020:容易くは無い害虫駆除

 一夜が明けて、組合にて魔物の“駆除”依頼を受けて来た。

 討伐ではなく駆除であり、対象となる魔物は虫系らしい。

 事前に鎧を脱いで来いと言われていたのでまさかとは思ったが……虫かぁ。


 駆除対象がいる森まで行く道中。

 その虫について考えてみた。


 魔物の名前は“ラピット・フライ”という。

 名前の通りかなりの速さで飛行するトンボのような見た目の魔物で。

 その大きさは平均して五十スンチほどらしい。

 虫にしては大きいがこいつは歴とした魔物で。

 風を自在に操り攻撃を仕掛けてくるとアードルングに教えてもらった。

 体は全体的に青緑色をしていて、その複眼はヒューマンの数十倍も発達している。

 十キラ先にいる小動物すらも発見し襲い掛かる姿は狩人のそれで。

 一度狙った獲物は己が負傷するまでは絶対に逃がさないらしい。

 

 あらゆるものを捕食する獰猛さから、一般人は勿論、一部の冒険者からも恐れられているらしい。

 繁殖能力が高く。今現在でも世界中で数を増やし続けているようだ。

 冒険者組合も態々駆除と表記して依頼を出している事から。

 これはどんな冒険者であろうともずっと受けられる依頼なんだろう。


 駆除しても駆除しても増え続ける魔物。

 出来る事はその数が急激に増えるのを抑える事だけなのか。

 そんな事を考えながら歩いていき……止まる。


「……此処だな……敵は近いぞ」

「……」


 森という訳では無いが。

 木々が点々と生える場所に着いた。

 それもかなり背の高い木々であり。

 特徴的なの木に葉っぱがあまり生えていない事か。

 風は冷たく静かにふいていて、光の線となって天からおりる光は幻想的だ。

 早朝の時間であるが、周りに他の冒険者がいない事からこの依頼を受けたのは俺たちだけだろうと分かる。

 

「……?」

 

 葉っぱのあまり生えていない木に視線を向ける。

 よく観察してみれば葉っぱが生えていない訳じゃない。

 枯れたり落ちたりした訳でもなく……何方かと言えば千切られたのか?


 不自然に残った葉っぱには妙な跡が残っている。

 凄まじい力で強引に千切られたような跡で。

 俺は視線をそこに向けながら、アードルングに質問する。


「なぁこの木々は何で葉っぱが無いんだ?」

「奴らが食べたからだ」

「……奴らって……ラピット・フライか? え、アイツら草も食べるのか?」

「あぁ、まぁ好んでは食べないが。周りに食べられる獲物がいなければあぁやって葉っぱや草を食べるんだ……奴らの食欲は底なしだ。常に空腹を感じて獲物を探し求めていると考察する学者もいると聞いたことがある」

「へぇ……あぁだから駆除対象になっているのか」


 アードルングの説明を受けて納得する。

 食べるものが無ければ草や葉っぱを食べるのなら。

 数が増えていけばいくほどに、この世界の生態バランスが崩れる事は勿論の事。

 自然界への影響もかなりのものだと分かる。

 だからこそ、少しでも数が増えるのを抑制したいんだろうな。


「……私の祖国ではこの手の魔物は最優先駆除対象となっている。組合だけではなく、国自らが率先してラピット・フライなどの魔物を絶滅させようと動いている」

「え、じゃエルフの国にはこれ系の魔物はそんなにいないのか?」

「いるにはいる。だが、あまり数はいないと思う……まぁだからこそ、奴らもこっちへと逃げてきているんだろうがな」


 アードルングは真顔でそう説明した。

 つまりだ。俺たちヒューマンなどは奴らの危険性をまだ正しく認識できていないんだ。

 だからこそ、組合での依頼に留まっているんだろう。

 本格的にやばい状況にならない限りは、国も積極的には動かないだろう。

 その点に関してはエルフの国の奴らは賢いと感じた。


 エルフの奴らはやはり聡明なんだと思い……何か来るな。


「構えろ。十中八九、奴らが気づいた。奴らと戦闘になれば、私の言ったように動け」

「別に倒せるのなら倒して良いんだろう?」

「あぁ構わない……が、簡単に倒せるとは思わない方がいい。奴らは魔物にしては小さいが、その分“俊敏”だ」


 アードルングがそう言って気配を消しながら離れていく。

 俺は彼女から視線を外して剣を構える。

 今の装備は何時も使っている革の鎧を外しているが。

 その分を補う為に、この服の下には鎖帷子をつけている。

 ドワーフが営んでいる防具屋で借りたものであり、壊れない限りは修理代を請求される事も無い。

 ただ、一日借りるだけでもレンタル代として銀貨三枚を要求されるので出費としてはそれなりだ。


「……ま、文句を言っても仕方ねぇな」


 革の鎧が使えない以上。

 身を守るのであれば、鎖帷子以上のものは無い。

 少し重くて動きづらいが、アードルングからしては程よい制限になって修行には良いらしい。

 俺は彼女の言葉を信じて、向かってくるラピット・フライを……!


 上空から無数の影を確認した。

 それらは羽音をたてながら、真っすぐ此方に向かっている。

 豆粒ほどの大きさのそれは一気に近づいて――速いッ!!


 豆粒ほどだったそれが一気に大きくなった。

 俺は回避も出来ずに防御の姿勢を取る。

 アードルングから教わった通りに、腕に魔力を瞬時に纏い――ぐぅ!!


 腕に魔力を纏わせようとした。

 が、間に合わなかった。


 奴らは猛然と突き進み。

 風の刃となって俺の体を切り裂いていく。

 鎖帷子から音が鳴って、それらの攻撃を防いでくれたと理解した。


 俺は後ろに転がりながら、何とか姿勢を戻す。

 剣を構えながら、後ろを見れば奴らはそこにはいない。

 何処に行ったのかと探そうとして――背後から殺気を感じた。


 魔力を背中に纏わせようとした。

 が、やはり間に合わない。


「ぐぁ!?」


 奴らの攻撃を背中に諸に受けた。

 風の刃が服を切り裂いて鎖帷子に阻まれる。

 俺はそのまま地面を滑っていく。


「はぁはぁはぁ……何だよ。めちゃくちゃはえぇ!」


 恐ろしいほどの機動力だ。

 背後に目を向ければ一瞬だけ影が見えた。

 羽音だけが響いている中で、奴らの動きを完全に捉えきれない。

 これでは魔力を纏おうとしても絶対に間に合わないだろう。


「どうするよ、これ」


 剣を構えながら周りを警戒する。

 そうして、アードルングから教わった事を思い出していた。


『……魔装の部分展開?』

『あぁそうだ。魔力をずっと纏えないのであれば、攻撃の一瞬だけ展開すればいい』

『……というと……当たる寸前に纏って、攻撃を防げって事か? そんな事、出来るんだったら』

『――出来るが、簡単には出来ない。魔装の部分展開は己の反射神経と魔装の技量が試されるからな』


 アードルングが言っていた。

 敵の動きを瞬時に感知し、一瞬にして魔装が出来なければ意味が無いと。

 だからこそ、彼女は修行の相手としてラピット・フライを選んだ。

 

 俊敏性は抜群であり、これ以上の敵は早々にいない。

 もしも、実戦で使えるほどになるのであれば。

 これくらいの敵に対応できなければ意味がない。

 そう考えたからこそ、彼女は修行相手をこいつらにしたんだ。


「……確かに、こいつらは良い相手――っ!?」


 ぼそりと呟いている間にも敵は襲い掛かって来る。

 一瞬だけ感じる殺気を頼りに攻撃が当たるであろう場所に魔装を行う。

 が、どう頑張っても奴らの攻撃が当たるまで展開できない。


 今度は肩に奴らの攻撃が当たる。

 俺はよろよろと動きながらも膝をつくことなく剣を構えた。

 速い。恐ろしく速いからこそ、攻撃をするまでに至らない。


 倒せるのなら倒してもいいかか……正直、舐めてたな。


 俺は自分の無知を恥じた。

 そして、剣を構えながら更なる攻撃に備えた。


 目で追っても意味がない。

 殺気を感じてから対応しても遅いだろう。

 だったら、どうすればいいか――それ以外も使うしかない。


 俺は両耳に神経を集中させる。

 この空間には虫たちの羽音が響いている。

 それも複数であり、それらの音は一切の乱れが無いような気がした。

 まるで、一心同体のようであり、羽の動きから向かってくる方向まで一定何だろう。


 何故、奴らは分散して攻撃を仕掛けてこないのか。

 それは簡単だ。一匹一匹の攻撃なら大した事は無い。

 一匹だけでの攻撃では風の刃は形成されない。

 つまり、あの攻撃は集団だからこそ出来る技なんだ。


 ……だったら、奴らがそれぞれ別の方向から攻撃してくる事はあり得ない。


 通常種に分類される虫系の魔物だ。

 知恵が働く可能性は考慮しなくていい。

 もしもそんな知恵があったのなら、初っ端から使っている筈だからだ。


 要するにだ。

 奴らの進行方向さえ分かれば対処の仕様はある。

 が、虫たちの羽音だけでは推測は難しい。


 だったら、次は感覚だな。


 虫たちの羽の動きによって発生する風。

 地面の草花を揺らすほどのそれを全身で受けながら。

 俺は奴らが何処を飛んでいるのかを探ろうとした。

 風が飛んでくる方向に奴らはいる。

 そして、羽音から正確な位置を割り出し――此処だ!!


 俺は右半身に魔装を使う。

 瞬間、殺気を感じて虫たちの攻撃が当たる。


 ――が、ダメだ。


「うあぁ!?」


 魔装を使った筈だった。

 しかし、完璧に纏う事が出来なかった。

 少しだけダメージを軽減できたが、それも微々たるものだ。

 服はまた切り裂かれて鎖帷子が俺の命を救う。


 ……攻撃の方向は掴めた筈だった。けど、俺自身の技量が未熟だから……くそ。


 魔装をもっと早く展開する。

 そして、今度はより正確に敵の攻撃を予測しなければならない。

 いや、それが出来てようやくだ。

 防御が出来るようになれば、次こそは奴らを倒さなければならない。


 やる事は山積みであり、一つずつクリアしていくしかない。

 本当にこんな事で一月以内に習得できるのか。

 自信はあまり無いが――やるしかないッ!!


「よっしゃああぁぁ!! 来い!!」

 

 俺は覚悟を決める。

 そうして、雄叫びを上げて闘志を燃やした。

 心なしか虫たちの羽音も大きくなって――




「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……く、そぉぉ」


 呼吸が荒い。

 全身からぼたぼたと汗が流れていく。

 頬にも切り傷が出来ていて、そこから血が流れていた。

 汗が傷に触れてじんじんと痛みを発していた。

 俺は乱暴に片手で血と汗を拭いながら、剣の柄を掴んで地面に膝をつく。

 あれからどれ程の時間が経ったのかは分からない。


 ラピット・フライたちは統率のとれた動きで俺を翻弄し。

 俺は魔装を展開する事も出来ずにやられたい放題だった。

 服は既にボロボロであり、中に着込んだ鎖帷子が露出している。

 ダメージは防げているが、衝撃を完全に殺せている訳じゃない。

 帷子の下にはアザが出来ていて、俺自身の体力は限界に近かった。


 集中力も切れかかっている。

 まだ一匹も奴らを倒せていないのに……悔しいな。


 やっぱり俺はまだまだだ。

 アードルングのお陰で倒せた危険種の魔物に。

 レッド・ファングやラッシュ・ボアなど。

 それらを倒せた事で自信がついていた筈なのに。

 此処に来てそんな少しの自信もぽっきりと折られた。


 ……俺は未熟だ。こんな事ではこの先の冒険でも生き残れない……でも、それで夢を諦めたりはしない。


 地面を踏みしめながら、よろよろと立ち上がる。

 地面に刺した剣を引き抜きながら、ゆっくりと剣を構えた。

 既にふらふらであり、気絶する一歩手前だが。

 それでも、俺にはまだやれるだけの気力が残っている。


 やってやるさ。

 例え、どんなに険しくて長い道のりでも。

 男が一度やると決めた事なら――絶対に曲げちゃいけねぇんだ!!


「……っ!?」

 

 虫たちの羽音を聞く。

 深いな音であり、恐怖を煽るような嫌な音だ。

 しかし、全神経を集中させて音を聞いていた。

 

 来る――ラピット・フライが迫る。

 

 それも正面であり、俺は剣を振ろうとした。

 正面であるのなら考える必要はない。

 防御をせずとも簡単に斬り殺せる。

 俺が弱ったのを確認して奴らは勝負をつけにきたようだが。

 それは迂闊であり、俺はそのまま剣を奴らに――突如、足から力が抜けた。


「――っ!?」

 

 がくりと片方の足の膝が地面に向かう。

 太刀筋が大きく乱れて、奴らは俺の攻撃をひらりと躱す。

 体勢を崩してしまった――防御は間に合わない。

 

 

「――!」

 

 

 眼前には口を開いた奴がいる。


 強靭な下顎を大きく開いていた。


 肉を容易に断つ鋭利な歯が見えていた。


 次の瞬間には己の頭が噛み砕かれるだろう。


 心臓の鼓動が停止した様に感じるほどにキュッと身が閉まる。


 冷たいものがぞくりと背筋を這って行き、俺はただ茫然と敵の顔を見ていた。


 もうダメだ。俺は死んだ。そう悟って――奴らが目の前で燃え上がる。


 

「――――!!!!」

「……アード、ルング……?」


 

 横から飛んできた炎。

 それがラピット・フライたちを包み込んだ。

 奴らはそのまま俺の脇を通りぬけて地面に転がる。

 虫たちの不気味な悲鳴が響き渡り、奴らはじたばたと暴れていた。

 炎に全身を包まれた奴らはそのまま動かなくなる。


 ぱちりと指を鳴らす音が聞こえた。

 次の瞬間には炎は一瞬で消えている。

 完全に力尽きた敵たちが地面に転がっていた。


「……っ」

 

 足音が聞こえた。

 ざくざくと土を踏む音で。

 俺は荒い呼吸のまま視線をゆっくりと音の鳴る方に向けた。

 

 視線を横へと向ければ、アードルングが現れた。

 彼女はラピット・フライたちの亡骸を見てからゆっくりと俺に視線を向ける。

 そうして、小さく笑いながら俺の頭を撫でた。


「よく頑張ったな……今日の修行は終わりだ。まだ明日、頑張れ」

「あ、あぁ…………ぁぁ…………」

「……? ハガード、おい。ハガード……限界だったか」


 俺はふらりと地面に横に倒れる。

 ぽろりと剣が手から零れ落ちて。

 俺は重い瞼を下ろしていく。

 最後に見たのは目を細めて困ったように笑っているアードルングで。

 俺はまた彼女に格好いいところを見せられなかったことを、少しだけ、残念、に――――…………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る