第8話

「…若様…俺は」

喋ろうとする俺を制し、そっと俺の髪を離して。

ひさびさに呼ばれた、と彼は苦く笑う。

「ルシアス。俺をその『名』で呼ぶな」

主の意味深な言葉にはきちんとした訳がある。公爵家に伝わるルールが。


この国の貴族の男子は皆『二つ名』を持っている。ファーストネームとミドルネームならば珍しくもないが、この国のそれは他国にない独自のもの。

父親から与えられるファーストネームと、母親から与えられるミドルネーム。

父親から与えられる名は『真名』。公式なものとされ生涯使われるが、母親からのそれは十八に成人した時に非公式なものとなる。貴族どうしの婚姻で女系に力を持たせまいとする古くからのしきたり。

『ヴィットリオ』と言うのは彼のミドルネーム。

だが十九の主に側近の俺が使う事は本来なら許されない。公爵家に伝わるもう一つの掟があるからだ。

公爵家の長子を『真名まな』で呼べるのは父親である公爵と“影”、そして王族のみ。父である公爵様を除き、主を公的にも私的にも『ティレージュ様』と呼べるのは、俺だけだ。

そして他の貴族もまた、位の高低、男女の区別なく、非公式な“通し名”と呼ばれるミドルネームしか呼べないのだ。使用人もまたしかり。

だからこそ。

『テイレージュ』ではなく『ヴィットリオ』と呼んだ、その俺の呼び方から主は俺の感情を察した。

主の環境の変化に苛立つ俺を。


先ほども述べたように、主が十八になるまでは、ただ懸命に七歳下の主を護ってきた。

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