007:冴えわたる剣術
気持ちの良い目覚めだった。
森の中には人食いの魔物がいて、今も地中から俺たちが弱るのを待っているのに。
俺という男はこんな時でも熟睡できちまう。
我ながら中々に肝が据わっていると思いながら俺は薄く笑う。
「……よし。覚悟は決まった……アードルング。後は頼んだぜ」
「……あぁ任された……絶対に死ぬなよ」
「そのつもりさ」
背後に立つアードルング。
彼女は静かに頷いてから森の奥へと走っていく。
気配が完全に消えたのを確認し、俺は片手に松明を持ちもう片方に剣を持った。
荷物は安全な場所に隠していて、無事に魔物を倒せたら回収するつもりだ。
相手は五級危険種に相当する力を持っている魔物。
いや、脅威度で言えばもっと高いかもしれない。
そんな相手と俺は今からタイマンでやりあう事になる。
「死ぬかもしれねぇな……いや、死にたくはねぇな」
俺はにやりと笑う。
そうして、腰を屈めて――大地を蹴る。
全力で森の中を駆けながら、松明を思い切り振る。
ぶわぶわと炎が激しく揺れ動き、火の粉が辺りに飛び散っていく。
周囲の木々に火の粉が当たり、草や落ちている葉っぱにも触れていた。
「おおおおおああああああぁぁ!!!!」
意味不明な言葉を全力で叫ぶ。
まるでイカれちまった人であるが気にしてはいられない。
全力で松明を振りながら森の中を駆けて。
大声を出し続けていれば、徐々に森に変化が現れ始めた。
煙のようなものが出始めて、パチパチと音がする。
目を凝らして見れば、俺が通って来た道から炎が噴いている。
火の粉が木々に燃え移り、炎となって舞っていた。
俺の狙い通りであり、これで勝手に火の手は増していくだろう。
足を止めてから松明を振るう。
周囲を警戒しながら、親玉の登場を待つ。
俺が考えた作戦は単純明快だ。
松明を使っての森への放火だ。
これを実行するには強情なエルフ様を説得する必要があったが。
彼女も生きるか死ぬかの瀬戸際だと分かれば承諾してくれた。
「……森への放火を実行すれば、この森を住処にしている魔物も黙ってはいられない。すぐに動き出して全力で火を消す筈だ」
炎が広がっていけば、それだけ風も吹き荒れて音が大きくなっていく。
此処にいる魔物たちや獣も大きく泣き叫んでいて、鳥たちは空に向かって羽ばたいていっていた。
地中で潜伏している魔物の特徴としては地上にいる獲物を精確に仕留める為に。
感覚器官の一つが発達していると師匠から聞いたことがある。
獣であれば耳であるが、植物系であるのなら“振動”だろう。
地面を伝う根や蔦そのものが地上を歩く獲物を見つける為のものになっている。
少しの振動であっても発見できるが。
こうやって少しでも大きな声を出したり、どたどたと走っていれば嫌でも注目せざるを得ない。
恐らく、そいの蔦や根の感覚は外へと行くにつれて精度を増していく。
絶対に獲物を逃がさない為で……だけど、この状況ではそれも崩れる。
「……!」
地面が揺れる。
俺はそのまま松明を投げ捨ててバックステップで後ろに飛ぶ。
瞬間、地面から勢いよく太くて長い蔦が突き出してきた。
地面を滑りながらそれを見つめる。
うねうねと動くそれは木の幹の如き太さであり、長さは俺の三倍以上は軽くあった。
俺というこの森にとって害を与える存在。
それを見過ごせるほどこいつらは優しくはない。
森への放火は賭けであり、逃げる事が出来なければ俺の死を早めてしまうだけだが。
この魔物であれば必ず火を消す為に動くと考えた。
その考えは当たったようで煙の向こうで蔦が揺れ動いているのが見えた。
「……これで第一段階は完了……マジで頼むぜ。本当に、よッ!」
襲い来る蔦の攻撃。
鞭のように振るわれるそれを避けながら。
剣による斬撃を繰り出した。
俺の攻撃は蔦に当たり、すぱりとそれは切断できた……が、硬い。
少しでも刃の角度を間違えれば切断できない。
いや、切断できないだけならまだマシだ。
蔦の刃が食い込み抜けなければ、その瞬間に俺は武器を手放すしかなくなる。
……迂闊な攻撃は出来ないな。面倒だけど、慎重に攻撃するか。
集中力を高めて、一撃一撃に意識を割く。
無意識の攻撃で勝てるほど俺自身の経験値は高くない。
一つもミスも許されないのであれば、自分自身の意識を高めて精度を上げる他ないからだ。
俺が考えている間にも蔦の攻撃は続く。
合計で四本の蔦が振るわれて、それを回避すれば蔦が触れた地面がごぼりと抉れる。
軽く土が舞って、横から飛んできた別の蔦を屈んで回避。
そのまま背後から近寄って来た蔦に向かって一気に飛ぶ。
意表を突かれたように固まるそれに対して俺は剣を振るって――断つ。
「二本目ッ!!」
半ばから切断された蔦がぼとりと落ちる。
紫色の液体が断面から飛び散っていた。
濃い緑色のそれは虫のようにうねうねと動きピタリと止まる。
気持ちの悪い植物だと思いながらも、止まない攻撃を避けていく。
一発一発の攻撃は強力だ。
触れた地面の抉れ具合や岩を砕いたところを見たから嫌でも分かる。
なるべく攻撃を受ける事はしたくない。
どんなに優れた武器であろうとも重い攻撃を何度も耐える事は出来ないんだ。
迫る蔦を後ろへと飛び回避。
左右から迫って来たそれを上への跳躍で避けた。
「――は!?」
ずぼりと地面から勢いよく新しい蔦が生える。
それはまるで槍のように空中で静止する俺目掛けて飛んできた。
回避不能。空中ではヒューマンは身動きが出来ない――なんて事は無い!
眼前に迫った蔦。
今まさに俺の頭に風穴を開けようとしたそれ。
俺はその動きを精確に見極めて、剣を横から叩きつけた。
切断する為じゃない。打ち付けた衝撃を利用して蔦の進行方向を強制的に変える。
蔦は見当違いの方向へと飛び。
俺はそのまま地面に転がりながら着地し、間髪入れずに襲い来る蔦の攻撃を更に転がって回避した。
何度も何度も攻撃による鈍い音が鳴る。
衝撃で地面が軽く揺れて体中に土が掛かった。
口の中にも土が入ってきて、俺はぺっと唾を吐く。
……呼吸は乱れていない。が、炎の鎮火がまだみたいだな。
木々が燃えて発生した煙がうっすらと立ち込めて来た。
蔦が動いているのは地面の揺れ具合で分かる。
恐らく、火を完全に消せば残りの蔦も俺への攻撃に加わるだろう。
そうなれば、今の俺では長くは保たないだろうな……はは。
「危険な賭けだ。生きるか死ぬかなんてな……冒険って感じだな」
俺は剣を構える。
そうして、襲い来る蔦の攻撃を全て見切る。
半身をずらして回避。
そのまま蔦を一刀のもとに断ち切り。
死角から迫った別の蔦に刃を添わせるようにして受け流す。
軸足を起点に体を回転させながら、周りに目を向けた。
蔦が攻撃を仕掛けた――それを察知し、剣を動かす。
振るうのではない。
そこに剣を構えて、蔦はそこに吸い込まれるようにやって来る。
手入れを怠る事無く、磨き続けた刃。
そして、こんな日の為に地獄のような修行を続けて来たんだ。
蔦はそのまま真っ二つに切れていき。
びしゃびしゃと奴の液体が俺の体を穢していく。
俺は刃の角度を変えて回転義理で蔦を断つ。
ごとりとそれが転がっていって、俺はにやりと笑う。
「努力ってのは裏切らねぇんだよなァ!! えぇ!」
見ているか師匠。
アンタがしごいたクソガキが戦っている姿を。
アンタがしてきたことは間違いじゃない。
アンタが鍛えてくれたお陰で、俺はこんな化け物とも戦えている。
感謝している。
あの世でまた会えたのならその時はたらふく酒を飲ませてやるよ。
だから、今はただ俺の雄姿を見ていてくれ。
俺は負けない。こんな相手如きに負けて死ぬようじゃダメなんだ。
だってそうだろ。
俺とアンタの夢は――まだ終わっていないんだからなッ!!
大きく笑みを浮かべる。
そうして、その場から駆けだした。
蔦は俺を追いかけるように地面に潜り込む。
地面が揺れて蔦の気配を感じ――飛ぶ。
地面から突き出した蔦が俺がさきほどまでいた場所を通過する。
無数の蔦が俺を狙い攻撃を仕掛けて来た。
飛び、転がり、剣で弾く。
常に眼球を動かし続けながら、全ての攻撃の軌道を予測し大地を駆けた。
次だ。次だ、次だ、次だ次だ次だ次次次次次次次次――まだまだァ!!!
「ははははは!!」
声高らかに笑う。
少しでも間違えれば確実に死ぬと分かっているのに。
攻撃が当たれば軽い打撲なんかでは済まないと分かっているのに――笑いが止まらない。
楽しい、嬉しい――最高だ!
今までの努力が、今までの苦労が。
ようやく実を結んだような気がした。
何の為に剣を振るってきたのか。
何の為に血反吐を吐くまで走っていたのか――今なら分かる。
俺が今までやって来たことは無駄じゃない。
師匠が言い続けて来た言葉にも意味があった。
考えて動き。感じて呼吸した。
全ての事に意味があり、全ての努力に価値があった。
俺は心から感謝した。
あの世の師匠に感謝し、今戦っている魔物にも感謝する。
――ありがとう。お前のお陰で俺は――“本物”になれた。
四方八方から同時に襲い来る蔦。
それを全て視界に入れながら、刃の角度を一瞬で計り――全力で振るう。
軸足を起点にした回転斬り。
技名も何もない斬撃だが。
俺が今ままで何度も放ってきた技だ。
体が剣の振り方を記憶し、骨身にその時の感触が染み込んでいた。
刃はすぅっと蔦を通り抜けていく。
そうして、そのまま俺の刃は斜め下の位置で止まる。
静かに息を吐けば、ずるりと蔦が落ちて転がった。
汗が流れる。
炎の熱気と己が体温の上昇によって呼吸に熱が籠っていた。
「……気持ちいいな」
修行では味わえない心地の良い熱。
命を懸けた緊張感と習得した事全てが良い結果を招いている事実が。
俺自身の戦意を高揚させて。心臓の鼓動を強く激しくしていった。
森はざわざわとざわめき。
地面が大きく揺れたかと思えば、ずるりと無数の蔦が出て来た。
木々を押しのけて現れたそれら。
天より差す陽の光を隠すほどに伸びたそれら。
数を数えるのも面倒に感じる程であり――俺は歯を見せ笑う。
「炎は鎮火できたか? だったら、こっからが本番だ……さぁ気合を入れるぜ!」
俺は剣を構える。
瞬間、天まで伸びる蔦が揺れて襲い掛かって来た。
俺はその攻撃を跳躍により躱しながら。
眼球を動かして他の蔦からの攻撃も感知し避ける。
地面に足が触れた瞬間――また飛ぶ。
連続しての叩きつけ。
それらをぐるぐると縦に回転しながら避けて。
そのまま背後の敵の攻撃を刃を添わせて受け流し。
左右から迫る蔦の攻撃をバックステップで避けた。
まだだ、まだ来る――もっとだ。
息をつかせぬほどの攻撃。
連続して放たれる蔦の攻撃は確実に俺の体を疲弊させていく。
激しく動き続けた事で汗が噴き出して。
革の鎧の下はべっとりとしていた。
呼吸も少しずつ乱れているが、まだまだいける。
俺は死なない。
師匠との約束を果たす為に。
俺自身の願いを叶える為に――
「死んでいられるかッ!!」
蔦の攻撃を回避。
そのまま上段から剣を振り下ろし蔦を切り裂く。
そのまま別の蔦の攻撃を前に転がって避ける。
死なねぇ、絶対に。
俺は生きる。生きて願いを叶えて見せる。
心を奮い立たせ植物の魔物に果敢に挑む。
逃げ場のない戦場でも、俺の心は希望に満ちていた。
会って間もないエルフの女だが。
彼女は約束を違えないと本能で分かる。
俺の勘は当たるんだ。だから、俺は此処で待つ。
ただ、お前が来るまでに終わっても――文句はなしだぜ?
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