第6話


 その光景を見たシャーロットは愕然とした。

「な、な、何なんだあれはぁーッ!?」

「陛下、落ち着いてください」

 荒れるシャーロットを侍従がどうどうと宥める。

「これが落ち着いていられるか! わ、私のティルが、ティルスディアが……何処ぞの男と仲睦まじげに話しているなど! あ、あんなに近くに……」

 シャーロットの視線の先には、ガゼボで仲良く話し込んでいるティルスディアとルーディアがいる。

 2人の距離は近く、ほんの少しでも動けば指先が触れそうだ。

 ティルスディアは一応側室扱いだが、シャーロットの唯一の妃であり、妻である。目に入れても痛くないほど溺愛している妻が、シャーロットと似たような年齢の男と2人きりで話しているなんて、当然面白くはない。

「しかも私のティルが、あんなに可愛らしい笑みを浮かべて……」

 愛しい人の前ではカッコつけたいと思うのは、シャーロットも同じである。

 ティルスディアが国王としての自分を敬愛していることを知っている。そして威厳がある姿がカッコイイと思われていることも知っている。

 だから今朝のことも、ティルスディアの寂しそうな表情に胸を痛めながらも、群島の領主達と楽しくもない謁見を受け入れたのに、帰ってくればこの有様だ。

 夜会や公務でティルスディアが男と話す機会はよくあるが、私的な場所ではあまりないせいか、余計に腹が立つ。

 しかも相手の男はティルスディアの笑みを見て、鼻の下を伸ばしている。下心が見え透いているのがわかり、一刻も早く引き離さねばと、シャーロットは焦る。

「ティル!」

「陛下?」

「え!?」

 シャーロットに呼ばれたティルスディアは、声のする方を向けばピリピリとした空気を纏ったシャーロットが近づいてくるところだった。

(何をそんなに怒って……。また、領主達に変なことでも言われたんでしょうか……?)

 シャーロットが怒っている理由が分からず、ティルスディアは首を傾げながらも立ち上がる。

「お帰りなさいませ、陛下」

「ああ。私がいない間、随分楽しんでいたようだな」

 言葉と声音から、ティルスディアはシャーロットが怒っている理由を察し苦笑する。

(陛下が嫉妬してくださるなんて珍しい)

 いや、そうでもないかもしれない。サファルティア宛の縁談の推薦状や紹介状は、相変わらずシャーロットが処分している。ただ、ティルスディアは国王の側室なので言い寄るには少し高嶺の花なのだ。

 ティルスディアは気づいていないが、ティルスディアと仲良くしたいと思っている男はかなり多く、シャーロットが牽制していなければあっさり食われているだろう。

 今も無防備に見知らぬ男と談笑しているのがいい例だ。

 サファルティアは確かに強いかもしれないが、それでも彼はシャーロットの大切な存在だから、心配せずにはいられない。

「妻が世話になったようだな」

 シャーロットがティルスディアを強引に抱き寄せ、低い声で威嚇するようにルーディアを睨めつける。

 ルーディアはビクリと肩を震わせ縮こまる。

「シャーロット国王陛下……。とんでも御座いません、私は……」

「陛下。あまり怖い顔をなさらないで下さいな。ルーディが困っています」

「……ルーディ?」

 愛称で呼ばれたルーディアは震え、顔面蒼白だ。

「は、はいっ。セドリック・カロイアスの息子の、ルーディア・カロイアスと申します。普段はガリア公国で火山の研究を……」

 シャーロットも、セドリックの息子が隣国へ留学しているのを思い出す。

 留学するくらいなので優秀なのは確かだろうが、だからといってティルスディアと2人きりで話していいわけがない。

「陛下が不在の間、彼からとても興味深いお話を聞けましたの。後ほどお話させてくださいね?」

 シャーロットの怒りの沸点が超える前に、震えるルーディアを見兼ねたティルスディアから助け舟を出そうとしたが、これが火に油を注ぐ事になっているのを本人が気付いていない。

「そうか。……行くぞ、ティルスディア」

「え、あ、はい。ルーディ、またお話聞かせてくださいね」

 シャーロットに痛いくらいに腕を掴まれ引っ張られる。

 ティルスディアは慌ててルーディアに向かって社交辞令だけ伝えると、引き摺られるようにシャーロットの後を追う。



 宿泊している部屋の寝室に入り、シャーロットが人払いをする。

 そしてティルスディアに向かって怒鳴りつけた。

「何なんだあれは!」

「何……と申されましても……」

 ティルスディアとしては疚しいことは何ひとつしていない。ただルーディアと楽しくお喋りしていただけだし、万が一何かあったとしても、彼なら返り討ちに出来る。

 何より、ティルスディアの中身はサファルティアで、本来の性別は男なのだ。

 サファルティア自身は元々同性愛者ではないし、特別男が好きというわけではない。唯一の特別がシャーロットなだけで、それ以外の誰かとどうこうなるつもりもない。

 嫉妬されて嬉しくないわけではないが、怒鳴られるのはやはり心外だ。

「彼とは何もありませんよ?」

「何かあってからでは遅いんだ!」

 姿は視えなかったが、あの場の近くには衛兵もいたはずだ。仮にサファルティアひとりでどうこうできなくとも、衛兵が助けてくれるだろう。と、言ってもいいがこんなに怒っているシャーロットは珍しく、困惑するばかりだ。

 肩を竦め、自分もルーディアも悪くないと主張するティルスディア。

「だいたい、お前は側室扱いにしているが私のものだろう!」

「はい、そうですね」

 あっさりと受け入れられる程度には自覚はあるし、ルーディアと話すのは楽しかったがそれだけだ。

「夜会やお茶会でも他の殿方と話すことはありますが、シャーリーは何がそんなに気に入らないのです?」

 逆の立場で考えてみても、サファルティアであればモヤモヤした気持ちは残るだろうが、当たり散らすほどでもない。

「私以外の男を愛称で呼ぶなんて、気があると思われたいのか? そもそもサフィは危機感が無さすぎる! 去年だって……」

 確かに愛称で呼ぶのはまずかったかもしれない。

 去年というと、アリアロス・マーシャルに捕まった際に媚薬を飲まされたことだろうか。

 確かにあれは自分でも危機を感じたが、結局は事なきを得ている。

「確かにあれは、ちょっと失敗だったかもしれませんが、僕だってちゃんと考えて……」

「その考えた結果があれだろう! 一歩間違えれば死んでいたんだぞ!」

 シャーロット程ではないにしろ、サファルティアも養父母であるノクアルドやクルージア、義兄のシャーロットが大切にしてくれた箱入り息子だ。

 優秀ではあるものの、多少世間知らずなところがあるのも確かで、それでも家族に甘やかされつつも、王族としての教育はしっかりと行き届いているから、シャーロットの側妃という立場も甘んじて受け入れている。

 シャーロットだってわかってはいるが、やはりサファルティアはシャーロットにとって特別な存在だ。

「申し訳、ありません……」

 シャーロットが心配してくれるのは嬉しいけれど、こんな見ている方の胸が苦しくなるような表情をさせたかったわけではない。

「あの、シャーリー……?」

 サファルティアに向ける感情は、国王として間違った感情だとしても、好きで好きで――どうしようもないくらい愛しているから守りたくて、自分だけを見ていて欲しいと望んでしまう。歪んだ執着だと自覚していても、自分から鳥籠に入ってきたサファルティアを逃がしてやるつもりはない。

 不安そうに瞳を揺らすティルスディアに、シャーロットは絞り出すような声で命令する。

「ティルスディア・キャロー、当面の間部屋から出ることを禁ずる」

「は?」

「そもそもお前を表舞台に出したのが間違いだった」

 突然何を言い出すのかと思い、サファルティアはしばらく混乱していた。

「俺はお前が思っているほど、できた人間じゃない。正妃や側妃でなくともお前を外に出したくないし、出来るなら手足を切り落として、ベッドに縛り付けてやりたいと何度思ったか」

 サファルティアの目が見開く。

 シャーロットがそこまで自分を想ってくれていた事に喜びを覚えると同時に恐怖を感じる。

「ちょ、本当に落ち着いてくださいっ! 僕は何処にも行きませんし、ずっとシャーリーのそばに……」

「うるさいっ!」

 びくりとサファルティアの身体が跳ねる。

 今まで似たような状況は何度もあったはずなのに、こんなに激高する理由もわからなくて、サファルティアは泣きたくなる。

 俯いていると、シャーロットはサファルティアをベッドに乱暴に押し倒す。

 頭上で手首を固定され、動揺している間にドレスを力任せに引き裂かれる。

「シャーリー! 待って、待ってくださっ……ひぅっ!?」

 ここ数日、暇があれば愛されていた身体はシャーロットが触れるだけで敏感に反応する。

 恐る恐るシャーロットを見れば、いつもの穏やかな表情ではなく、先ほどの言葉のすべてを実行しようとするような狂気すら感じる目で、サファルティアを見ていた。

「っ、ぁ……ゃ……本当に、待って……」

「待たないし、逃がさない」

 逃げようと身を捩れば、ドレスの切れ端で手首を縛られる。

 力任せに解くことは出来るだろうが、もともとこのドレスはシャーロットがティルスディアに贈ってくれたものだ。

 いま着ているドレスだけじゃない。他のドレスや宝飾品だって、シャーロットがティルスディアに似合うと言って贈ってくれたものだ。

 シャーロットから贈られた様々なものに何度も心を励まされ、自分はシャーロットのものだと彼の愛情に包まれているようで嬉しいと、幸せだと思っている。

 それくらい、サファルティアはシャーロットの事が好きなのに、何故か伝わらなくてもどかしい。

「サフィ……愛してる……」

「……僕も、愛してます」

 大丈夫だと伝えたいのに、シャーロットにキスをされ、唾液と共に何かが流し込まれる。

 無条件にそれを呑みこんで、朦朧とする意識は次第に遠くなっていった。

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