018:絶対に見捨てはしない

「お願いしまぁぁぁすぅぅぅぅ俺を仲間に入れてくださぁぁぁぁいぃぃぃぃ!!!!」

「……はぁ」

「……あぁ?」


 クライド・エイマーズは困惑していた。

 それもそうだろう。

 朝っぱらに素振りをしていた奴の前に立った俺が、行き成り額を地面にこすりつけて叫んだのだから。

 アードルングが後ろで深いため息を零していたのが分かったが無視。

 俺は師匠直伝の交渉術“ドゲザ”を使って、エイマーズの仲間に加わろうとしていた。

 

 本来であれば、今日から魔装の修行を開始する筈だったが。

 俺はアードルングに詫びを入れてから、修行を後回しにして此処に来た。

 最初はエイマーズが何処にいるのか分からなかったが。

 組合にいる奴らに何処にいるのか知らないかと聞けば、王都の外れで剣を振っていたと聞いた。

 すぐにやってくれば、半裸で大きな丸太のようなものを振っている奴を見つけて。

 俺は間髪入れずに奴に対してドゲザを使った。


 流石の銀級冒険者様もこの技を喰らって面食らっている。

 当然だ。この技は誰もが出来る技じゃない。

 プライドも何もかもをかなぐり捨てて声を張れる奴のみが使えるんだ。

 俺はじりじりと地面に頭をこすりつけて奴に対して懇願し――!


「うがぁ!?」

「……!」


 頭に強い衝撃を感じた。

 俺はそのままごろごろと後ろに転がっていく。

 アードルングが俺の体を受け止めてくれたお陰で何とか止まって。

 目を前に向ければ、無表情で俺を睨む奴が立っていた。


「……テメェ、俺をおちょくってんのか?」

「おちょくってなんかない! 俺はお前の仲間に」

「――失せろ。テメェみたいなカスなんていらねぇんだよ」


 エイマーズはそう言って踵を返す。

 アードルングが静かに首を左右に振っていた。

 俺は彼女から離れて走る。

 そうして、再び奴の前に立って頭を下げた。


「仲間にして――うぐぅ!?」

「しつけぇんだよ……次は殺す」


 顔を蹴られてそのまま横に転がる。

 奴は低い声で俺に警告してきた。

 俺はそれでもよろよろと立ち上がって奴の前に立った。


「……殺すって言ったよな……言葉が分からねぇのか」

「分かるさ! でも、俺はお前の仲間に」

「――いらねぇんだよ。もう必要ねぇ」

「……! どういう意味だよ」


 俺が尋ねれば奴はにやりと笑う。


「お前なんかいなくてもな。俺には金さえ払えば協力してくれる奴らがいるんだよ。テメェが何を勘違いしたのかは知らねぇがな。必要ねぇんだわ……分かったらとっとと消えろ。目障りなんだよ」

「……ハガード、気は済んだだろ。行くぞ」


 アードルングは帰るように言ってきた。

 エイマーズも用は済んだと足を進める。

 奴は俺を視界から外して進んでいき――



「何で、嘘つくんだよ」

「……あぁ?」



 俺は思った事を言った。

 エイマーズは足を止めて俺を見つめる。

 その瞳は殺意に満ちているが、少しだけ動揺が出ている気がした。


「そんなのがいたのなら、お前は風呂屋であんな事言わなかったはずだ」

「……ハッ! あれはお前を揶揄ったんだよ。俺様が弱音を吐いたと思ったか? それで俺に取り入ってランクを上げる為の推薦状を書かせようとしたのか? ははは! いいぜいいぜ! テメェのそのみっともねぇ姿を見せてくれた礼だ。幾らでも書いて」

「――いらねぇよ。そんなもん」

「……っ」


 奴は明らかに虚勢を張っていた。

 俺を揶揄っただけなのなら、俺だってすぐに分かっていた。

 あの時のアイツの言葉からは悪意は感じなかった。

 アレは純粋に心から出たものだったんだ。

 俺はそう確信したからこそこいつの手助けになりたいと思った。


 エイマーズは何も言わない。

 だからこそ、俺は立ちあがって気持ちを伝えた。


「どう思って貰っても構わねぇよ。仲間に入れてくれるのなら、ただ働きでもいい。だから、“一人で解決”しようとするな」

「……! テメェ」

「……なるほどな」

 

 俺の言葉にエイマーズは明らかに動揺した。

 近くで聞いていたアードルングも気づいたようだった。

 俺の悪い勘は当たっていたようであり。

 こいつは俺が来なければ何れ“一人”でドラゴンの討伐に行くつもりだったんだろう。

 

 奴は俺を睨みつけて来た。

 しかし、俺は一歩も退かずに真っすぐに奴の目を見つめていた。


「……だったらなんだ。テメェには関係ねぇだろ……何が望みなんだ。何をして欲しいんだ……言えよ。言ったら考えてやる」


 奴は静かに素振り用の棒を地面に転がした。

 ジッと俺の目を見つめてくる。

 その目を通して嘘は許さないという意思を感じた。


「……お前に死んでほしくない。お前に傷ついて欲しくない……ただそう思っただけだ」

「……嘘じゃねぇのか……気味の悪い野郎だ。会って間もない……いや、最悪の出会い方だったんだろ? そんな俺に対してそんな感情を抱くなんてな……信用出来ねぇな」

「でも、これが俺の本音だ……約束だろ。考えてくれよ」


 俺はにしりと笑う。

 すると、奴は鼻を鳴らす。

 そうして、片手を上げて人差し指を立てて言葉を発した。


「いいぜ。だが、条件がある。これが達成できなきゃ俺はお前を仲間とは認めねぇ……飲むか?」

「――分かった! 飲むよ」

「おい! ハガード! 条件も聞かずに承諾するな!」

「悪い。でも、もう言っちまったから……それで、条件ってのは?」


 俺は怒るアードルングに謝る。

 そうして、エイマーズに条件について聞いた。

 すると、奴はにやりと笑って拳を握る。


「簡単だ。俺の一発を耐えて見せろ」

「え? それだけか?」

「あぁそうだ。ドラゴンと殺り合うんだ。俺の攻撃に耐えられないんじゃ話にならねぇだろ? これが最低条件だ」

「……うし! だったら、さっさとやろうぜ!」


 俺は腕を大きく振るう。

 そうして、鎧は脱いだ方が良いか尋ねた。

 すると、奴はそのままでいろと言ってきた。

 随分と舐められたものだと思いながら、俺はその場で両手と両足を広げた。


「さぁ来い!」

「あぁ行くぜ……あばよ。三下」

「あ? なに――」


 奴の言葉に反応する。

 瞬間、奴の像が一瞬でブレて次の瞬間には腹部に――――…………


 

§§§



 …………――――っ!!


「はぁ! はぁ! はぁ! ……イツっ!」


 がばりと体を起き上がらせた。

 荒い呼吸のまま周りを見ようとすれば、腹部から鈍い痛みを感じた。

 見れば服を脱がされた状態で腹部に何かの液体を塗られた上に葉っぱを張られていた。

 これは何かと見ていれば扉が開く。


「……あぁやっと起きたか……気分はどうだ?」

「アードルング? 俺は一体……そうだ! アイツは! エイマーズは!?」

「もういない……いや、王都の何処かに行ったという意味だぞ?」


 アードルングが言葉を補足するがどうでもいい。

 俺は今の状態から条件を達成できたかったのだと理解した。

 アイツの一発は想像以上に重かった。

 痛みを感じる前に気を失ったんだから、その威力は計り知れない。


 舐めていたのはアイツじゃない……俺だったんだ。


 俺は片手で顔を覆い隠す。

 そうして、近くに座ったアードルングに礼を言った。


「……これで分かっただろ。お前では何の役にも立たない……アイツ自身もお前に何かしてほしくて言った訳じゃない。単なる愚痴だったんだよ」

「……分かってる。そんな事は俺だって……でも、アイツの目を見て分かったんだ。アイツは心の何処かで誰かが手を差し伸べてくれるのを待っているんだって……そうじゃなきゃ、とっくにドラゴンの討伐に行ってる筈だ」

「迷っていると言いたいんだな……それでも、お前に出来る事は」

「――いや、あるよ」

「……?」


 俺は布を剥がす。

 そうして、痛みを発する腹部を抑えながらアードルングの前に立つ。

 彼女は何をしているのかと俺に手を伸ばしてきた。

 俺はそれを無視してその場に膝をついて懇願する。


「俺を強くしてくれ!! アイツの一発も耐えられるくらいに強く!!」

「…………はぁ、そう言うとは思っていたが……お前という奴は何処までお人好しなんだ」

「何と思ってくれたっていい。けど、俺は俺が出来る事を全力でしたいんだ!」

「……これはお前の夢とは関係ないんだぞ? そんな事に時間を割いていいのか?」


 アードルングが聞いて来る。

 俺はゆっくりと顔を上げて彼女の目を見つめた。


「構わねぇ。夢を叶えに行くまでの旅なんだ。その夢に見合う男になれるのなら、どんな試練だって乗り越えてやる」

「……お前の夢に見合う男か……そこまで言うのなら、いいだろう……だが、奴もずっと迷っている訳はない。修行は一月の間に終わらせる必要があるだろう……厳しくなるが、構わないな?」

「あぁ! 望むところだ! 頼むぜ、アードルング!」

「……ふふ、そうか……よし、なら今日はゆっくりと休め。明日の朝から始めるからな」

「え、でも急いだほうが」

「……そんな状態ではいい結果は出ない……大丈夫だ。奴は加減をしていた。その薬を塗っておけば、一日で良くなる……休む事も修行だと思え。いいな、絶対に出歩くなよ」

「お、おう」


 彼女はしつこく注意をしてくる。

 俺はその気迫に負けて静かに頷いた。

 彼女はにこりと笑い「それでいい」と言って去っていく。


 扉はゆっくりと閉じられる。

 俺はゆっくりと立ち上がってから扉に近づいて彼女が去っていったのを確認した。

 扉のロックをしてから、ゆっくりとベッドに戻り横になる。

 静かに息を吐きながら宿屋の天井を見つめていた。


 ……多分、アードルングが冗談なんか言っていない。修行は過酷なものになるだろうな。


 一月以内に奴の攻撃を耐えるだけの防御力を手にする。

 その鍵を担っているのは十中八九が魔装の応用技だ。

 鎧のように魔力を纏う事によって攻撃のダメージを抑える。

 これさえ出来れば、俺でも奴の攻撃を一発だけなら耐えられる筈だ。


「……出来るのか、俺に……何で、師匠は俺にこれを教えなかったんだ?」


 師匠が何故、魔装の応用を教えなかったのか。

 気になる事ではあるが、何か考えがあったんだろうと思う……それか忘れていたかだな、うん。


 師匠ならあり得そうだと思いながら。

 俺は静かに瞼を閉じる。

 そうして、傷を癒す事に専念する為に眠りにつこうとした。


 今はただ寝よう。

 そして、明日から修行だ。


 ――俺はお前を見捨てねぇぞ。だから、待ってろよ、エイマーズ。


 静かに此処にはいない男の名を心の中で呟く。

 そうして、そのまま意識は闇の底へと沈めていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る