第6話

俺は一つ、め息をつく。

「若様」

呼び掛けるが。バルコニーに続く大きな掃き出し窓の片方にもたれ。肩にかかる銀の髪の先を指先でもてあそんでいる若者は無言だった。

「………“ヴィットリオ様”」

ふと、俺の呼び掛けた言葉に。顔もあげずに応じるのは、実に不機嫌な声。

「……。マリエットにも困ったものだ。母上が何も言わないのを良いことに。近頃口うるさくて叶わん」

髪の先に視線を落としたままの彼こそが。

俺の『主』──。

「迎えに来た。女のおかげで剣の時間が四半刻(三十分)も遅れたぞ」

「あまりにうるさいようなら奥様に申し上げます」

「…」

マリエットには悪いが彼に意見する気などなかった。目の前の銀の髪、碧眼の若き主の意向こそが第一。彼の望まぬ事はさえぎる。

それが俺の役目だ。

今日もそのつもりだった。

先ほど意識的にした、ただ一つの『事』を除いては。

「参りましょうか」

俺は彼をうながした。

確かにいつもより遅い時刻だ。

「窓から出れば平気でしょう」

幸い俺の部屋は一階。この主はしょっちゅう出入りしている。

だが。迎えに来た、と言ったその口で、彼は俺をその場にとどめた。

「さっき、俺をなんと呼んだ?」

「……“ヴィットリオ様”と?」

「…ふうん」

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