2.~公爵家~

第4話

「…ットリオ様、ヴィットリオ様~!」

その日もけたたましい女中頭のマリエットの声で公爵家の朝が始まった。

自室の扉を細く開け、そっと廊下を覗くと、小太りという枠におさめるにはかなり無理のある大女が片手に幾つかの衣装をかけ、動くというよりは転がるような動作でキョロキョロとあたりを見回していた。

「どうした?」

と声をかけると。

「ルシアス!全くどうもこうも!」

彼女は振り向いて俺の姿を見つけると、ちょこちょこと駆けよってくる。

「ここのところ毎朝だな。賑やかなことだ」

「好きでにぎやかにしてるわけじゃありませんよ」

マリエットは俺の言葉に勝ち気な顔をする。

実際、この女はかなり負けん気が強い。知性がそれを下回るのが玉にキズだが。

別に俺は気にしていないが、マリエットは平民、俺は曲がりなりにも伯爵の息子。身分が違うのだからと、周りがどんなに名前の下に『様』をつけろとさとしても、いつの間にか抜けてしまう。

「“あの御方”がお逃げにさえならなければ、私だって静かになります」

額ににじんだ汗をぬぐいながらマリエットは続ける。

「ヴィットリオ様はこの公爵家の御長男。ゆくゆくはこの家の主となられる方。もう十九。奥様だって探さなければいけない年ですよ。それなりにふさわしい格好が有るはず。それなのに、私がこの頃お着替えを持ってあいさつに伺うと必ず逃げてしまわれた後」

この頃マリエットはすぐこれを言う。

「追いかけるから逃げるんだろう。長年の付き合いだ。あの方の性格は分かっているだろうに。家にいる時は軽装で十分では」

それに、その片手に掛けた飾りばかりビラビラとついた趣味の悪い衣装が主に似合うとは、お世辞にも思えないのだけれど。

色。無駄な装飾の多さ。主の好みに一つも被らぬお仕着せ。あの方が着る訳がない。

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