004:最初は誰でも白蝋級から

「食った食ったぁ……げふ」


 癒しの宿での食事を終えた。

 あの後、体を清めてから出ようかとも思ったが。

 流石にそこまで図々しい事は出来ないと考えてそれはやめた。

 マーサさんに見送られて俺は宿を出て、この街にある“冒険者組合”を目指す。


 昨日のスライムの粘液や核の換金を済ませておきたいのもあるが。

 一番の理由は冒険者としての登録と組合が発行しているであろう“最新の地図”が欲しかった。

 地図は専用の紙を使っているからかなり高いと思われるが……金貨一枚で足りたらいいけどなぁ。

 

 目的は決まってこれからサボイアを目指して旅をする事になるだろう。

 隣国のカシータから行く方が近い事は近いかもしれない。

 しかし、マーサさんが言っていたようにあそこは今少し物騒何だろう。

 戦争にまでは発展しないだろうが、あまり旅人は歓迎されないらしい。

 となると、残る道はドニアカミアから行くルートだけだ。


 ドニアカミアと言えば、それなりの国土を有する王国で。

 食料は豊富で経済の面でも安定していると風の噂で聞いたことがある。

 中でも、質の良い魔石が採掘できるそこそこ大きな採掘場が幾つかあるらしい。

 もしも魔石が欲しいのであれば、ドニアカミアで買えば比較的安いだろうな。


 “光源用”に“保温”に“保冷”に。

 魔石の効果は単純であるものの、多くの場所で大勢の人間が使っている。

 かくいう俺も火起こし用と光源用の魔石は持っている……小さいけどな。


 師匠のお古であるがまだまだ現役だ。

 保冷や保温は寒かったり暑かったりする場所では重宝しそうだが。

 それらは食品の鮮度を保つ目的で使われたり、冷めた食品を温める目的で飲食店の人間が買い占める傾向が強い。

 だからこそ、市場に出回っているものでもそれなりの値段がする筈だ。


 ……まぁ俺には必要ない。確かに食べ物を長期保存出来たりするのは魅力的だがな。


 冒険者は硬いパンと干し肉だけで案外やっていけるものだ。

 師匠から受け売りであり、俺は笑みを浮かべながら一つの建物の前で足を止めた。

 扉の上に掛けられた大きな看板には“冒険者組合・アサナ支部”と書かれていた。

 大通りに面した場所に建てられていて見つけやすかったな。


 俺は意を決して扉を押して中へと入る。

 すると、人は疎らにいたようで何名かが俺を見て来た。


「……」


 ぐるりと辺りを見渡しながら中へと入っていく。

 俺が想像していた通りの冒険者組合が此処にある。

 荒くれ者と言わんばかりの強面面の男たちが酒を飲み。

 掲示板には依頼らしきものが……おぉ!


「これ羊皮紙か!? こんなに沢山……ぁ」

「「……ぷ、くふふ」」


 掲示板に張られているものに驚いてしまった。

 そんな俺は完全に田舎者であり、先輩方は笑いを堪えていた。

 俺は少し顔に熱を感じながらも、こほりと咳ばらいをして受付に行く。

 受付には可愛らしい顔立ちの女性が立っていた。

 歳は俺よりも下なのか、まだまだ幼さを感じる容貌をしていた。


「あの、冒険者登録がしたくて……今、大丈夫ですか?」

「はい。承っております。それでは此方の紙に必要な事項のご記入をお願いします。もしも、文字の読み書きが難しい場合は私が代筆しますが。よろしいですか?」

「あ、大丈夫です……あの変な質問なんですけど。紙ってたくさん手に入るようになったんですか?」

「ん? いえ、羊皮紙はこの国でも貴重なものです。ただ、組合の方では専用の魔石を所持している事もあり。登録書や重要な書類以外……つまり、彼方の掲示板に張られているような依頼書に関しては書かれた内容を“消して再利用”をしています」

「え、じゃ依頼を達成した時とかって記録に残さないんですか?」

「いえ、そちらに関しては“紙以外”の別の記録媒体にて依頼達成時の情報を纏めて保存し、組合全体で情報の共有をしています。あくまで、冒険者の方々の目に入らなくなるだけなのでご安心を……と言っても、組合自体が国からの援助を受けておりますので。まぁ羊皮紙に関してはどこの支部でもある程度補充はされているんですけどね」


 受付のお姉さんの言葉に感心した様に頷く。

 依頼を紹介する為には羊皮紙を使うのが一番いい。

 俺の村では紙が無いからそこいらの木の板に師匠が教えてくれた画材を使っていた。

 卵の殻を細かくすり潰し、水と余ったライ麦の粉を少量を混ぜ合わせて棒状に固めたものだ。

 真っ白であり、少し強度に難があったがそれでも良く書けたものだ。

 今でも鞄に持ち歩いているが、此処でそんなものを見せたら笑われるだろうか?


 俺はそんな事を考えながらも、必要な事項を記入していく。

 渡された羽のついた筆は初めて握ったが、俺の持っている白棒よりも書きやすい。

 インクをつけて書くことは知っていたが癖になりそうだった。

 さらさらと気持ちよく文字を書き終えてお姉さんに渡せば、彼女は確認を終えて頷く。


「はい。大丈夫です……では、登録費として銀貨三枚を頂戴します」

「あ、はいはい……と三枚ですね」


 鞄から金の入った袋を出す。

 中から銀貨三枚を取り出して差し出せば、お姉さんは「丁度頂きます」と言って金を受け取った。

 カウンターの下から何かを取り出してから、それを俺に渡して来る。


「では、此方が登録の証となる“冒険者の指輪”になります。決して無くさないようにお願いしますね」

「おぉこれが……因みに無くしたら?」

「その場合はすぐに最寄りの組合にご報告を。新しいのをすぐにご用意しますが、代金として銀貨三枚を別途頂かせていただきます」

「なるほど……あの知り合いに冒険者がいて聞いたんですけど。これさえあれば、いろんなサービスが受けられるんですか?」


 俺は師匠から聞いていた話を思い出す。

 冒険者の証を持っていれば、それだけで多くの人間から一定に信頼を得られると。

 医療施設での治療費が安くなったり、宿代がただになったりと……半信半疑だったけどな。


 受付のお姉さんは目を丸くする。

 その反応の所為で俺はやっぱり師匠が俺を揶揄ったのかと思った。

 すると、お姉さんはハッとして笑みを浮かべる。


「はい。そのような事もあります。ただ、一定のランクに達した方のみが受けられる事がほとんどですね。ハガード様は冒険者になりたてですので“白蝋級”となりますが。組合では冒険者の皆様の功績によって級を上げさせて頂きます。勿論、問題を起こせば級が下がったり場合によっては冒険者の資格そのものが剥奪されますが……そうですね。先ずは銅級を目指してみてはいかがでしょうか? そのランクであれば、多くの国々への出入国においても問題がなくなると思います」

「……銅級……えっと、因みにランクってどれくらいあるんですか?」

「はい。全ての冒険者様の始まりである白蝋級。その上が“灰燼級”で、更に上が“黒炭級”です。此処までは努力さえしていただければ全ての人にチャンスがあります。が、“銅級”以上のランクともなれば努力だけではどうしようもありません。“銀級”であれば、一流の冒険者の方々ばかりで国にとっても注目せざるを得ない程です。更に上の“金級”ともなればそれはもう……ふふ」

「へ、へぇ。それは凄いなぁ……まさか、それより上があったり?」

「……ずばり、あります……“白金級”と呼ばれる伝説の存在のみがなれる幻のランクが……しかし、現時点ではこのランクに達した方は僅か二十五名だけです。それもその半数以上が既に天に召された大昔に生きていた方々なので……なりたいですか?」

「え!? いや、まぁ……そりゃあねぇ」


 なりたいかと言われればなりたいだろう。

 伝説の存在だなんてものはそれこそ誰でも知っている“勇者様”だろう。

 それほどの存在になれば、さぞや女子供からちやほやされる筈だ。

 黄色い歓声ばかりであり、酒池肉林を極める事だって……。


「ぐふ、ぐふふふ、ぐひひひ」

「……まぁ夢を壊すようで申し訳ありませんが。流石に白金級になれる事はないでしょう」

「え、いや、そこはもっとさぁ……ねぇ?」

「いえ、無責任な発言をしてハガード様を無謀な人にしたくはありませんので……おほん! 兎に角、これで貴方様は冒険者の一人なのです! さぁ頑張って依頼を熟しましょう! そして、目指せ銅級冒険者です!」

「おぉ! そうだ! 目指せですね!」


 俺はグローブを外して指輪を指に嵌める。

 それを天に翳して確認した。

 鉄製のリングであり、その中心には組合のマークが刻み込まれていた。

 丁寧に掘られた剣と盾のマークで、俺はそれを見つめて笑ってグローブを嵌め直した。

 そうして、腰で腕を構えながら闘志を燃やした。

 受付のお姉さんは「早速、依頼を受けますか!?」と聞いて来る。


「いや、今日はいいです……あ、スライムの体液と核って換金できます?」

「……はい。では、品を此方に」


 お姉さんはスンと真顔になる。

 俺は鞄からスライムの体液と核が入った瓶を出した。

 お姉さんはそれをあらゆる角度で見つめていた。

 時間を掛けるのかと思っていれば、お姉さんは金額を提示してきた。


「そうですね。銀貨一枚と半銀貨一枚でしょうか」

「……安くない?」

「いえ? 適正価格ですよ……スライムの粘液が銀貨一枚で、核が半銀貨一枚相当の価値ですね。はい」

「え、核の方が安いの?」

「えぇまぁ核と言ってもスライムですし……それに、一日経過してますよね? 完全に密閉した瓶でも無いですから、少し劣化が見られますよ」

「あぁ、そうなのか……ま、いいか。それじゃそれでお願いします!」

「はい、では……此方になります」


 お姉さんから渡された金を受け取る。

 それを袋に入れてから紐で縛る。

 

「あ、それと地図って買えますか?」

「あぁはいはい。周辺国を含めたものでよろしいですか? まさか、世界地図ではないですよね」

「え、あぁ……そうですね。周辺を含めたもので」

「ですよね……はい。此方になります。価格は銀貨一枚です」

「……あれ? 安い気が」

「……ふふ、冒険者登録をしていただいた方にはお安くする決まり何です。もし帰られるのであれば教えるつもりでしたがね」


 お姉さんはウィンクをする。

 俺はそれはありがたいと銀貨を渡す。

 彼女は「確かに」と言って地図を渡してくれた。

 俺はそれを丸めてから鞄に入れておいた……よし。


「じゃ俺はこれで……多分、次に会う時は十年後ですかね」

「……もしや、何処かを目指して旅を?」

「えぇまぁ……何か?」

「いえ、恐らく北を目指すと思いますが……その、“迷いの森”には十分に注意を。危険な魔物の………いえ、くれぐれも“夜は火を絶やさないように”……可能ならば、森を避けた別のルートで北を目指す事をお勧めします」

「……? 分かりました」


 お姉さんからの忠告をしかと聞く。

 そうして、俺は鞄を背負い直して去っていった。


「あいつあの森に……そういえば“あの女”もか?」

「あぁそうだ……まぁあの女は……だからな。問題ないだろう」

「……?」


 ひそひそと話をしている冒険者たち。

 俺はそれをチラリと見てから支部の外に出た。

 朝飯をたらふく食べて、時刻もまだ昼前だ。

 十分な睡眠も取れているから出発しても問題ない。


 雲一つない青空を見つめる。

 そうして、パンと頬を叩いてから前を見て歩き出す。


 俺の冒険は始まったばかりだ。

 記念すべき最初の街アサナとはこれでおさらばだが。

 もしも、俺が夢を叶える事が出来たのなら。

 その時は“愛する人”と共にもう一度訪れたいと思っていた。


「愛する人か……うふふふ」


 片手で口元を抑えながらにやける。

 周囲を通る人たちは俺を不気味そうに見ていたが無視する。

 俺は気持ちよく大股を歩きながら、先ずはドニアカミア王国を目指す事にした。

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