017:認められる事

「いや、無理だな」

「そ、即答かよ……」


 賑やかな酒場の一角。

 互いにエールの入った木のジョッキを持ちながら。

 俺たちは難しい問題について話し合おうとしていた。

 それはあの銀翼のリーダーであるクライド・エイマーズの事で。

 どうすれば彼が名声に傷をつけずにドラゴン討伐の依頼を片付ける事が出来るかを話し合おうとしていた。

 が、アードルングがきっぱりと無理であると断言するのだ……いや、だろうとは思ったけどよ。


「もうちょっとこう……言い方ってもんがさぁ?」

「言葉を飾ってどうなる。無理なものは無理だ。それが難度の高い依頼で、あそこまで大見得を切ったのであればどうする事も出来まい……敵を討伐して栄光を掴み取るか。ただの見栄による虚言だったと説明して経歴に傷をつけるかだけだ」

「……虚言じゃねぇだろ。現に、仲間がいた時は討伐しに行く気満々だったじゃんか」

「それだよ。仲間がいたから、準備は万端だった……違うな。仲間の存在を過信し、第二第三のプランを用意していなかったアイツの責任だ。準備は完璧でなければならない。依頼を正式に受けるのであれば尚の事だ」


 アードルングは冷たく言い放つ。

 俺はその言葉にムッとして、それならばとあの時に遭遇したラッシュ・ボアたちのボスについて聞く。


「もしも、アイツが逃げなかったらどうしたんだよ」

「無論、戦うさ。だが、勝機は薄い。だからこそ、隙を見つけて逃走する。ただそれだけだ」

「準備もしないで奴から逃げきれるのか? アイツの足は速い。追ってきたら幾らお前だって」

「……ムキになるなよ。お前は私の事を知った気でいるが、お前は私が使える魔術の全てを知っているのか?」

「……いや、知らねぇけど」

「それは当然だ。何せ、私とお前は会ってまだ間もない。そして、お前にはない経験を私は積んでいる。この意味くらいは分かるだろ?」

「……っ」


 アードルングの言葉は正しい。

 こいつにとっては俺は子供のようなものだ。

 幾ら俺が突っかかったところで、こいつには勝てっこない。

 俺が知らないだけで、アードルングは魔物から逃げる為の策を幾つも用意している筈だ。

 どんなに指摘したところで、彼女の事を深く知らない俺では……でも、それなら同じだ。


「……お前は正しいよ……でも、正しいから分かった。お前だってアイツの事を知らないってな」

「……ほぉ、なら言ってみろ。私は何を見誤った」

「簡単だよ。お前は人を信用していないが、アイツは違う。仲間を一から鍛えて、ドラゴン討伐に向けて頑張ってたんだ……完璧じゃなかったかもしれねぇ。けど、アイツはやれる事を精一杯やってたんだ」

「それで? 結果に結びついたのか? 違うだろ。仲間とやらは逃げたんだ」

「あぁそうさ。恐怖に負けて逃げ出した……でも、俺はアイツの努力を無駄とは思わねぇ。それを証明してやる」

「お前がか? それは面白い。どうやってするんだ」


 アードルングはにやりと笑いながら目を細める。

 俺はにしりと笑ってハッキリと言ってやった。


「――俺がアイツのパーティに仮加入する」

「……本気か?」

「あぁマジだ。大マジ!」


 俺は胸を叩いて宣言する。

 俺が銀翼にて一時的に加入し。

 アイツの仲間としてドラゴンの討伐に同行する。

 危険は百も承知であり、俺がドラゴンと戦えばきっと灰も残らないだろう。

 だが、エイマーズはドラゴンを討伐する為に必要な情報を揃えている筈だ。

 無策で挑むような馬鹿では無いと俺は信じている。


「きっと俺みたいな奴でも出来る事がある筈だ!」

「……ハガード。ハッキリ言うぞ……お前は馬鹿だ」

「なっ!?」

「それも救いようのない大馬鹿者だ……自殺志願者と何ら変わりはない。お前はそれほどまでに無謀な事をしようとしているんだぞ?」


 アードルングが諭すように言ってきた。

 その言葉には俺を嘲笑うような感情は一切ない。

 本気で俺を心配した上で考え直すように言っていた。

 その優しさは十分に分かっているし、己がどんなに無謀な挑戦をしようとしているかも理解していた……それでも。


「……俺は助けを求める奴を見捨てない。いや、見捨てたくない」

「それは師との約束か?」

「それもある……けど、俺自身の我が儘でもあるんだ。やりたい事なんだよ!」

「……死んでから後悔しても遅いんだぞ」

「――生きながらずっと後悔するよりはマシだ」

「……!」


 俺は断言してやった。

 後悔は死んでからの方がいい。

 生きている間にずっと後悔するよりはマシだからだ。

 そう伝えれば、アードルングが大きく目を見開いていた。


 暫くの間、互いに無言のままだった。

 俺は何故か、急に自分の発言に少し恥じらいを感じてしまう。

 ゆっくりと咳ばらいをしてから、気を紛らわすようにエールを一気に呷る。


「……お前らしいな、ハガード……ならば、もう何も言わない。その代わり、条件がある」

「……ふぅ。条件って?」

「勿論――私も同行させる事だ」

「え!?」


 俺はがたりと席から立ち上がる。

 周りの客が俺をチラリと見て来た。

 俺は周りに頭を下げてからゆっくりと座り直す。

 そうして、アードルングを見ながら本気かと尋ねた。


「無論だ……そもそも、お前一人では数の内に入らないだろ?」

「うぐ……ま、まぁそうだけどさ……でも、アードルングが協力してくれるのなら、いけるかもな!」

「甘いな。ドラゴンはそんなに容易い相手ではない……が、絶対に勝てない程でもない。かの“邪神龍”に比べれば赤子のようなものだ」

「……じゃしんりゅう? 何だそれ」

「…………は?」


 アードルングの言葉に俺は首を傾げた。

 すると、彼女はぴしりと動きを止めて俺を見つめて来た。

 まるで、こいつは何を言っているんだと言わんばかりの顔で……な、何だよ。


「…………いや、そうか。無理もない。漁村の出で、歴史を正しく知る人もいなかったんだろう……いや、それならば何故、師が教えていないんだ?」

「おーい。アードルングーおーい」

「……すまない。私が言ったのは“邪神龍バルハザード”と呼ばれる厄災種の魔物だ」

「やくさいしゅ? え、そんなのがあったのか? 何も聞いてねぇけど」

「まぁ説明は無いだろうな。此処にランク付けされたのは、長い歴史の中でもこの邪神龍ただ一体だけだからな」


 厄災種の魔物の名前が邪神龍バルハザード。

 彼女の説明からしてかなりの力を持った龍であると分かる。


「……邪神龍は千年前に突如として空から現れた。血と憎悪を混ぜ合わせたように赤黒い体で、山を越えるほどの巨体であったらしい。如何なる魔術も魔法も奴には効かず。世界は瞬く間に三分の一を焦土に化せられた」

「お、恐ろしい奴だな、おい……」

「あぁ恐ろしい。奴は恐怖そのものだ……だが、天界の神々が遣わした勇者とその仲間たちによって邪神龍は討ち滅ぼされたとされている……そんな存在に比べれば、どんなドラゴンも可愛いものだ」

「い、いや。まぁそうだけど……もしかして、今のはジョークのつもりだったのか?」

「ん? まぁ少しでも緊張を解ければと思ったが……ダメか?」


 アードルングが首を傾げる。

 その仕草に少しだけドキッとしてしまう……こういう所は女性らしいんだよなぁ。


 俺は首を左右に激しく振る。

 そうして、にかっと笑いながら少し怖くなくなったと伝えた。


「そうか。それなら良かった……だが、あの男もそう簡単には我々の加入は認めないだろう。一目会って分かったが、奴はプライドが服を着て歩いているようだ。そんな奴が私やお前の助けを受け入れるとは思えない」

「あぁそれは俺も分かるよ……でも、俺だって無策で仕掛けるつもりはねぇぜ」

「……というと考えがあるのか?」

「あぁとびっきりのな! 師匠直伝の交渉術ってやつさ!」

「ほぉそれはすごそうだ。では、その時は頼むぞ」


 アードルングが俺に期待するような視線を向けた。

 俺は胸を張って大船に乗ったつもりでいてくれと伝える。


「お待たせしましたぁ! “大山蟲の香草焼き”と“サウザンド・ワームのお刺身”になります!」

「……お、おぉ……こ、これは……料理、なのか?」

「当たり前だろ? ふふ、実に香ばしい香りだ。食欲がそそられるな」

「……マジかぁ」


 今回の酒場を選んだのは他でもないアードルングだ。

 彼女の好きな料理を奢ろうと考えて、おすすめの店を聞けば此処だと言われた。

 中々に盛況な場所だと思っていたが、此処は主に虫料理が自慢の店だったようで。

 俺は初めての食べ物だったこともあって、全てを彼女に任せてしまった。

 その結果、目の前にはカラフルな虫の料理が並べられていた。


「……」

「どうした? 遠慮するな。食え」

「お、おう」


 俺は彼女から渡された木のフォークを受け取る。

 それを掴んでから、ジッと虫料理を見つめた。

 

 先ず目に入ったのは大山蟲と呼ばれる虫系の魔物料理で。

 香草で包まれて焼かれた事もあってか、確かに香ばしい香りがする。

 野菜などが色鮮やかに盛り付けられていて、空らしきものが丁寧に剥かれていた。

 岩のような殻が皿の上に転がっており、中身の虫は白色であり実がかなりでっぷりとしていた。

 見ようによっては白いソーセージに見えなくもない。


「……っ」


 俺はゆっくりとフォークで虫を突き刺す。

 すると、じゅくりと中のエキスが溢れ出してきた。

 ピンク色の液であり、中々にショッキングな気がするが。

 俺は意を決してそれを口に放り込む。


 口を動かして噛めば、ぐにゅぐにゅとした食感だった。

 噛めば噛むほどに中のエキスが漏れ出して口内を満たしていき――!


 何故か、虫の体液の筈なのに美味く感じる。

 香草で虫自体の土臭さを消しているのだろうか。

 何の抵抗も無く俺はそれを飲み込んで、その余韻に暫く浸っていた。


 虫のエキスにはほのかな甘みがあった。

 まるで、砂糖を一つまみ塗したようで。

 それと味付けで加えられた塩と酢が混じり合っていた。

 温かで素朴な味付けのスープのような味わいだ。

 少しもしつこくなく、さっぱりとしている。

 その上、適度な甘みがあって新しい食感が良いアクセントになっていた。


「……美味い」

「ふふ、気に入ったか?」

「あぁ! うめぇよ!」


 俺は大山虫をがつがつと食べる。

 付け合わせの野菜と食べればまた違った味わいで。

 虫であるからかさっぱりしていて少しも胃が疲れない。

 俺はそのままサウザンド・ワームと呼ばれた細長い黒い虫を見つめた。


 中々の黒さであり、こいつだけは食欲をそそられない。

 明らかに食べてはいけないと言った見た目だが。

 料理として出しているのであれば美味いのだろう。

 しかし、刺身である筈なのにタレも何も置いていない。

 俺はそれを不思議に思いながらも、アードルングがそのまま食しているのを見て真似をした。


 ひょいっとフォークで掬う。

 そうして、口の中へと放り込んだ。


 また違った食感だ。

 先ほどはぐにゅぐにゅとしたが、これはコリのようなものがある。

 中々の弾力であり、それを噛んでいけば不思議と口内が濃厚な味に染まっていく。

 あの時、癒しの宿で食べたギョショウに似ている。

 しかし、これはもっと濃厚であり、独特な臭いがあまりない。


 噛み続ければそれだけで味が伝わって来る……これも美味いな!


「ハガード、これをかけてみろ」

「……これは果物か?」

「あぁ、“レナード”と呼ばれる実だ」


 渡されたのは半分に切られた黄色と緑がまだらになった果実。

 不思議な見た目の果実の名前はレナードで。

 俺はあまり知らない奴だと思いつつ、言われた通りにサウザンド・ワームに掛けた。

 絞れば少し黄色みが勝った液体が漏れ出して、それにぼたぼたと滴り落ちていく。

 適度にかけてから身を置いて、俺はまたひょいっと救って口へと運び――!?


「こ、これはぁ!?」


 何だ、これは!?


 強烈な酸っぱさと辛味のダブルパンチを喰らった。

 目頭が少しだけ熱くなった感じがする。

 しかし、サウザンド・ワームを噛み続ければこの虫の味と混ざり合い見事な調和を果たす。

 強烈に感じた酸っぱさと辛味がほどよく緩和される。

 そして、この虫の濃厚な塩味が複雑でありながら繊細な味へと変貌していく。

 三つの味がほどよいバランスで成り立っている。

 その為、俺が持つフォークは俺の意志に反して勝手に動き続けていた。


 何度も何度も皿と口を行きかって。

 皿の中身が無くなるまで俺はずっと食べていた。

 終いにはアードルングの皿の方まで伸びて行って――彼女に睨まれて正気に戻った。


「……気に入ってくれたのならいいが……私のものを横取りするなよ?」

「あ、あぁ悪い……すみませーん! 注文良いですかー!」

「はーい! ただいまー!」


 ウェイトレスさんを呼ぶ。

 そうして、俺は彼女の意見も聞かずに他の料理を注文した。

 ウェイトレスさんはにこやかに笑いながら去っていき。

 アードルングがにやにやと笑って俺を見ていた。

 そんな彼女の表情に恥じらいを感じて俺は頬を掻く。


「まぁ、その……わ、悪かったよ! ちょっとだけ偏見があったのは認めるよ……虫料理って美味いんだな」

「あぁ美味いとも、我らエルフは自然と共に生きる。故郷では更に美味い虫料理が食えるだろう」

「へぇ、そうなのか! だったら、絶対に行かないとな! もしも、アードルングが良いんだったら」

「――ダメだ」

「……え?」


 もしよかったら案内して欲しいと頼もうとした。

 しかし、彼女は俺の話しを遮るように断わって来た。

 俺は少しだけ面食らいながら彼女を見つめた。


「……行きたいのなら行けばいい……私は行けない」

「……そうか……うん、分かった。悪かったな……お、アレは俺が頼んだやつかなぁ。うぅ、待ちきれないぜぇ!」

「……すまない」


 俺は彼女が何かしらの理由があると察した。

 だからこそ、早々にこの話は切り上げた。

 アードルング顔を伏せながら小さな声で謝罪を口にした。

 俺の耳にはハッキリと聞こえていたが。

 俺は何も言わずに聞こえなかったことにした。


 ……きっとアードルングも聞いて欲しいと思っていないしな。


 言いたくない事、聞かれたくない事は誰にだってある。

 俺はそれを無理矢理聞こうなんて思わない。

 彼女には彼女の道があり、俺にも俺の道がある。

 例え、何処かで別れたとしてもそれは仕方のない事だ。


 それでも、もしもだ。

 彼女が俺を心から信頼してくれたのなら……いや、ダメだな。


 焦っているのか。

 このまま別れる未来が怖いのか。

 初めて出来た仲間なんだ。

 だからこそ、大切だと思っているから別れが嫌なのか……分かってるよ。


 俺は甘い。そして、馬鹿だ。

 情に絆され易くて、無鉄砲で。

 アードルングのような強い奴がいたらすぐに頼ってしまう。


 変わらないといけない。

 もっと強い男になる為には、己を鍛えなければいけない。


 弱い奴についていこうと思う奴はいない。

 俺がもっと強ければ自然と人は集まって来るんだ。


 ……強くなれば、アードルングも……よし。


 俺はクライド・エイマーズを助ける。

 そして、俺自身をもっと強くする。

 この二つの事を同時に達成して見せる。


 無謀だろうし、簡単には出来ないだろう。

 しかし、冒険者は逆境を乗り越えてこそだ。

 

 俺は闘志を燃やす。

 そして、目の前にいる女性に認められる男になると誓った。

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