013:魔物の戦い方
「ぐぅ! このぉぉ!!!」
全力で剣を振るう。
が、俺の攻撃は空を切った。
後ろへと跳躍し下がっていく狼のような見た目をした魔物――“レッド・ファング”を睨む。
王都から出て街道から離れてから暫く。
獲物を求めて徘徊していた奴らに発見されて襲われてしまった。
現在は“俺一人”で合計で五匹のレッド・ファングとやり合っていた。
頼みの綱であるアードルングは弓を構える事もせずに遠くから静観していた……くそ。
奴らの動きは俊敏だ。
野生の勘とも呼べるものが働くのか。
中々、俺の攻撃は奴らに当たらなかった。
ゴブリン程度なら難なく倒せるっていうのに……これが魔物本来の動きなのか?
あの時に対峙した植物系の魔物とはまた違う。
あれらはただ立っている俺に何のブラフも無い攻撃を仕掛けてきたが。
こいつらは適度な距離を取って俺の動きを惑わせるような立ち回りをしていた。
俺を中心に四方を囲んで、一瞬の隙を生み出しては噛みつきや体当たりを仕掛けて来た。
まるで、隙を伺いながら小技を繰り出すようで……やりづれぇな。
「――ッ!!」
「うぅ!!」
背後から襲い来るレッド・ファング。
その攻撃を察知し、回転斬りを繰り出した。
が、奴は俺の動きを読むように上へと飛び回避。
俺はにやりと笑いながら真上のそいつを返す刃で斬ろうと――!
横から殺気を感じた。
俺は咄嗟に、剣での攻撃を中断。
そのまま防御するように剣を構えた。
すると、そこに別のファングが襲い掛かって来た。
鋭利な牙による嚙みつきであり、甲高い金属音が鳴り響く。
カタカタと刃が揺れている。
俺は刃に嚙みついたまま離れないそいつに蹴りを入れた。
鋭く重い一撃によりレッド・ファングは短い悲鳴を上げて転がる。
俺はようやく攻撃が当たった事を喜んで――背中に強い衝撃を感じた。
「うぐぁ!?」
前方へと飛ばされる。
そこには復活したファングが立っていた。
奴は怒りのままにその爪を振るって攻撃し。
俺は地面に手をついて横へと転がるように回避した。
地面を滑りながら確認すれば、また別のファングが攻撃を仕掛けていたようで。
革の鎧が無ければ致命傷になっていたのは間違いない。
俺はあの世の師匠に感謝しながら剣を構える。
こいつらの連携攻撃は油断ならない。
息の合ったコンビネーションであり、それを可能にさせているのは司令塔の存在だろう。
十中八九が此方から距離を取って俺を見ている後方のファングがそれだ。
奴が鳴き声によって指示を仲間に出していて。
それを受けた奴らは忠実にその命令に従っている。
このまま攻防を続けていてもダメージが増えるばかりだ。
かといって闇雲に攻めればそれだけ消耗させられてしまう。
こいつらの狙いは時間を掛けて俺の体力を削る事だ。
周りへと常に意識を向けさせて消耗させて、弱ったところを喰らう気だ。
獣の見た目らしい合理的な考えだ……だが、負けねぇぞ。
「はぁ、はぁ、はぁ……どうする」
「考えるな、動け。奴らは思考する時を狙うぞ」
「そんな事言ったって――うあぁ!?」
奴らが一斉に吠えた。
それに動揺し一瞬体が硬直した。
奴らはその隙を突くように一気に迫って来た。
俺は咄嗟に回転斬りをするが、奴らは縫うように回避して見せた。
そうして、そのまま二体が俺の体に体当たりをし。
もう二体が腕と足に噛みついてきた。
「かはぁ!?」
強制的に肺から空気が抜けた。
その間にも噛みつきによってギリギリと防具が締め付けられる。
骨がへし折られるほどの圧迫を感じた。
体の姿勢が保てずに俺は地面に倒れた。
すると、奴らはそのまま倒れた俺を襲おうと――突風が吹く。
ファングたちはそのまま弾き飛ばされた。
俺は心臓の鼓動を必死に戻そうとしながら急いで立ち上がる。
そうして、剣を構えながらアードルングを見れば片手を此方に向けていた。
「あ、ありがとう!」
「礼は後だ。奴らはまだ殺る気だぞ」
「……っ」
腕と足は折れていない。
痛みを感じるが、骨だって無事だろう。
奴らを見れば、アードルングの事を警戒していた。
が、俺からも視線を外していない。
彼女のお陰で思考する隙が出来ている。
俺は必死になって考えた。
統率のとれた魔物たちとの戦いで最も重要な戦い方は何だ。
考えて、考えて、考えて――そうか!
俺は思い出した。
師匠から教わっていた事の一つであり。
集団戦をする時に相手が高い知能を持っている場合の戦い方だ。
『いいか。こいつは一度きりの戦法だ。二度目はねぇからな』
『そ、それって』
『まぁ、見てろ!』
あの日、師匠は“ゴブリン・シャーマン”が率いる群れに対してある事をしていた。
それによって奴らは一瞬にして思考を奪われた。
俺が師匠のように出来るかは分からない。
が、あの人から教わった事を活かすチャンスであるのなら――試さない手はない!
俺は剣を上に構えた。
奴らはその動きによって牙を剥きだしにして威嚇してくる。
一気に四方を取り囲まれて、じりじりと詰め寄って来る。
俺はそんな奴らを警戒しながら、掌を通して魔力を剣に流していった。
体内に流れる魔力の使い方。
武器に流す事によって耐久性を底上げし。
一撃の重みを増やす事が出来る技術。
高い集中力があれば、限界を超えた一撃を見舞う事も出来るこの技の名は――“
剣に魔力が流れていく。
俺はそれを十分に纏わせて――全力で振るう。
地面に叩きつけた事によって強い衝撃が生まれた。
それによって土煙が広がっていった。
ファングたちは動揺を露にしていて、俺はそんな奴らの隙を縫うように動く。
一直線に向かうのは少し離れた場所にいる司令塔の役割を担うファングだ。
俺は刺突の構えで剣を突き出し――肉を裂く感触がした。
「――!!」
「うおりゃあああぁ!!」
剣をねじりながら突きを繰り出す。
奴はそのまま核を砕かれて回転しながら地面に倒れた。
死体となったそれは二,三度痙攣してから動かなくなった。
俺はそのまま土煙の中で暴れている奴らの気配を探り――そこだ!
一気に駆けた。
そうして、煙から出ようとした奴らを狙って回転斬りを放つ。
奴らは俺の剣に触れてそのまま頭と体を別たれた。
ごろごろと二体のファングの残骸が転がる。
残りの二体は状況を察知したのか一目散に逃げていった。
俺は後を追おうかとも思ったが、すぐにそれを止めた。
俺たちの目的はラッシュ・ボアだ。
アイツらに構っていたら体力が保たない。
ひとまずは三体だけでも倒せて良かったと思おう。
緊張の糸が切れて、足から力が抜ける。
膝を地面に触れさせながら、俺は短い呼吸を繰り返す。
「はぁ、はぁ、はぁ……疲れるぜ。全くよぉ」
「このくらいでへこたれるな。ラッシュ・ボアはそいつらよりも手強いぞ」
「ま、マジかよ……はぁ」
近くに歩み寄って来たアードルング。
彼女の言葉を聞いて不安が心を支配しそうになった。
現在、俺たちは王都から少し離れた平原にいる。
故郷の村の周辺にいた魔物とは比べ物にならないほどに魔物たちは強いが。
それでも、ゴブリンくらいだったら俺は余裕で倒せていた。
実際、第五級かもしれないと言われていた魔物を倒して浮かれていた。
だからこそ、レッド・ファングが姿を現した時も何処か余裕があった。
少数の群れのレッド・ファングくらいなんて思っていたんだろう……俺が甘かった。
赤い体毛をした獰猛な狼のような見た目をした魔物たち。
本来はもっと規模の大きい群れとして行動していると聞いていた。
油断し切った俺は見事に奴らの連携にはまってアードルングの前で醜態を晒した。
最初はこのくらいなら楽勝だと思っていたんだ。
が、その舐め切った姿勢がダメだったんだろう。
油断を突くように奴らは狩人のように連携して攻撃を仕掛けて来た。
俺はそんな奴らの統率のとれた動きに翻弄されて攻撃を何発か喰らってしまった。
革の鎧やグローブなどで噛みつきによる傷は防げたが。
腕には少し痛みがあり、胸のあたりも頭突きをされてじりじりと痛みを発していた。
「ぐ、うぅ……いてて」
剣を杖のように持ちながら立ち上がる。
チラリと見れば、地面には俺の攻撃によって倒されたレッド・ファングたちの死体が。
自分の力で倒せたことは嬉しい……嬉しいけどよ。
「……なぁ、何ですぐに助けてくれなかったんだよ。仮にも護衛じゃないのか?」
「護衛のつもりだ。しかし、この先、お前が一人で旅を続けていくのであれば経験は積んでおいた方がいいだろう?」
「そりゃそうだけどさ……それで死んだら」
「――お前は死なせない。その前に、私が救ってやろう」
アードルングは断言する。
俺は頭を掻いてから納得するように頷いておいた。
彼女は分かればいいと言った表情をしながら、腰のポーチから何かを出す。
それは小さな小瓶に入れられた緑色の液体だった……もしかして……。
「飲め。私が調合した“ポーション”だ」
「おぉありがてぇ……うへぇ。苦いぃ」
受け取った小瓶の蓋を取って飲む。
すると、口一杯に薬独特の苦みが広がっていった。
舌を出しながら、安全な場所に下ろしていた鞄をいそいそと取りに行く。
中から大きい水袋を取り出してその中にある水を飲む。
中身で口の中を洗浄し息を吐いてみたが、まだ少しポーションの味が残っている気がした。
「……ポーションは持っていないのか?」
「え? いやぁ、それがさ。事前に用意していたんだけど……故郷の村でちょっとした事故があってさ。それで全部渡しちゃったんだよ。幸いにもそれで怪我が悪化するのを防げて全員助かったんだけど……薬草とかを採取しに行くのを面倒に思ってそのままずるずると……な?」
「……何が、な、だ……いや、大方ポーションの製作をするのが手間だったんだろ」
「いやぁ、流石はエルフ様。見事な慧眼で」
ポーションの作り方は師匠から教わっていたが。
このポーションは作るだけでも手間なんだ。
一瓶だけ作るなんて器用な事は出来ないから、一度に大量に作る羽目になる。
大釜の中に大量の薬草などを放り込んで一日中、ぐつぐつ煮えたぎる鍋をかき混ぜ続けなければならない。
マスクでも持っていれば絶対に掛けておいた方がいい。
掛けなければ薬草を煮込んでいる時の匂いで気絶するか嘔吐してしまうからだ。
一度だけ家でそれをしていた時に、異臭騒ぎになってしまって村長たちにかなり怒られたからな。
それ以来、ポーションを作る時は村から少し離れた場所にある小屋でする決まりとなった。
アードルングはやれやれと首を左右に振る。
そうして、短剣を取り出してレッド・ファングの死体に近づいた。
彼女は徐に短剣を振りかざしてずぶりとそれに突き刺す。
手慣れた様子で解体を始めた彼女を見て、俺もすぐに手伝おうとした。
「お前は休んでいろ。ラッシュ・ボアとの戦いでもお前が一人で戦う事になる。私は今回、お前のサポートに徹するからな。解体は任せろ」
「そ、そうか? なら、任せるけどよ……はぁ、ちょっと心配になってきたなぁ」
「何がだ?」
解体作業をしながら、アードルングは聞いて来る。
俺は素直にこんな事でこれから先、生き残っていけるかを聞いてしまう。
すると、アードルングはくすりと笑う。
「お前は筋がいい。経験さえ積めば、私にも匹敵する力があるだろう」
「本当か? なら、嬉しいな!」
「――だが、今はまだまだだ。兎に角、数を熟せ。話はそれからだ」
「……へい」
褒められたかと思えばまだまだだと言われてしまう。
数を熟せと言うのはごもっともであり、俺は経験不足を自覚していた。
恐らく、もっともっと魔物や手練れの冒険者と手合わせをすれば俺もきっと……!
アードルングが血まみれの手でずいっと何かを差し出す。
それはレッド・ファングの肉だった。
彼女はにしりと笑い「食うか?」と聞いてきた。
「い、いや。流石に生は……焼いたら美味いかな?」
「さぁ? 私はあまり肉は食べてこなかったからな。だが、美味いという話は聞いたことがある……どれ、少し休憩がてら朝食にしようか」
「お! いいねいいね! 腹ペコなんだよぁ。すぐに準備しようぜ」
「まぁ待て…………よし」
彼女はぶつぶつと何かを呟く。
そうして軽く指を振るっていた。
一瞬、彼女の指先から魔力を感じた気がした。
だからこそ、何をしたのかと尋ねた。
「魔除けの術だ。低級の魔物はこれで寄り付かないだろう」
「へぇ便利だな……うし、じゃ早速焚火の準備を。適当に枝とか葉っぱを拾ってくるぜ!」
「……私はサポートに徹すると……はぁ、もういい」
後ろの方でアードルングが何かを言っていたが聞こえなかった。
俺はレッド・ファングの肉がどんな味なのかを楽しみにしながら歩いていく。
苦労して狩った獲物の肉は何よりも美味い。
俺はそう思いながら、鼻歌混じりに木の生える所へ向かっていった。
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