019:才能の有無
エイマーズの条件をクリアする為。
俺はアードルングからの修行を願い出た。
彼女は厳しいものになると言って俺は覚悟を決めた。
そして、一夜が明けて早朝となり、現在俺は――
「……っ!!」
「まだだ、まだだぞ……よし、そのまま維持だ」
彼女はジッと俺を見つめる。
俺は彼女の指導を受けながら、指先に魔力を集中させる。
両手の十本の指全てに魔力を流して纏わせて。
その指だけで油が塗られた囚人の足かせに繋ぐ為の鉄球を掴んでいた。
ただ掴むだけならいい。
しかし、俺がその玉を掴んでいる場所は王都にある“橋の下”だ。
真っすぐに引かれた川。
その上には綺麗な石橋が掛けられていて。
鉄球はその橋の欄干から鎖で吊るされており。
俺はその鉄球を魔力を纏った手の指の力で掴んでいた。
死に物狂いであり、少しでも気を抜けばどぼんだ。
雪は降っていないが、それでも十分に寒いんだ。
冷たい風に晒される川の中に飛び込むのは自殺行為であり。
絶対に風邪を引いてしまうだろうと思った。
彼女のやらんとしている事は分かる。
この修行によって俺の魔力操作を完璧にするつもりなんだろう。
その為に、敢えて地獄のような環境に俺を置いている。
いや、こんなものは地獄ではない。彼女はまだ優しい方だろう……多分な。
「いいか。魔力とは己が肉体を守る鎧にもなれば、敵を殺す為の武器ともなる。指先に魔力を集中させれば、素手では容易には掴めないようなものであろうとも掴む事が出来る。それが魔力の性質の一つである“連結”だ」
「連結、だって……うぅ!!」
「連結とは文字通り繋げる事だ。肉体とものを繋げる性質。お前も武器への魔力の付与が出来るのなら分かるだろう。手が痺れても、力が入らずとも。魔力を流している間は離れない。これは大きな武器であり、自由に操作が可能となればお前自身の意志で連結の性質を消したり増幅させる事も出来る」
アードルングの説明を聞きながら、俺は必死に魔力を維持する。
始まってまだ一時間も経っていないだろうが。
既にかなり限界であり、集中が今にも切れそうだった。
魔力を一定に保つのは余計な魔力の消費を抑える為で。
コントロールをマスターする為に必要な事らしい。
「連結の性質を十全に発揮できれば、体表や身に纏う衣服の外側に魔力を留めておくことが出来る。これが一瞬だけ出来ようとも、維持し続けなければ意味などない」
「そう、だな! だけど!」
「だけど、何だ? その先の言葉に意味は無い。そもそも、こんな状況でも維持できないのであれば戦闘中に維持できる筈が無い」
「……っ」
アードルングの言っている事は正しい。
今はただ意識を集中させて鉄球を掴んでいるだけだが。
もしも、戦闘中であったのなら敵の攻撃を回避し攻撃する中で魔力を維持する必要がある。
その時はこうやってただ魔力を流していれば良い訳じゃない。
だからこそ、此処で何時間も維持できないのであればそもそもが戦闘では使えないんだ。
俺は無言で歯を食いしばる。
そうして、魔力を一定量流し続けながら……っ!!
魔力が乱れた。
俺は咄嗟にそれを修正しようとした。
が、それがいけなかったのか。
魔力は更に乱れて、連結の効果が途切れた。
「あ!」
瞬間、俺の指はつるりと滑る。
そのまま下へと落下していき――冷たい川の中へと飛び込んだ。
「……っ! ……っ……ううぅぅぅ!!!!」
派手な音を立てて水の中に沈む。
汚れはそれほど無いが、死ぬほどに冷たい。
体の芯まで冷えるほどであり、眠気も何もかもが吹き飛ぶほどだ。
寒い。とてつもなく寒かった。
俺はバシャバシャと泳ぎながら、川岸へと向かう。
上がれる所に手をついてから昇って。
俺はガチガチと歯を鳴らしながら両手で体を掻き抱いた。
「ダメだな。点で成っていない……体を拭ってすぐに着替えろ。もう一度だ」
「ううぅ……おう!」
「――返事はハイだ!」
「は、はい!」
鬼教官のアードルングと心の中で呼ぼう。
俺は彼女から投げ渡された替えの服に着替える。
予備として三着ほどは用意したが……それで足りるのか?
濡れれば、アードルングが魔術で簡易的に乾かし。
すぐに着替えて、また濡れたものを乾かすのだが。
このペースで行けば間に合うかどうかも定かじゃない。
俺はそんな事を不安に思いながら。
いそいそと着替えて行って、すぐに橋の上に戻っていった。
§§§
「へっくしょん!!!」
「……ちゃんと浸かったのか?」
「あぁ勿論。肩までな……想像以上にきついな。あれ」
今日の修行を終えて、俺は彼女の指示で風呂屋に行った。
肩までしっかりと浸かって体を温めて、ずぶずぶに濡れた服は洗濯してもらった。
現在はまた別の酒場にて食事を取りながら今日の修行についての事を話し会おうとしていた。
と言っても、俺は結局一時間どころか三十分も魔力を維持できなかった。
すぐに魔力切れとなって気絶しそうになっていて。
その度にアードルングが自分で調合したポーションを俺に飲ませてくれていた。
……ただ、あのポーションは体に良いのだが……死ぬほど不味かった。
『……なぁ、それ泡が立っているし。色も紫色で、すげぇ嫌な臭いがするんだけど……飲むの?』
『当たり前だ。市販のポーションの中には安価で飲みやすい工夫がされているものもあるが。アレには微量だが中毒成分が入っている。魔力切れの度にアレを服用していれば、依存症になって廃人になる……安心しろ。これには人体に有毒な成分は入っていない。寧ろ、人体にとって益となるものしか無い』
『……すっげぇくせぇけど……本当に? 別に俺、少し位なら』
『――黙れ。飲め』
『うぐぅぅ――ッ!!!?』
アードルングは無表情でその謎の液体を俺の口へと注いだ。
飲ませてくれたのではなく。実際には飲まされたというのが正しいだろう。
吐き気を必死に誤魔化しながらも、魔力が全回復したような気がして。
すぐに修行を再開し、魔力が切れれば何度も彼女のゲロまずのポーションを飲んでいた。
最後の方は最早、味を感じなくなっていたような気がするが……大丈夫だよな?
エールの味は感じている。
俺の味覚は死んでいないと自分に言い聞かせた。
そんな俺を見て彼女は首を傾げていたが。
俺は何でもないと伝えながら、俺はどのくらい出来ていたか尋ねた。
すると、彼女は暫くどう言おうかと考えていたようで……ゆっくりと口を開く。
「お前には才能がない」
「――うぐぅ!?」
アードルングはずばりと言う。
その言葉を受けて俺は胸を押さえながらのけ反る。
こうもハッキリと言われてしまえば、鈍感な男であろうとも理解してしまう。
俺はそれほどまでに魔力の操作が下手なんだと。
俺は何とか心を落ち着かせながら、どうにか習得できないかと尋ねた。
「……習得は出来る。だが、肝心の持続力は壊滅的だな」
「……と言うと?」
「……一般的に魔装とは、体内の魔力を流して色々なものを強化する技だ。武器に纏わせれば単純な攻撃力を。体に纏わせれば防御力を上げる……重要なのは、流した魔力を“循環させる”事だ」
「循環? いや、師匠から聞いたことが……」
俺は初めて聞く言葉に驚く。
すると、アードルングが循環について説明を始めた。
「武器に流す魔力は例外だ。人体では無いからこそ、体へと戻す事も容易ではない。だからこそ、私も気づけなかった……魔装を習得している冒険者の魔力の循環率を“六十”とするのなら……ハガードお前は精々が“三十”そこらだ」
「え!? 半分くらいなのか!?」
「……良く言ってだがな……お前の魔装での魔力循環効率は死ぬほど悪い。言っては何だが、此処までひどい奴を私は見た事が無かった。だからこそ、お前に才能が無いと言ったんだ」
「う、嘘だろ……いや、勇者様みたいにはいかねぇけどよ。普通よりも下なんて……はぁぁ」
「……ここまでになってしまうと、魔力を纏う以前の問題だな。鎧として纏うのならば、維持出来なければ意味がない。が、お前ほどでは維持どころか放出し続ける事になる……エルフほどの魔力量であれば、そのような問題も何とかなったが。ハガードの魔力量はそこまで多くは無い」
アードルングの説明に静かに頷く。
彼女はそんな俺を見て分かりやすく説明してくれた。
「このジョッキが肉体だとする。この中身が魔力だ。魔力を受け流したり纏うという事は魔力そのものに干渉し活性化させる事に等しい」
アードルングはそう言って、空のジョッキにエールを注いでいく。
どぼどぼと注がれるそれは泡を立てていき、瞬く間に一杯になった。
その泡や中身が少し溢れてテーブルにシミを作る。
俺はそれをジッと見つめていた。
「本来、魔力はその人の許容量を超えては蓄えられない。もし、それ以上蓄えようとすればこのように溢れ出す。活性化の時も同じだ。こうやって体内から外へと放出してしまえばその魔力は魔素となってしまう……だが、この下に皿を置けばどうだ?」
彼女はそう言ってツマミがあった空の皿をジョッキの下に置く。
そうして、再びどぼどぼとエールを注げば漏れ出したそれが皿に溜まる。
彼女は酒を注ぐのを止めてから、少しだけ時間を置いて皿を取る。
泡が収まった中へと注げば、溢れ出した分は綺麗にジョッキに戻っていた。
「これが循環だ。皿はその人の才能によって違う。これが大きければ大きいほど、その人は循環の技量が高いとされる……お前にはこの皿が無いか、驚くほど小さいんだ……まぁこればかりは努力ではどうしようもない。すまんな」
「……そっか……あああぁぁぁ」
俺は両手で顔を覆いながら項垂れる。
アードルングはそんな俺を見つめて黙っていた。
分かっている。嘆いても意味がない事なんて。
才能ばっかりは俺がどうにかして何とかなるものでもない。
……けどなぁ。そんなにひどいのかよぉ……あぁぁ。
俺は静かにため息を吐く。
そうして、小さく首を左右に振った……よし。
「……はい、終わり!」
「ん?」
「嘆く時間は終わりだ。次の事を考えようぜ!」
才能云々は仕方のない事だ。
だったら、それ以外でカバーする方法を考えれば良い。
俺はそう開き直って笑みを浮かべた。
そんな俺を見るアードルングはくすりり笑う。
「……お前のそういう所が私は好きだ」
「うえ!? すすすすす好き!?」
「ん? 何をそんなに取り乱す? 何かおかしなことを言ったか?」
「え!? い、いや! 全然!! 何でもないぜ!!」
俺は必死に両手を振って誤魔化す。
そうして、木のジョッキに注がれたエールを一気に呷る。
体の中から温まっていく感覚を覚えながら、瓶の中身をとぼとぼと注ぐ。
空になれば新しいのを注文して、食事が運ばれるのを楽しみにしているように装っておいた。
アードルングは不思議そうにしながらも、それならばと提案をしてくる。
「魔力を体中に流して持続する事が不可能であればだ……別の方法もある」
「本当か? だったら、それで」
「――ただ、これは普通の魔装とは訳が違う。本来であれば銀級、又は金級が使う技だ。習得は至難の技だぞ?」
アードルングほどの冒険者が至難の技だと言った。
それがどれほどに難しい事は今なら分かる。
アレほどの敵を退けるほどの腕を持つ彼女がそう言うのであれば……俺は笑う。
「望むところだ。人が出来ない事をやれてこそ、やりがいがあるってもんだ」
「よく言った……では、明日は組合で依頼を受けるぞ」
「……魔物と戦うのか……それだけ本気って事だな。うし、なら俺は更に気合いを入れるぜ」
「死ぬ事は無い。だが、死ぬ一歩手前までやってもらう……明日からは覚悟しろよ」
「……おぅ……いや、はい!」
「……ふふ」
明日からは更に過酷な修行になる。
その目的は強くなる事と、エイマーズのドラゴン討伐に加わる事で。
奴の一撃を耐えられるだけの防御力を手に出来るのであれば、俺はどんなに辛い修行も耐えて見せる。
彼女にその覚悟を視線で伝えて、俺は運ばれてきた料理を見て笑みを深めた。
「……そうだ。エイマーズの事だが、私が釘を刺しておいた。当分は此処を離れないだろう」
「え? 何時、そんな話を?」
「お前が休憩している時にな……大型の魔物の討伐ともなれば、複数名に対して依頼を与える事が一般的だ。恐らくは、エイマーズ以外も依頼を受けている可能性がある。ドラゴンの討伐ともなれば、準備期間なども考慮して二か月ほどは猶予が設けられている筈だ……安心しろ。一月であれば、奴は此処を離れない。そういう“約束”だからな」
「……? 約束って何を?」
「まぁそれはいい……兎に角だ。この一月の間に、お前は必ずその技を習得しろ……本来の目的もあるしな」
アードルングがそう言ってエールを飲む。
俺は静かに頷きながら、彼女に対して感謝を示した。
彼女のお陰で、エイマーズは一月だけ待っていてくれるんだ。
だったら、俺はその間にやれる事をやるだけだ。
必ずその技を習得して、エイマーズの仲間に加わる。
そうして、奴と共にドラゴンを討伐すれば誰も死なずに済む。
……分かってる。俺がひどく楽観的なのは……それでも、俺はアイツを死なせたくない。
救える奴は救う。
助けを求めているのなら絶対にだ。
俺はそう誓いながら、目の前に置かれた魔物の肉にフォークを刺す。
じゅわりと肉汁が溢れ出すそれを一口で頬張りながら。
口を大きく動かして咀嚼していく。
歯ごたえがあり、肉汁が泉のように湧き出てきて。
ほどよい塩加減に、皮の部分はパリッとしていて……飲み込む。
「うめぇ……うめぇな」
「よく食え。それは血となり肉となる」
「あぁ食うぜ。俺は食う……あぐ」
肉を口いっぱいに頬張る。
美味い肉であり、沢山食えば食うほどにこれらは俺の体に蓄えられる。
血となり肉となり、魔力となって俺の力になるんだ。
俺は強くなる。
強くなって、必ず生きて天空庭園に辿り着いて見せる。
「……その前に、だけどな」
エイマーズを助ける。
今はそれが最優先だ。
俺は目標を定めながら、目の前に並んだ肉を食べていった。
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