012:不純なやる気
「それにしても、王都ってだけあって広いなぁ……アレが王様がいる城だろ?」
「あぁそうだ。城下には衛兵も徘徊しているからな。あまり騒ぎは起こすなよ」
「分かってるって……静かだなぁ」
王都の中を散策する。
宿屋を探してもいいが、まだ早いだろう。
そう考えて露店巡りを終えてからはぶらぶらと王都の中を散策していた。
甲冑を着込んだ集団は衛兵だろう。
常に周りに目を光らせており、悪さをしようとする者は少ない筈だ。
大通りを外れて、少しだけ静かな道を歩いているが。
人々の表情からは確かな平穏が感じられた。
誰しもが穏やかな生活を送っており争いなんて微塵もない。
平和だと思いながら、周りの景色を眺める。
すると、路地裏から誰かが出て来た。
俺はそいつを見て思わず立ち止まってマジマジと見つめてしまう。
あまり上等ではない服を着ている。
犬のような耳と尻尾が生えているが。
完全なファーリーではなく、ヒューマンとの混血種であると一目で分かる。
そいつは大きな樽を抱えていて、首には鉄の輪っかが嵌められていた。
凡そ、自由な人の格好ではない。
俺がそいつ反対の方向に行って離れるまでジッと見ていれば。
隣のアードルングが俺の脇を小突く。
「あまり見てやるな……ヒューマンの国では珍しくない」
「……あれが奴隷か?」
「……あぁ、孤児や罪人。あるいは人攫いによって売られた者たちだ」
「……そうか」
俺は地面を見つめながら、静かに頷く。
師匠から奴隷と呼ばれる人たちの事も聞いていた。
この世には生まれながらにして自由を奪われた者たちがいる。
その人たちは枷で繋がれて、一生を掛けて主人に奉仕する事を義務付けられる。
たった一枚の紙切れが、そいつの人生を縛る鎖になってしまう。
『いいか。お前は絶対にそいつらにはなるな。そして、同情もするな』
『……何でだよ。かわいそうじゃないか』
『いいか? 人が人として一番の屈辱はな。“憐れみ”を抱かれる事だ……かわいそうだ、つらいだろう……そういったもんはな。結局のところそいつを見下しているから出る発言なんだよ……人は人だ。そいつが本気で苦労して、本気で人生を諦めているってんなら好きなだけ憐れんでやれ。だがな、そいつが少しでも前見て歩いているんなら、同情なんかするな。そいつの為を思うのならな』
師匠の言葉を思い出す。
そうして、俺は彼の小さくなっていく背中を見ながら呟く。
「……負けるな」
「……!」
先ほどの混血種の青年の目を見ていた。
彼の目は地面ではなく前に向けられていた。
その瞳に光は消えておらず。
必死に働いて、枷を自分の力で破ろうとしていた。
頑張っている人を憐れんではいけない。
努力している人を可哀そうだと思ってはいけない。
本気を出して励んでいる人に対して出来る事は心からの
「……お前は変わっているな。負けるなか」
「……師匠から聞いていたんだ。昔と違って今を生きる奴隷たちは、頑張れば自分の力で自由を手に出来るってな……クソみたいな奴もいるだろうさ。けど、あの人なら大丈夫だ。俺はそう思った」
「そうか……時間はまだある。これから組合に行かないか? 王都を発つ前に、依頼を熟した方がいい……お前の実力を見ておきたいからな」
アードルングの言葉に頷く。
サボイアにある骨董品店に向かうのは決まっているんだ。
そこにある本はマーサさん曰く、誰もが欲しがるものではなないらしい。
何十年も前の話だから、あれば上々で無ければまた一から情報を探すだけだ。
彼女に実力を見せる事とランクを上げる為の功績を手に入れる事もしておきたい。
もしも、彼女が俺の実力を認めてくれてこの先もついてきてくれるのなら……ふふ。
「よし。じゃ行ってみるか!」
「お前に合った依頼があればいいがな」
「……何か師匠みたいな事言うよな」
「ふふ、見定めるという意味ではそうかもしれないな。実力を見せてもらえる時を楽しみにしているぞ」
「……こえぇ」
俺は両手で体を包んでぶるぶると震える。
まるで、彼女の目は獲物を見つめる狩人のそれだ。
彼女にとっては俺という存在も自らの力を高める存在というのか。
いや、単純に興味があるから知りたいだけかもしれないが……失望されないように頑張ろう。
俺はひそかにそう決意する。
彼女は首を傾げて不思議そうにしていた。
「此処が王都の組合所かぁ。へぇ立派だな」
「まぁ国の中心部ともなればな……さ、入るぞ」
目の前に聳え立つ組合所。
本部ではないもののかなりの大きさだ。
大きな家三つ分はある横幅であり、看板も分かりやすいほどにデカい。
人の流れも此処が一番多そうであり、強そうな冒険者がごろごろいる。
そいつらも俺同様に指輪を持っているが……俺よりも上だよな。
指輪だけではランクは分からない……て、そういえばどうやって他の奴はランクの違いを判別しているんだ?
俺は組合に入ろうとしていたアードルングを呼び止めた。
そうして、アードルングの指輪を見せて欲しいと伝える。
すると、彼女は自分が持っている指輪を服の中から出した……これは!
「銀製……中心には青い宝石か? これが、銀級の?」
「……あぁ“駆け出し”だからまだ説明は受けていないか……等級が上がれば、特別な指輪となるんだ……銅級から特別な魔石がつけられたものになってな……魔力を流せば、ほら」
「お、おぉ!」
宝石と思っていたものは魔石だった。
その証拠に彼女が魔力をそれに流せば、魔石の中に組合の刻印が浮かび上がる。
彼女曰く、この魔石は組合でしか使われないものらしい。
他では真似できない術式を組み込んでいるようであり、偽造を防ぐ為でもあるらしい。
「灰燼級に上がり、更に黒炭まで行けば指輪の刻印は更に複雑なものになる」
「え、じゃこれまだ未完成って事か?」
「そうだ。ランクが上がれば刻印は完成されて行く。銅級になれば、銅などで作られた指輪になり、これに似た魔石がつけられる……楽しみが増えたか?」
「あぁ、勿論だ! すげぇなぁ! 俺もいつか絶対に!」
不思議な指輪だとは思っていたが。
こんなにも凝った作りだとは思わなかった。
俺は気持ちをワクワクさせながら、何時の日か自分もこれを貰える事を願う。
いや、願うんじゃない。絶対になるんだ。
俺はそう自分自身に誓って――誰かに押される。
「邪魔だ。カス」
「あ、悪い」
「……チッ」
後から来た冒険者の一団。
俺を押しのけた奴は俺とさほど変わらない年齢のように見えたが。
何処かガラの悪そうな連中だった。
目つきが鋭く常に周りを威圧していて、冒険者たちも道を譲っていた。
俺はそんな奴らが中に入っていくのを見て、アードルングに聞いた。
「アイツらも冒険者なのか? どっちかというと悪党に見えたけど」
「……まぁ冒険者業は荒事が多い。どちらかと言えば、あぁいう手合いが多いと思っておけ」
「そうなのか……分かった。じゃ、俺たちも中に入ろうか」
アードルングは頷く。
俺は二人で組合の扉の前に歩み寄る。
そうして、扉を押して中へと入って……おぉ。
中はやはり広かった。
だが、作りはアサナの支部とはまるで違う。
綺麗に研磨されてピカピカの石の床に、受付嬢も何人もいた。
端の方では冒険者たちが魔物の素材を換金している。
依頼が貼られている掲示板も大きくて、ぎっしりと依頼が貼られていた。
多くの冒険者たちで賑わっていて、食堂らしきものまで完備されている。
賑わいの度合いが半端ではなく、俺は笑みが止まらなくなっていた。
完全に田舎者丸出しだったが。
今はそんな事を気にしていられるほどの余裕はない。
感激した様に周りを見てから、俺は掲示板の方に駆け寄った。
「スゲェ! スゲェよ! これが全部仕事なのか!? こんなにあるなんて……皆、困ってんだな!」
「……その言い方はどうかと思うが……まぁそうだ。中には別の地域の依頼もあるぞ?」
「え? そんなのもあるのか……でも、どうやって探せばいいんだ?」
「簡単だ。“右端から”見ていけ」
「……右端?」
俺はどういう意味なのかと彼女に聞く。
すると、組合での依頼の張り方は右端から順に難易度を高くしていく決まりがあるらしい。
つまり、一番右の端にある依頼は最も簡単な依頼で。
左端の依頼は此処にある中で最も難しい依頼になるらしい……そういえば。
右端に近い依頼は多いが。
左端になればなるほどに依頼の量が減っていた。
一番端にあるのは精々が二枚三枚くらいで……どんなものがあるんだろう?
俺は誰もそっちに行っていないから先にそっちを見に行く。
左端の依頼書を見て見れば、その内容は驚くべき難易度だった。
「……ど、ドラゴンの討伐……あの、伝説の?」
「まぁお前にとっては伝説だろう。冒険者にとってはドラゴンはかなり馴染み深く危険な魔物だな……力が弱くとも三級。二級だってざらに存在する……中には準一級に相当する力を秘めたドラゴンもいるがな」
「……なぁ危険種って具体的にはどのくらいに強さなんだ? いや、師匠からも聞いていたけど、今一、理解できなくてさ」
「……まぁざっくりと言うのなら、三級ならば複数人の銀級冒険者の力がいる。二級であれば金級の冒険者でも手こずるほどだな」
「え、じゃ準一級や一級は金級でも倒せないかもしれないのか?」
「まぁそうなるな……その上の白金級冒険者ともなれば、“災害級”であれども遅れは取らないが……それだけ、等級一つの違いは大きいという事だ」
俺はアードルングの言葉に頷く。
災害級とは文字通り、天変地異の如き力を持った魔物たちだ。
それに該当するような魔物が生まれれば、多くの国々が力を合わせて討伐に乗り出すほどで。
過去にもそれに該当する魔物は何度も生まれてきては、腕利きの冒険者たちが命と引き換えに討ち取って来たという。
それに対抗できるのがその白金級だろうと思っていたが……そんなにスゲェ奴らだったのか。
俺は感心しながら、ドラゴンの依頼書をジッと見つめて――!
誰かに肩を掴まれた。
そうして、思い切り引っ張られる。
体が宙に浮いて投げ飛ばされた。
俺は情けない声を出しながら、近くにあったテーブルに突っ込む。
「いててて」
「おい、大丈夫か?」
「あ、あぁ。悪かった……誰だよ!」
くつろいでいた奴らが俺を心配してくれた。
そいつらに謝りながら、俺は俺を投げ飛ばした奴に視線を向けた。
すると、そいつはさっき俺を突き飛ばした奴であった。
黒い髪を後ろで結んで。
傷だらけの鉄の甲冑に身を包んだ男。
身長は俺と同じか少し小さいくらいか。
赤い瞳は殺気に満ちており、奴はにやりと笑いながら俺を見ていた。
「あぁすまねぇな。ハエだと思って払っちまったよ」
「「「く、くくく」」」
同じパーティのメンバーなのか。
後ろに控えていた男たちはくすくすと笑う。
俺は奴が挑発しているのだとすぐに気づく。
だが、アイツを見た瞬間に力量の差はすぐに分かった。
……間違いない。アイツは今の俺よりも“強い”。
背中でクロスさせるように装備した双剣。
黒く半透明な刃であり、危険な臭いが感じられる。
血の臭いとでも言うのか。奴からは修羅場を潜ってきたと言えるだけの風格を感じた。
もしも、俺が剣を抜き放てば奴はすぐに俺を殺しに来る。
冒険者同士のいざこざであれば、どんな理由があろうとも大抵は不問にされてしまう。
負ければ死は確実であり……俺はぐっと堪えた。
「……ふ、腰抜けが……おい、退け」
「……あまり吠えるなよ。程度が知れるぞ」
「あぁ? テメェ……いや、待て。その耳、それにその背中の弓は“竜骨”の……はは、なるほどな。お前があの“
「その名は好かん。次は殺す」
「おい! 女! 隊長に向かって――っ!」
アードルングに手を伸ばした取り巻きの一人。
しかし、次の瞬間にはアードルングの手には短剣が握られていた。
彼女はその先端を取り巻きの喉に当てる。
奴らは冷汗を流しながら怯えていて……隊長と呼ばれた男が短剣を払う。
「……やめだ。お前との勝負は分が悪い。利も無いしな」
「なら、失せろ。友人が恥をかかせられて気が立っているんでな」
「ハッ! アレが友人だって? 選んだ方がいいぜ……ま、これ以上は邪魔しねぇよ。俺たちが用があるのはこれだからな」
男はそう言って一枚の依頼を剥ぎ取る。
それは先ほどまで俺たちが見ていたドラゴン討伐の依頼書だった。
周りで見ていた奴らがざわついていた。
俺自身も奴がドラゴンの討伐に臨む事に驚いていた。
男は依頼書を掲げながら高らかに宣言する。
「俺たち“銀翼”はこれからドラゴンの討伐に挑む!! こいつの推定危険度は三級だが。俺たちはたった四人でこいつを討伐するぜ!!」
「おいおい、マジかよ……でも、銀翼っていえば最近かなり活躍してたよな?」
「あぁこの前なんてたった四人で“ゴブリン・ロード”が率いる大軍を倒したって聞いたぜ!」
「それ本当かぁ? 大軍って言っても精々、百そこらだろ……でも、スゲェのか?」
がやがやと周りが騒がしくなる。
奴はそれに気分を良くして両手を広げて声高々に名を名乗った。
「俺は銀翼のリーダー。名はクライド・エイマーズだ!! ヒューマンにとって偉大な英雄、彼の“大物食いのジェローム”の子孫であり。何れ白金級の冒険者の一人となる男だ!! 俺に媚びを売るのなら今の内だぁ!!」
「ははは! そいつはすげぇや!! なら俺が酒を奢ってやるぜ!!」
「なら俺のつまみをくれてやらぁ!」
「私がしゃくしてあげるわー! 大物になったら愛人になってあげるぅ!」
奴の周りに人が群がる。
奴は気分よさげに笑いながら、そいつらを連れて食堂の方に行く。
今までの武勇伝らしきものを語っており……お、空いてる!
俺はラッキーだと思いながら、掲示板に駆け寄る。
右端の依頼を吟味していれば、ちょいちょいと肩を叩かれた。
見ればアードルングが不服そうな顔で俺を見ていた。
「どうした?」
「……悔しくないのか?」
「ん? そりゃ悔しいよ。出来る事ならぶん殴ってやりたい」
「……なら、どうしてそうひょうひょうとしていられる」
「……ま、怒りに任せても良い事は無いって知ってるからな。感情で動けば死ぬ。理性でもって己を律する……俺の考えだけどな」
「……立派だな……私とはまるで違う」
「……?」
アードルングがぼそりと何かを言う。
何を言ったのか聞こえなかったが。
アードルングの暗い表情を見て聞く事はしなかった。
能天気なふりをしながら、依頼書に目を向けて……お、これとかどうだ。
俺はアードルングに声を掛ける。
そうして、気になった依頼についてどうかと尋ねた。
「……“ラッシュ・ボア”十体の討伐か……そうだな。これくらいが丁度いいだろう」
「……ラッシュ・ボアってのも通常種だろ?」
「あぁ、そうだ。だが、こいつは動く者を見ればどんなものにでも体当たりをしてくる。動きは単調でも当たれば骨が折れるほどの衝撃だ。おまけに、体もかなりの硬さだからな。刃の角度を誤れば剣が折れる」
「……その言い方だと、弱点があるのか?」
「……言ってもいいのか?」
アードルングは試すような口調で俺に聞く。
それを受けた俺はにやりと笑って首を左右に振る。
「いや、いい。こいつで俺の実力を確かめるって言うのなら……俺自身の手で見つけてやるさ」
「ふふ、その意気だ……丁度、馬鹿のお陰で受付嬢たちも暇を持てあましている。今の内に行って来い」
「おう! じゃ、依頼を受けたら明朝に出発だ!」
俺はアードルングにそう言って受付の方に向かう。
ラッシュ・ボアとは戦ったことが無いが。
彼女はそれで俺の実力を確かめる気でいる。
だったら、俺も全力で応えるしかない。
かつてないほどに闘志を滾らせる。
それは単純に良く見て欲しいというのもあるが。
最もな理由で言えば、これで彼女が俺に惚れて……。
「ぐふ、ぐふふ、ぐふふふふ!!」
「……何この人」
受付嬢に依頼書を渡す。
凄まじく引かれながらも笑みが止まらない。
美女にちやほやされるというのは全ての男の夢だ。
『ハーレム、それは男が一度は夢見る光景……遥か遠き理想郷』
『師匠、向かいの姉ちゃんが金払えって言ってるよ』
『俺様が夢を与えてやったんだ。つりはいらねぇだろ』
『その彼氏が鬼の形相で棍棒持って立ってたよ……師匠?』
あの日の師匠は何も言わずに窓から逃げていった。
後日、その彼氏と師匠がぼろぼろになって倒れていたのは記憶に残っている。
師匠は間違っていた。
ハーレムは偉大なる夢だ。
しかし、そんなものは幻想でしかない。
多くの人に愛され愛した所で長くは保たない。
愛は向けられるものであり、向けるものではないんだ。
ちやほやされるのならいいが、此方が与えればすぐに終わってしまう。
……真に愛する人は一人。それ以外は、“ファン”というものだろう?
俺自身もあの無謀な挑戦者であるクライドのようにちやほやされる時が来る。
しかし、それよりも先にアードルングからちやほやされたい。
これが俺の闘志の源であり、魔物に挑む活力になる。
待っていろ。ラッシュ・ボア……華麗に討伐してやるよ!
「ふ、ふふふ、ふふふふ」
「……せ、先輩ぃ」
俺はくつくつと笑う。
受付嬢が怯えるのも無視し、野望を前に笑う。
そんな俺を見るアードルングに視線を向ければただひたすらに真顔であった。
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