006:銀級のエルフとの出会い

 冷たい風が吹き、ざわざわと木々が揺らめく音が静かに響く。

 獣か魔物かも分からないような鳴き声が小さく聞こえていた。

 ざくざくと土を踏みしめながら、赤々と先端が燃える松明を振るう。

 火の粉が舞い、周囲を照らせば比較的安全そうな場所に着いた。

 

「……よし」

 

 暗く空中を漂う“魔素”が濃い森の中を彷徨う事暫く。

 何とか橋を見つけて向こう側へと渡ったものの。

 天を覆うように広がっている木々の向こう側から陽の光は完全に消えていた。

 時刻は既に夜になっており、これ以上の歩みは危険だと感じた。

 だからこそ、周りの邪魔な草を剣で切り払い。

 程よい場所に簡易的な野営地を設営した。

 と言っても、焚火用に周りの乾いた枝をかき集めて纏めて手ごろな岩に腰を下ろしただけだがな。


 松明の火で焚火に火を灯せば瞬く間に炎が燃え上がる。

 パチパチと音を立てて燃え上がる火を見つめていれば気持ちが自然と安らいでいく。

 夜風で冷えた体が温まり、俺は松明の火を土を被せて消してからそれを地面に刺しておいた。

 焚火の火だけでも周囲を照らすほどの光量であり、近くに身を潜めていた獣たちも奥へと消えていったのが分かる。


「……安全か?」


 お姉さんの忠告を聞いておいた良かったと思いつつ、俺は飯の用意をする事にした。

 今日も一日中歩いていたからそれなりに疲労が溜まっているが。

 完全に寝ずとも疲労を取る術は心得ている。

 師匠から教わった眠り方であり、魔物や夜盗の襲撃などを警戒しながら寝る方法だ。

 名付けて“半眠術はんみんじゅつ”であり、意識の半分ほどは覚醒している状態を保つ技だ。

 これさえ出来ていれば、音を殺して近づいて来る手合いにも対応できる。

 眠りが浅いから疲れが全て取れるほどの睡眠がとれなくなるのは難点だが。

 危険地帯や警戒地点での野営ではこの技術は役立つと師匠は言っていた。

 習得するまでに苦労はしたが便利な技術だと俺自身も思う。


 鞄から塩漬けにした肉の瓶を取り出す。

 蓋を取ってから肉を出して持っていた果物ナイフで切る。

 余った分はまた塩の中に漬け込んでおいて。

 切り分けた肉は水袋の中の水で軽く洗っておいた。

 

「……よしよしっと」


 鞄に掛けてあった鉄鍋を取り外す。

 良く使い古されて鍛えられたものであるが、焦げ付きなどはそれほ無い。

 焚火の上にそれを翳しながら、ゆっくりと焙っていく。

 鞄の中から油が入った小瓶を出してそれを軽く垂らす。

 油が熱されて小さく音が鳴っているのを確認し、塩漬けされていた肉をさっと置いた。

 じゅーと肉が熱される音が響き、油がぱちぱちと弾けていた。

 肉が静かに焼かれて行き、香ばしい香りが周囲に漂っていくのを感じる。

 俺は鼻を鳴らしてその匂いを堪能しながら、鉄鍋を軽く揺すっておく。

 

「良い匂いだ……っと、棒切れと石で固定しておいてっと」

 

 手ごろな石などを並べて置いた

 それにより、簡易的な台所になっていると言える状態だ。

 火で肉をあぶりながら、そっと鍋の持ち手から手を外す。

 後は焚火の熱によってじわじわと焼かれて行くだろう。

 焦げないように注意しつつ、また鞄の中に手を入れた。

 他にも街で買っていたものがある。

 それはパン屋の爺さんが売っていた“ビスケット”なるものだ。


 布に包まれたそれはほどよい厚みの焼いてカラカラに乾燥した“パン”だ。

 貴族様が食うような柔らかくて品のあるもんじゃない。

 これは専用の窯ではなく一般家庭にあるような鍋で焼かれたものだが。

 冒険者にとっては無くてはならないものだと師匠やパン屋の爺さんからは聞いている。

 師匠からは味はまぁまぁで、死ぬほど水が必要になるから。

 それ単品では食べない方が良いと言われていた。

 匂いを嗅げば焼いた大麦の匂いがほのかにした……あぁあれもいるな。


「こいつもだな……よしよし」


 鞄から小瓶を取り出せば中にはたっぷりの酢に漬け込まれた“キュウリ”がある。

 貴族様方は野菜をあまり食べないから、こういうものは市場にも多く出回っている。

 まぁ俺たちの村では鳥や豚を飼育していて祝いの時なんかは食べていたが。

 基本的には魚を獲ったり狩りをするにも領主様の許可がいる。

 美味しいパンを作るのだって専用の窯が無いから、高い金を払って貴族様から借りる必要があった。

 いや、パンみたいなものだったら“別の方法”でもそりゃ作れる。

 だけど、平民が見よう見まねで作るパンもどきは言っては何だが食えたものじゃない。

 石みたいに硬かったり、ぼそぼそでクソほどまずかったり散々だ。


 村の老人の中には美味いパンを食った事がない奴もそれなりにいる。

 食ってみたいっていう若者も俺を含めてそれなりにいた。

 だが、肝心の貴族様は俺たちの村では住んでいない。

 王都で住んでいるからこそ、パンを食べたかったら王都まで走る必要があるのだ。


「……ま、態々遠く離れた場所まで行ってパンを食いたいなんて思う奴はいなかったけどなぁ」


 幸いにも俺たちの領主様は他の貴族よりも優しい方だった。

 だからこそ、漁で獲れた魚の中で売れないようなものは勝手に食べても良いと許可を貰っていた。

 これによって俺たちの村は食糧難で苦しむ事は無かった。

 魚ばかりで飽きれば、この酢漬けみたいにそれぞれの家の人が工夫を凝らして野菜を美味しくする。

 塩なら幾らでも取れる上に、酢だって商人と塩で交換してもらっていた。

 野菜を育てている奴もいてし、無くても商人が仕入れて持って来てくれていた。

 中でも、この緑色の長細いこれはあまり人気が無かったようで。

 売れ残ったそれを安く買い取っては、こうやって酢漬けにして食っていた。

 師匠は俺が作ったこれをえらく気に入っていて、よく酒のあてにしていた。


「まさか、エールを寝かせたらすっぱい酢が出来るなんてな……遥か昔の“なまけた”神父様に感謝だな」


 俺はそんな事を言いながら、酢の中から一本のキュウリを出す。

 それを果物ナイフでスライスし、乾燥パンの上に載せた。

 手のひらサイズの飯であり、後は肉が焼き上がるのを待つだけだ。

 じゅうじゅうと音が小さく響き、周りに肉の焼ける香ばしい香りが広がっていく。

 獣が寄ってこないか心配であったが……大丈夫そうだな。


 焚火をした事によって獣たちの気配は感じなくなっていた。

 肉の匂いでつられて来るかもしれないが。

 焚火の火を消さない限りは問題ないだろう。

 俺は火で焼かれていく肉を見つめて口内に涎を溜めていき……ん?


 

 気配を感じた。

 真っすぐに此方に向かってくる何か。

 敵意や殺気は無い。

 いや、気配を態と出しているような感じがした。


 

 俺は乾燥パンを鞄の上に静かに置く。

 そうして、剣を掴みながら警戒し――森の中から誰かが出て来た。


「……組合の人間ではないな……呑気に飯を作っている馬鹿のようだが……此処で何をしている」

「……アンタ、その耳……長命種エルフか?」


 森の中から現れた人物を見て少し驚く。

 綺麗に整った顔もそうだが、その特徴的な長い耳は長命種以外にいない。

 切れ長の青い瞳に、肩まで延ばした金髪。

 俺から見て右側の方で髪を結んでおり、それが耳の前で垂れていた。

 灰色のローブを身に纏っていて良く分からないが。

 俺の直感がこの女がナイスな体つきをしていると知らせている。

 俺は突然現れた美女に少し興奮していて鼻の下を伸ばさないようにする事で必死だった。


「……問答をするつもりはない……それを寄越せ」

「……え? 腹減ってるのか?」

「違う。飯の匂いで魔物がやって来るかもしれない。私が始末するから寄越せ」

「……いや、それなら俺が食べてもいいんじゃ」

「黙れ。さっさと寄越せ」


 女は片手を俺の前に出す。

 さっさと寄越せと目で言ってきているが。

 俺は何故か、女が少しだけ必死になっているような気がした。

 見たところ武器として弓と矢を持っているだけで食料は持っていなさそうだった。

 少し目の下にクマもあるように見えて……あぁなるほど。


 何となく事情を理解した。

 俺は何も言わずに焼いていた肉を見る。

 すると、女は舌を鳴らす。


「待てよ。生焼けなんか食ったら腹を壊す……よし、良い感じだ」

「……」


 俺は肉が焼けた事を確認した。

 それを指でつまみ上げて、置いておいた乾燥パンの上にさっと載せる。

 そうして、別の乾燥パンで挟み込んでから物欲しそうに見ていた彼女に渡した。


 エルフの女の子はひったくるようにそれを奪う。

 そうして、じっくりと見てから齧り付いていた。


「……!」

「美味いか? 慌てず食えよ」

「……うるさい」


 彼女は俺に背を向けて食べ始めた。

 俺はため息を零して首を左右に振る。

 もう一度、瓶から塩漬けの肉を取り出し切って水で洗う。

 既に十分熱せられた鉄鍋の上に置いてじっくりと焼きながら、酢漬けのキュウリも出して切り分けて。

 乾いたパンの上に並べて静かに待ち……“虫の鳴く音”が静かに響く。


 俺はくすりと笑う。

 

「……ちょっと待ってろよ。すぐに作ってやるからな」

「……っ」


 女は無言だった。

 しかし、恥ずかしかったんだろう。

 長い耳は赤くなっていた気がする。

 俺は何も言う事無く、彼女の分も用意しておくことにした。


 肉が焼けていくのを見ながら、焚火に枝を入れておく。

 時折、焚火の中をつつきながら俺と彼女は無言のまま時間を過ごした。


「……何も聞かないのか」

「聞かねぇよ。自分で話したくなったら言えばいいじゃねぇか。言いたくないなら、それだけだろ?」

「……そうだな」


 エルフは此方を向く。

 そうして、俺の横の岩の上に腰を下ろした。

 一緒に焚火を囲いながら、静かな時間を過ごしていく。

 肉は丁度いい感じに焼けて、俺は流れるように飯を作る。


「ほい。熱いから気をつけてな」

「……ありがとう」

「おぅ!」


 彼女は少しだけ警戒心を解いてくれたようだ。

 俺は笑みを浮かべながら、自分もようやく飯が食えると喜ぶ。

 ゆっくりと肉と野菜が挟まれたそれを見つめて一口齧る。

 パリパリと音がして、噛めば肉汁とキュウリの汁が混じりあう。

 何度も何度も噛んでいれば、酢の酸っぱさと肉の塩味が何とも言えないバランスだと思った。

 パン自体は砂糖を使っていないから味はそこまでしないが。

 大麦そのものの甘みが出ていて優しい感じがした。


 どの素材も安価な値段で手に入るものばかりだ。

 癒しの宿で食べた高級料理の味には遠く及ばないだろう。

 しかし、俺はこういう素朴な飯だって大好きだ。

 何か冒険者になったって感じがするしな……ふふ。


「……何を笑っている」

「あ、いや……実は俺、旅に出たばかりでな。こういう時間ってのが冒険者って感じがしてな。ちょっと嬉しくなったんだ」

「……若いな」

「え? わ、若いって歳は変わらないだろ!」

「……九十歳だぞ。私は」

「……お、おばあちゃ――ぼべ!?」


 俺の発言に気分を害したのか。

 エルフの女は見事な張り手をかましてきた。

 俺は顔をぐぎりと回しながらも何とか姿勢を戻す。

 そうして、悪かったと謝れば「次は無い」と脅される……り、理不尽。


 じんじんと痛む頬を摩りつつ、残りの分もぺろりと平らげる。

 用済みとなった鉄鍋を火からのけて軽く水を掛けておいた。

 じゅーと蒸気が上がるそれを脇に置いて放置する。

 明日の朝に洗って布で拭いておけばまぁいいだろう。

 喉が少し乾いていたので水を軽く飲んでから、エルフにも無言で渡す。

 すると、少し躊躇いながらも受け取って中身を静かに飲んでいた。


 ゆっくりと口元を拭ってから、水袋を俺に返す。

 俺はそれを受け取ってから鞄に掛けておいて、静かに火を見つめた。

 だけど、思い出したように顔を上げて不安そうな彼女を見つめる。


「そういえば名乗ってなかったな。俺はルーク・ハガードだ。冒険者の卵ってやつだな」

「……イルザ。イルザ・アードルング……銀級の冒険者だ」

「――ぶほ! ぎぎぎぎ銀級!? マジか!?」

「……声が大きい……あまり騒げば魔物を刺激するぞ」

「す、すまん……って、何で銀級がこんな所に? 何かの調査か? いや、言いたくないなら別にいいけど」


 俺は思わず疑問を呟いてしまう。

 慌てて言いたくないのならと言ったが、アードルングはゆっくりと説明を始めた。


「……私は組合からの依頼でこの森の調査に来た……元々、此処を拠点にするつもりだったのもあるが」

「この森を拠点って……いや、エルフは森の中で住んでるって聞いたことあるし。こういう所に慣れてるのか?」

「……まぁそんなところだ……最初はなんて事の無い依頼だと思っていた。しかし、その油断を突くように“あの化け物”が私の寝込みを襲ってきた……一瞬だった。火をつけていれば安心だと思っていたが。それが間違いだった……同じような依頼を受けて此処に来た黒炭級の奴もいたが。そいつらとの連絡も途絶えてしまってな……恐らく、この森から出る事は出来ない」

「…………へ? で、出られないって…………な、何で?」


 俺は間抜けな声を出してしまう。

 馬鹿丸出して疑問を口にすれば。

 森から抜け出そうとした冒険者の持っていた荷物の一部が転がっていたらしい。

 中へと入る分には安全で、外へと出ようとすればするほどに危険度は増すとアードルングは言う。


「そ、そんなのありかよ……受付の姉ちゃんはそんなこと……」

「当然だ。我々が依頼を受けたのはまだ一週間ほど前だ。組合も、森の隅から隅まで調べるのに時間が掛かっているとしか思っていないんだろうな……少なくとも後三日は経過しなければ組合も不信に思わないだろう……まぁ何も知らない者が助けに来たところで死体が増えるだけだがな」

「で、でもよ! 人食いの化け物が出るってのは聞いてたんだぜ!? それはどういう事なんだよ!」

「落ち着け……それはあくまで噂だ。森に入ったであろう人が消息を絶ったからだ……組合としてはこの森で事件が発生した事を裏付けるだけの情報を欲していた。もしも、何も無ければ人攫いによる犯行だと仮定し別の場所の調査をするつもりだったんだろう……その受付嬢も本来であればお前を止めたかったはずだ。しかし、ただの受付嬢は冒険者の行動を理由も無く阻害する事は出来ない決まりがある。過去にそれで問題が出たからな」

「マジかよ……はぁぁぁ、運が良いと思っていたのに……こんなのありかよ」

「……」


 俺は両手で顔を抑える。

 まさか、初っ端に訪れた森の中で恐ろしい目に遭うなんて誰が想像できるのか。

 いや、一流の冒険者であれば噂が立っている時点で迂回する事を決めていたかもしれない。

 この結果は俺の未熟さが招いたもので……よし!


 両手を顔から離す。

 そうして、思い切り両頬を叩いた。

 じんじんと頬が痛みを発していて、それを見ていたアードルングは少し驚いていた。

 

「反省と後悔終わり! よっしゃ、それじゃ対策を考えようぜ!」

「……切り替えが早いな……お前は見込みがありそうだ」

「お、そうか? 銀級様のお墨付きなんて頂いちまったら、俄然やる気が出るぜ!」


 入ってしまったのなら仕方ない。

 嘆き悲しんで後悔しても状況は悪くなるだけなんだ。

 だったら、早々に切り替えて今できる事を全力でする他ない。


「それで、その魔物はどんな奴なんだ? 姿とか推定の危険度とかさ」

「……姿は恐らく植物系だと思われる。地面から無数の蔦が伸びてきて襲われた……危険度は現時点では恐らくは“五級危険種”相当だろうな」

「……五級危険種なのか? てっきりもっと上かと思ったけど……」

「いや、魔物の戦闘力のみでそれだ。こいつの厄介なところは我々を絶対に侵入者を森から出さないところと。本体の姿を晒さないところにある。もしも、核さえ見つかっていればこうも手こずる事は無かった……蔦を幾ら攻撃しようとも、本体に入るダメージはそれほど高くはない。おまけに、この森にあるもので人が食べられるものは限られている……恐らく、奴の習性からして獲物が弱ったところを襲って捕食するタイプだろう……魔力の感知にも長けているかもしれないと考えてみて魔力を極限まで抑えてみたが、それでも奴は私を発見できた」

「魔力感知タイプじゃねぇってことか?」


 俺は純粋な疑問を口にする。

 彼女は首を静かに左右に振る。


「いや、そうでもない。魔力を出している状態の時は全力で私の進路を塞いできたり、執拗なまでに私へ攻撃を加えてきたが。魔力を抑えた状態であれば攻撃の頻度は減り、外へと出ない限りは攻撃もして来なくなった……恐らく、魔力の量によって相手への攻撃パターンが違うんだろうと思う。ただ、“それ以外の方法”で対象の位置を特定しているのだろうな」

「なるほどねぇ……大体わかって来たな」


 俺は顎を指で摩る。

 そうして、自分の考えについて言ってみた。

  

「……てことはさ。外に出る事さえ出来れば、何とかなるって事だな」

「……? 何故、そう思う」


 俺は純粋な考えを抱く。

 それは、アードルングの説明を聞いてたから思いついた事だった。


「いや、幾ら身を隠していて蔦でちまちま攻撃するって言ってもよ。事情を説明して人を呼べさえすれば組合がすぐに対策を練るだろ?」

「……それはそうだが。数が増えたところでさほど意味はない」

「いやいや、そうでもないぜ? だってさ、地中に身を隠しているって言うのなら……そいつらはどうやって俺たちを判別していると思う?」

「……? ……いや、言いたい事は分かる……だが、そう断定するのは……」

「……まぁ、分からないさ。だが、確証を得るまで待つ事は無理だぜ?」


 時間を掛けていればすぐに終わりが来る。

 例え、助けが来るまで待てたとしても。

 何の準備もしていない冒険者が来たところで死体が増えるだけだ。

 そいつらは森の中だからこそ、食料だってそれほど持ってこないしな。

 これ以上の人数が増えれば、それだけ食料の減りは早くなる。


「まぁ、仮にそうだとしてもさ。現時点ではそいつを地中から引きずりだす事は出来ねぇ。それを出来る魔術だって俺たちは知らない……だけど、俺たちには“これ”があって、屈強なヒューマンの男たちだけでもいれば色々と出来るだろ……分かるか?」


 相手は得体の知れない魔物だ。

 この森の広さはそれなりにあり、敵がどれほどの規模なのかは不明なんだ。

 例え、可能な限りの人数をかき集めて俺が考えた計画を実行したところで意味はないかもしれない。

 

 でも、もしも当てが外れていても逃げる事くらいなら出来るだろう。

 大勢の人間を相手にした上に、俺の計画を実行すればそれだけで奴の探知は狂う事になる……ふふ。


 俺はにやりと笑う。

 すると、アードルングは重い息を吐いて首を左右に振る。

 

「……はぁ、分かった……だが、誰が外へ行く? そもそも、外へ行くことこそ難しいんだぞ?」

「あぁ、それなんだけどよ……ちょーっとエルフにとってはまずい気がするけど……耳、貸してくれ」

「……?」


 俺は手招きをする。

 彼女は言われたとおりに耳を向けてくれた。

 俺はそんな彼女に俺がやろうとしている事を告げた。

 瞬間、彼女は俺から離れてキッと睨みつけて怒りを露にした。


「神聖な森にそんなことッ!!」

「おおお落ち着けよ! 大丈夫! 多分だけど、奴さんだってそれを放置なんかしねぇよ! 俺とそれに気を取られている隙に、アンタが!」

「……くっ!」


 悔しそうに拳を握るアードルング。

 エルフは森と共に生きると言われている。

 例え此処が彼女の故郷でなくとも、それをするのは気が引けるんだろう。

 そもそも、他の冒険者の連中だってその考えはあったかもしれない。

 しかし、実行に移せなかったのはこの森が領主か国の管理する土地だからだろう。


 ……貴族様の土地は理由があっても荒らしちゃいけねぇしな。


 国によっては重罪だ。

 場合によってはその貴族様の独断で処刑される事もある。

 まぁ木の実を貰ったり、川で魚を獲るくらいならバレない限りは問題ないだろうがな。

 

 そういう理由も含めて、冒険者たちは火を放つ事を躊躇った。

 そして、森の魔物の養分にされちまたんだろう。

 だが、命が掛かっているのに罪を恐れている場合ではない。

 あくまで、俺が計画したことで俺が実行するんだ。


 彼女にそれは絶対にさせない。

 あくまで俺が囮として実行する事を伝えた。


 彼女はゆっくりと怒りを鎮めていく。

 そうして、どかりと岩の上に座ってから俺を見つめてくる。

 嫌そうな顔であるが納得してくれたようだった。


「…………分かった。背に腹は代えられない…………だが、そんな事をすれば敵は怒り狂うぞ? お前は私たちが来るまで耐えられるのか?」

「あぁ耐えてみせるぞ! こう見えても、生き残る事に関しては俺は天才なんだぜ?」

「……どう見えると言うんだ……だが、現状ではそれが一番の方法なんだろう……分かった。実行しよう……ただ夜はダメだ。魔物は夜の方が力を増す。お前の考えが正しければ、陽が出ている間であれば他の獣も活動し、お前の行動も幾分かはしやすくなる筈だ。実行するのなら明日がいい」

「うし、じゃ明日だな……あぁ疲れてるだろ? 火は俺が見張ってるから寝ておけよ」

「いや、私が火の番をする。明日は私よりもお前の方が大変なんだ。今のうちにしっかりと英気を養っておけ」

「……そうか? なら、そうさせてもらうぜ……やっぱり、眠いは眠いからなぁ。はぁぁ」


 俺は欠伸を出しながら、岩から腰を上げる。

 そうして、適当に地面に横になった。


「そんじゃお休み……成功を祈っておくぜ」

「あぁ私も祈っておこう……死ぬんじゃないぞ」

「へ、当たり前だ」


 俺は鞄を枕にする。

 そうして、ゆっくりと瞼を閉じた。


 冷たい風が吹いているが。

 火が焚かれているから温かい。

 俺は心地よい睡魔に身を預けて。

 静かに闇の中へと意識を沈めていった――――…………

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