022:努力が実を結ぶ

 修行を開始して一週間と三日。

 今日の修行の相手もラピット・フライだ。

 今回戦闘を行う場所は川辺であり、王都からそれなりに離れていた。

 橋も掛かっていなければ道も無い場所で。

 草花が生い茂る大地にてブーツの感触を確かめながら、ゆっくりと鞘から剣を引き抜く。


「……ふぅ」


 呼吸を落ち着かせながら、耳に神経を集中させる。

 川の流れる優しい音が聞こえて、空を羽ばたく鳥が川の中の魚を狙っているのが分かる。

 鳥が小さく鳴いたかと思えば、川の方へと落下していく音が聞こえて。

 次の瞬間には水がばしゃりと跳ねる音がした。

 視線を向ければ、魚を口に咥えた鳥が大空に羽ばたいている。

 俺はそれを見てから視線を前方の上空に向けた……来るな。

 

 遥か先の空の上から何かが迫っている。

 微かに見えてくる黒い点々のような影たち。

 それが徐々に大きくなっていく。

 それらを静かに見つめながら――俺は笑う。


「さぁ行くぜぇぇぇ!!!」


 ラピット・フライの群れを確認。

 俺はそのまま大地を駆けていく。

 奴らは一気に俺との距離を縮めていく。

 そのまま奴らの群れを避けるように転がる。

 奴らは俺の頭上スレスレを通過していって。

 体勢を戻しながら奴らが飛んでいった方向に視線を向ける。

 すると、そこにはもう奴らの姿は無く――


「――右」


 瞬時に魔装により右の腕に魔力を纏う。

 瞬間、風切り音と共に右腕に風の刃が当たる。

 魔力の膜に阻まれたそれは霧散し、俺はチラリと腕を確認した……よし。


 服に傷は無い。

 ダメージもほとんど感じなかった。

 完璧にとはいかないが及第点だろう。


 俺はそのまま視線を向ける事無く魔装をピンポイントで使う。

 背後からの攻撃を防ぎ、横合いからの攻撃も防ぐ。

 瞼を閉じながら、相手の動きを音と肌に触れる風の感触だけで掴む。

 次は此処で、今度は此処で……分かる。分かるぞ!


 徐々に魔装の範囲を狭めていく。

 まるで、そこに目掛けて攻撃を仕掛けているように風の刃が吸い込まれて行く。

 奴らの殺気を感じずとも、その狙いが手に取るように分かっていた。

 そして、その感覚に従うように俺の魔力は抵抗なく流れていく。

 川の流れに沿って行くように、魔力が一瞬にして体に纏える。


 奴らの攻撃をピンポイントで防ぐ。

 目に頼らずとも奴らの攻撃が分かる。

 だからこそ、俺の心には確かな余裕が生まれていた。


 アードルングのお陰だ。

 彼女の一撃によって俺の中に眠っていた才能が開花した。

 死に繋がるような緊張感の中で、ようやく掴めた技。

 それを確かめるように、俺は敵を攻撃する事無く攻撃を防ぎ続けた。


「ははははは!! すげぇ!!!」

「気を抜くな!!」

「――! そうだな!」


 アードルングの声が聞こえた。

 俺はハッとした様に正気に戻った。

 考えている事が出来てしまったからこそ心が高揚してしまったが。

 今は敵と俺による命を懸けた戦いの間最中だ。

 俺は気を引き締めながら、そのまま勢いよく後ろに飛ぶ。


 瞬間、風の刃が背中に当たり――魔力の膜に当たり霧散した。


「そこ!!」

「――――!!!!」


 敵の気配がする場所に向かって剣を振るう。

 瞬間、そこに飛んでいたラピット・フライ数匹を両断する。

 奴らの体は剣に当たって真っ二つで。

 奴らの緑色の体液が辺りに散らばっていく。

 俺はようやく攻撃を当てられた事に喜ぶ。

 そうして、そのまま地面を滑るようにして移動し。

 体を回転させながら、剣を下に構えた。


 仲間を殺された奴らはそれでも隊列を乱すことなく空を舞う。

 その羽音を聞きながら、俺は地面に向かって剣を刺し――巻き上げた。


 体を勢いよく回転させながら、空中で草花が混じった土を舞わせた。

 奴らは動揺しながらも、俺目掛けて風の刃を放ってきた。

 俺はその攻撃の方向を察知して、回転の遠心力を使って横にずれた。

 そうして、そのまま刃に魔力を纏わせて――振るう。


 下から上へと振るえば、薄い魔力の刃が形成された。

 それは真っすぐにラピット・フライの群れに飛び――途中で消えた。


「……!」

「クソ! やっぱまだ駄目か。出来ると思ったのによぉ!」


 俺は悔しさを滲ませながら、技がまだ完成されていない事を実感する。

 今のはかつて師匠が俺に見せてくれた技の一つだ。

 魔力を纏わせた剣を振るって放つ空を飛ぶ斬撃で――名を“飛鳥ヒチョウ”という。


 鳥のように真っすぐに飛び。

 触れた対象を一刀両断する技だけど……やっぱりまだまだだな。


 魔力の神髄を掴んだ気でいたが。

 今の俺でも、アレを攻撃として使うには至っていない。

 まぁ今回は飛ぶには飛んだから成長はしているけど……。


「ハガード!」

「――うぉ!?」


 戦闘中に意識を逸らした。

 その結果、背後からの攻撃に遅れた。

 風の刃に当たり前へと転がっていって川の中に突っ込んでいく。

 派手な音を立てて冷たい川の中にダイブして――くそ!!!


 ざばりと音を立てて立ち上がる。

 川の深さはそこまではない。

 精々が膝まで浸かるくらいで……だが、出ないと動きを制限されるな。


 奴らが考えた結果、俺を水の中に追い込んだのかは分からない。

 しかし、大地に足をつけて動く俺たち人にとってはこれは大きな痛手だろう。

 動きを制限されてしまえば、如何に優秀な冒険者であろうとも本領は発揮できない。

 奴らはそんな俺に攻撃をして魔力切れを狙えばいいだけなんだ。


 考えたものだと思いながら、俺は静かに水の中に剣をつけた。

 瞼を閉じて奴らの気配を探る。

 無数の羽音が聞こえて、それらは“バラバラ”に飛んでいると分かる。


「……へぇ」


 仲間を殺されて危機感を覚えたのか。

 バラバラに飛ぶことで俺に気配を察知されないようにしている。

 虫にしては利口であり、流石は腐っても魔物だと思った……だがな、甘ぇんだわ。


 お前たちは所詮は虫だ。

 一匹では大したダメージも与えられない。

 分散すれば俺の意識を阻害できるだろうさ。

 けどよ、お前たちは俺を攻撃する瞬間だけは――一か所に集まるんだろ!


 奴らの無数の気配が一点を目指して進む。

 その気配を確かめながら、俺は水を掻きまわすように剣を動かす。

 魔力単体で刃の形勢が不完全なら。

 別のもので形を補えば、師匠の飛鳥は――再現できる!!


「喰らえぇぇぇ!!! 飛水鳥ヒスイチョウ!!!」

「――――!!!??」


 バシャリと水を大きく巻き上げた。

 そうして、全力で剣を振るい水を飛ばす。

 それは魔力の連結の性質と硬化の作用により半月状となって飛翔する。

 水の刃であり、それは形を崩すことなく迫り――ラピット・フライの体を通過していく。


 瞬間、その体が真っ二つに割れて体液が噴き出す。

 一気に十匹も巻き込んだ飛水鳥の威力は本物だ。

 俺は大きくガッツポーズをしてしまう。

 ハッとして慌てて剣を構え直せば……いない?


 辺りを見れば、ラピット・フライの残党が逃げて行っている。

 形勢が不利だと判断して逃げたんだろう。

 全部を倒せなかったことは悔しいが……でも、勝ちは勝ちだ。


「ふ、ふふふ――やったあああぁぁぁぁ!!!!」

 

 両腕を掲げて喜ぶ。

 そうして、慌てて川で流されるラピット・フライの残骸を集めた。


 駆除の数は指定されていない分。

 倒したラピット・フライの残骸の一部は必ず持ち帰らないといけない。

 特に複眼なんかは判断がつきやすいからこそ両目とも剥ぎ取っておかなければならない。

 俺はいそいそと残骸を抱えて、川から上がった。

 すると、アードルングが立っていて既に他のラピット・フライの死骸の両目や素材を回収していた。


「ありがとな! 俺の方もすぐに回収するからよ!」

「……」

「そ、その……ま、待っててくれよ!」

「……」


 アードルングは無表情で俺を見つめる。

 酒場での才能の開花から、彼女は戦闘時以外では喋ってくれなくなった。

 いや、それだけでなく。

 食事を取る時以外では意図的に避けられているような気さえした。

 宿屋に戻って荷物を置いていけば、彼女は既に部屋にはいない。


 ……何かしたかなぁ……いや、でもなぁ……うーん。


 俺は悩んでいた。

 アードルングは怒っているに違いない。

 しかし、その怒っている理由が俺にはさっぱり分からない。


 何が気に障ったのか。

 いや、俺の何がいけなかったのか。


 俺はラピット・フライの複眼を剥ぎ取りながら考える。

 すると、アードルングの足音が聞こえた。

 彼女はぴたりと俺の背後で止まる。

 上からジッと見下ろされている俺は心中穏やかではない……な、何だ?


 俺はびくびくしながらも何も言えずに黙っていた。

 すると、彼女はゆっくりと口を開いた。


「……接吻をするべきだったのか?」

「ぶほぉ!! は、え、あ、えぇ!? どどどどどういう意味だよ!?」

「……あの酒場で、仲直りをするのなら接吻をしろと言われた……ヒューマンはそうするのが普通なのか?」

「いいいいいや!! 違うから!! そんな文化はねぇから!! アレはただアイツらが冷やかしていただけで……いや、まぁされたら嬉しいけどさ」

「……してほしいのか?」

「い、いや、ま、まって!? そうだけど、そうじゃねぇっていうか……と、兎に角! そういう事は本当に好きな奴とするものなの!! だから、それはお前が心から愛せる人の為にとっておけ!! い、いいな!」

「……? 何でそんなに取り乱しているんだ……まぁ分かった」


 アードルングは納得してくれたのか頷いた。

 俺はホッと胸を撫でおろし、べちゃりと服に何かがついた。

 見れば剥ぎ取り中に出て来たフライの体液で……最悪だ。


「……はぁ」


 後でこれも洗濯だな。

 そう思いながら、俺は剥ぎ取り作業に戻る。

 

 駆除依頼は驚くほどに報酬が少ないが。

 多くのフライを駆除できればそれだけ儲けになる。

 塵も積もればであり、こいつらの外殻だって売ろうと思えば売れるんだ。

 ただ自分たちの手で加工しなければ、精々が一匹から取れるだけで銅貨一枚程度だ……世知辛ぇな、全くよぉ。


 俺は何度目かになるため息を吐く。

 そうして、複眼の剥ぎ取りを終えてから外殻を剥ぎ取っていった。


「……ハガード、謝りたい事がある」

「ん? 何だよ突然。殴られた事なら気にしてないぜ。寧ろ、アレのお陰で才能が華開いたんだからな!」

「いや、それもあるが……お前に才能が無いと言った事は訂正する。お前には素晴らしい才能があった。すまなかったな」

「……何だ、そんな事かよ……だったら、俺はお前に礼を言うぜ……俺を鍛えてくれて、ありがとな。お前じゃなかったら、俺はきっとこうも短期間で魔装の応用を習得する事は出来なかった」

「……ハガード……そうか。それなら、私は満足だ」

「あぁ俺も満足だ! お前と出会えて良かった! 心からそう思うよ!」

「……! お前はまた……まぁいい」

「……?」


 背後でアードルングが怒っている。

 何かまずい事を言ったかと思っていれば……頭に何かが載せられた。


 それはゆっくりと左右に動いて俺の髪を撫でる。

 優しい手つきではあるがあまり慣れていないんだろう。

 不器用な手の動きだが、ひどく落ち着く気がする。

 俺はそれを黙って受けながら、静かに口角を上げた。


「……よく頑張った……ここまでやったんだ。きっと上手く行く」

「……ありがとう。お前の期待に応えて見せる。絶対にな!」


 俺はニカッと笑う。

 瞬間、俺の短剣は僅かにズレて身を抉った。

 ぴゅっと音がつきそうなほどに体液が飛び出してきて。

 俺の顔にかかり、べちゃべちゃに汚していく。

 アードルングは寸前で手を離していて無事であり、俺は笑みを浮かべたまま固まっていた。


「……はぁ、しまらねぇな」

「……ふ、ふふふ……いや、お前らしいぞ……ぷ、ふふふ!」

「アードルングぅぅてめぇぇ」

「ま、待て。止まれ、こっちに来るな」

「ことわああぁぁる!!!」


 俺は短剣を投げ捨てる。

 そうして、両手を広げてアードルングに襲い掛かる。

 彼女はひらりと俺の攻撃を躱して逃げていく。

 俺は腹を抱えて笑う彼女を追い掛けながら、自らも笑っていた。


 一月経っていない修行だったが。

 それでも、俺にとっては濃厚な時間だった。

 ラピット・フライは強敵であり、今までいない部類の敵だったが。

 奴らのお陰で俺はまた少し強くなれた。


 目の前を走るアードルングの背中は……まだまだ遠い。


 でも、何時か、俺は彼女を超えるほどの男になる。

 その時にまだ彼女が側にいてくれたのなら、俺は……いや、今は良い。


「うおぉぉぉぉ!!」

「ははははは!!」


 一緒に笑いながら大地を駆ける。

 別れが待っていたとしても、今はそんな事は考えたくない。

 今この瞬間が大事であり、俺の冒険の一ページに刻まれるんだ。

 俺はアードルングの背中を見つめながら、楽しそうに笑う彼女の横顔をしっかり網膜に焼き付けた。

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