてみせる。
それほどまでに俺の夢見た冒険の中には、彼女が必要なんだ。
一緒に飯を食って、一緒に強敵と戦って。
一緒に笑いあって、一緒に泣いて。
一緒に暖を取り、一緒に……そうだ。
決まってたんだ。
最初から、俺自身がどうしたいかなんて決まってたんだ。
俺は彼女を仲間として見ていて、一緒にいたかったんだ。
「……よし! だったら、やる事は決まったな……いてて!」
頬を叩けば、びしりと激痛が走る。
俺はゆっくりとベッドに倒れた。
今は真面に王都を歩けない。
だからこそ、傷を治す事に専念する。
そして、王都を歩けるようになれば俺はアードルングの元に行く。
彼女が嫌だと言っても、俺は彼女に話しかける。
彼女が一緒に冒険してくれるようになるまで、俺は語り掛ける。
例えストーカーだと思われたとしても、俺は絶対に諦めない。
彼女が傷ついたりしないようにはする。
本気で嫌だと言うのなら……俺も嫌だけど、その時は……いや、大丈夫だ!
彼女は心から俺の旅を嫌がっていた訳じゃない。
何かしらの理由があってついていけないだけなんだ。
その理由を知れるまでは、俺は彼女に心を開いて貰えるように努力する。
どれだけの時間が掛かるのか。
この王都でもそれなりに時間を過ごしてしまったが……まぁいいさ。
どれだけの時間を掛けようとも、俺の旅に無駄な時間は無い。
全ての時間に意味があり、全ての事が俺の心の冒険の書に書き込まれて行く。
多くの事を経験し、見た事も無い景色を見に行くんだ。
そして、最後の終着点には天空庭園が待っている。
何年だろうと何十年だろうと関係ねぇ。
夢はどれだけの時間が経っても色褪せない。
天空庭園が存在するのなら、それが勝手に消えちまう事だって無いんだ。
俺は夢を叶えて見せる。
そして、一緒にそこへと至るのならばアードルングだと思った。
瞼を閉じれば、その時の光景が見えている。
一緒に苦難を乗り越えて、辿り着いた約束の地。
そこで互いに幸せを分かち合って俺たちは……?
妙だ……俺はアードルングを“本当の仲間”だと思っている……けど、これは何だ?
約束の地に降り立ち。
俺たちは幸せを分かち合う。
そうして、その後に待っているのは……分からない。
その先は無い筈だ。
天空庭園で俺は夢を叶えるだけだ。
アードルングも夢があるのなら叶えるだろう。
そこで俺たちの旅は終わりであり、それぞれの故郷に帰る筈だ。
でも、俺の思い描く旅には続きがあるような気がした。
自分でも分からない未来。
俺自身の心が自分でも分からない。
その先でも、まだ俺とアードルングの旅は続いているのか。
俺は不思議な気持ちを抱きながらも。
彼女を本当の仲間であると認めた心は正しいと確信する。
彼女を目で追っていたのも、今まで彼女に向けていた感情も。
全ては彼女をこの先の旅でも必要な仲間であると認めたからで……ん?
「……違和感を感じる気が……いや、気のせいか?」
自らの胸に手を当てて考えるが。
自問自答をしても答えは返ってこない。
俺の心は俺が一番分かっている筈なのに……変だよなぁ。
訳の分からないずれを感じるが。
俺は気の所為だと思ってそれを思考の端に追いやる。
そうして、また眠くなってきたと思って少し寝ようと考えた。
……兎に角、アードルングだけは諦められない……絶対に仲間にするぞ!
俺は諦めない。
彼女と冒険できれば、絶対に楽しい。
この先では彼女の力は必要で、彼女がいなければ乗り越えられない壁だってあるだろう。
そして何よりも、俺はアイツが“好き”なんだ……お?
少し胸がどきりとした。
今のは何だと思って胸に手を当てる……まさか。
「心臓の病気……ま、まさかぁ……違うよな?」
俺は得体に知れない恐怖を抱く。
そうして、病気では無いと信じて神に祈る。
俺の冒険は始まったばかりであり、この先も道は続いているんだ。
そう言い聞かせながら、俺はだらだらと汗を掻きながら胸の前で手を組んで瞼をきつく閉じた。
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