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三日間の療養生活が終わった。
この三日間は色々とあった。
アサナの街を巡り、最初に会ったマーサさんの旦那であるビルとも話して。
一緒に酒を飲んでいたら、飲み比べで勝負をしたファーリーのムゥとも再会してしまった。
また勝負をしろと言われて戦って、再び記憶が曖昧になるまで飲み明かし。
マーサさんから今日も旦那はご機嫌で仕事をしているなんて言われた。
定住するのなら大歓迎らしく、もしも旅が終われば此処に住み込みで働く気は無いかとまで言われてしまった。
俺は考えておくとだけ言っておいた。
気は進まなかったが組合にも顔を出し。
受付のお姉さんに体は大丈夫かと聞かれて問題ないと伝えた。
応援を呼んでくれた礼を伝えつつ、三日間の療養が終わればまた旅に出るとも伝えた。
その時に、応援に来てくれた冒険者の先輩方が頑張れと応援してくれた。
色々とアドバイスを貰って、何故か酒まで奢られてしまった。
そして、また記憶が曖昧になるまで飲み明かして……全然、療養していねぇな。
何故に、酒を浴びるほど飲んで一日が終わるのか。
これでは師匠の事を言えないと思いながら。
やはり、弟子は師に似るという話は本当だと確信した。
酒飲みの血が流れていた事に少しだけ残念に思いながら。
俺はあの世の師匠に祈りを捧げておいた。
そうして、街の大衆浴場で汗を流してから宿屋へと戻って。
全ての荷物を持ったことを確認してから外に出た。
部屋の鍵を渡す時に、最初に会った宿屋の従業員である少女の“アイ”さんにも別れの言葉を伝えておいた。
すると、彼女は微笑みながら「次はきちんと隠してくださいね」と言われてしまう……はは。
乾いた笑みを浮かべながら早朝の時間にチェックアウトを済ませた。
朝霧の中で商人たちは店の準備を進めている。
マーサさんたちも準備があるというのに店の外で俺たちの見送りをすると言ってくれた。
ビルやムゥもいて、組合のお姉さんや先輩方も立っている。
彼らの顔を見ていれば、何故か少しだけ涙が出そうになる。
俺は恥ずかしさを誤魔化すように人差し指で鼻の下をこする。
そんな俺の様子を見てアードルングはくすりと笑う。
「……何だよ」
「いや、若いなと思ってな」
「……おば……ごめんなさい」
禁句が出かけた。
彼女がぎろりと睨んできたので俺はすぐに謝った。
短い付き合いであるが、この人だけは怒らせてはいけないと学習している。
二回も酔っぱらって帰って来た俺を見て、流石の彼女も呆れていた。
怒るとまではいかなかったが、無言で枕元に立っていた時は流石に震えたね。
これから目的の国へ行くまでの道中で世話になるんだ。
なるべく彼女を怒らせないように行儀よくしていようと思っておく……ま、無理だろうけど。
鞄を背負い直しながら、俺は皆に挨拶をする。
「……それじゃ名残惜しいですけど。俺たちは行きます……短い間でしたけど、お世話になりました……その、すげぇ楽しかったです! 絶対にまた帰って来るんで、その時はまた!」
「はは、勿論さ! その時はアンタの為にスイートを空けておくよ。嫌だと言ってもサービスするからね? 覚悟しなよ!」
「俺も腕によりをかけて飯を作ってやるからな! 腹空かせて来いよ!」
「ルーク! 絶対に戻って来いよ! その時は勝負だからなぁ! 次こそは俺が勝つ!」
「はは! 無理無理! こいつとお前じゃ肝臓の質が違うからな! 勝てねぇよ!」
「何を!? てめぇ如きが俺たちの勝負に口を出すんじゃねぇよ! ゲロ吐きデブ!」
「ああぁ!!? 何だと毛玉野郎!!」
ビルとムゥは朝っぱらから取っ組み合いの喧嘩を始めた。
俺たちは苦笑いをしながらそれを見つめる。
マーサさんは呆れたように首を左右に振る。
組合の職員である“マリ”さんも冷たい視線を二人に向けていた。
「……全くこれだから男は……んん! 兎に角、私たちは貴方様の帰りを心待ちにしていますから……どうか、無理はなさらずに」
「えぇ分かっています……でも、男ってのは無茶をするものなんですよ?」
「……はぁ、そうですか……では、最低限、死なないように……この仕事を続けていても、“別れ”だけは慣れませんから」
「……約束します! 俺は生きて帰ってきますよ! その時は、旅の話を聞かせます! だから、マリさんも皆さんもお元気で!」
俺は深々と頭を下げた。
そうして、大きな声で「ありがとうございました!」と言う。
「それじゃ、また何時か!」
「あぁまたな! 風邪ひくんじゃないよ!」
「お二人ともお元気で!」
「「頑張れよぉぉぉ!!」」
皆からの声援を受けながら、俺は手を振って歩いていく。
組合からの金も入った上に、森の脅威も排除できた。
橋の簡易的な工事も終わったと聞いている。
北へと向かうサーガの馬車も利用再開したようであり、先ずは馬車に乗って北を目指す事になる。
ドニアカミアを目指して北へと進み、王国の王都を通ってからサーガの馬車に乗ってそこから西へと進み関所を超えていく必要がある。
関所を通る為には手形が必要になるが、冒険者の登録を済ませた今であれば……いや、どうかな?
銅級であればすんなりと通れるかもしれない。
しかし、今の俺のランクは一番下だ。
身分などの証明は出来るかもしれないが、信用はまだそれほど高くはない。
アードルングほどにもなれば顔パスかもしれないが……。
俺は道を歩きながらアードルングに質問をした。
「なぁ、関所を通りたいんだけどさ……今の俺じゃ無理かな?」
「……無理かもしれないな。金を積めば方法は幾らでもあるが……そうだな。あと一つランクを上げれば問題ないだろう」
「あと一つ……つまり、灰燼級ってことか……上がれそうかな? 俺」
「……まぁ無理な話じゃない。正式に依頼を受けていなかったが、それでも危険種に該当する魔物の討伐に貢献したんだ。組合の記録にも残された上に、上層部にも話は通っているだろう。もっと功績を遺せれば、短期間でのランクアップも……まぁそれで功を焦るなよ。冷静さを掻けば死に繋がる。肝に銘じておけ」
「……そうだよなぁ。危険種の討伐だって運が良かっただけだし……関所を超えるまでは、ドニアカミアで滞在かなぁ」
そんな事を考えながら俺たちは馬車の停留所を目指す。
まぁその前に森を超えた先のモルミア王国の“王都デアモルミーア”に行く必要がある。
そこで準備を進めてから馬車に乗って一気にドニアカミアを目指す……事も考えたんだが。
ずっと馬車を使い続けていたら金が保たない気がする。
いや、師匠から貰ったものと組合からの報奨金もあるが。
それでも世界中を回れるほどは無いんだ。
出来る事なら節約していきたいんだがな。
しかし、安全な旅をするのであれば馬車を活用しない手はない。
街道を進んでいくとはいえ、世界中には魔物が多くいる。
いや、魔物だけならまだマシだ。
他にも夜盗や山賊だっているからな。
師匠も野営をした時に何度も襲われたと言っていた。
それを聞いていたからこそ、比較的安全な旅が出来そうな馬車を利用するのは当然だ。
「……馬車か。徒歩か……うーん」
「……馬車は距離の多い時や危険なルートしかない場合に使えばいい。それ以外なら、目的地が同じである冒険者の一団に同行するか。又は、サーガに“雇って”もらえばいい」
「サーガに雇ってもらうって?」
「知らないのか? サーガは馬車の護衛として冒険者を雇う。徒歩になるだろうが、他の冒険者もいるから安全といえば安全だ……ただ中には最低条件を定めている者もいる。ランクが低ければ弾かれるんだろうな」
「へぇ、金も貰えて安全な旅か。そいつはいいな……よし、それも利用しながらって感じでいくか!」
「まぁ兎に角、今はランクを上げる事に専念しろ。銅級にもなれば、ほとんどの国で重宝されるからな」
アードルングの言葉に頷く。
天空庭園の情報を求めてサボイアへと向かうが。
その為にも、冒険者のランクを上げておく必要がある。
先ずは、デアモルミーアへと至りそこで準備を整えて……あぁでも。
「アードルングはいいのか? ほら、途中までだしさ。俺の用事で足止めさせちまうのは……」
「別に構わない。エルフにとっては数年くらいならさほど影響はない。ヒューマンにとっての五年は我々にとっての一年だからな」
「……て事はよ。九十歳って事は……え、18なのか?」
「ふふ、まぁそうなるな……何だ。その目は」
「い、いや……俺よりも若かったんだと思って……ま、待て! 違う! そういう意味じゃねぇよ!?」
アードルングが無言で拳を上げたのを見て慌てて弁明する。
ヒューマンでは十八であっても、九十年生きている上に大人びた雰囲気であるからか。
成人を超えているものだと思っていたと伝えた。
それを聞けばアードルングは納得して拳を下ろす。
「……まぁそうか……すまない。まだお前たちのモノの考えを理解できていなかった」
「い、いや。分かってくれたならいいけどさ……でも、不思議な感じだよなぁ。九十年生きているのに、俺よりも若いってさ……何か、変な感じだなぁ」
「……怖いか?」
「え? いや、怖くはねぇよ。ただ世界は広いって思っただけさ……そんな摩訶不思議な世界なら、絶対に天空庭園も存在する筈だ。ふふ、楽しみだなぁ」
絶対に存在する。
そこへと至るのは俺とまだ見ぬ仲間たちだ。
そんな事を話せば、アードルングはくすりと笑う。
「……お前は真っすぐだな。我が里には、お前ほど夢に真摯な男はいなかった……改めて、短い間ではあるがよろしく頼む」
「おぅ! 此方こそよろしくな! それとさ。気になってたんだけど、あの時に放っていた魔法は――」
俺は馬車へと向かう中で彼女に話しかける。
気になっている事は山ほどであり、王都へ向かう間も話題は事欠かないだろう。
短い間かもしれないが仲間であり、きっと道中は飽きる事は無い。
最初に訪れた街アサナ。
そして、森での一件で知り合ったエルフの銀級冒険者イルザ・アードルング。
一月も掛かっていない内に、こんなにも濃厚な時間が過ごせたんだ。
きっとこれから先でも多くの出会いや経験を積むことになるんだろう。
不安はある。怖いとも思うさ……けど、それ以上に楽しみで仕方ねぇ!
一体、この先には何があるのか。
どんな美味い飯があって、どんな凄い奴がいるのか。
食べてみたい、会ってみたい、話してみたい。
そんな沢山の楽しみが待っているんだ。
不安や恐怖なんかで足を止めている暇なんて俺にはねぇ!
さぁ行くぜ。
目指すは天空庭園だが。
そこに至るまでの冒険も俺は楽しみだったんだ。
不幸も幸運も、丸ごと味わってやる。
そして、俺は絶対に夢を叶えて見せる。
「あばよ! アサナ! また何時か!」
「……ふふ」
拳を掲げながら街に別れを告げた。
そして、また此処へと戻る事を誓う。
最初の街アサナは、俺の脳内にある冒険譚の記念すべき一ページ目を飾った。
ヘブンリーブルー~願いを叶える旅~ @udon_MEGA
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