第5話


(旅先に仕事持ち込むなんて……)

 ティルスディアはカロイアス領主夫妻に勧められた庭園を散歩しながら不貞腐れていた。

 事の始まりは今朝のことだ。

 昨日は夕方には別邸の温泉に行き、海と山の見事な景色を存分に温泉で楽しみ、ほくほくした気分でそのまま2人で寝室に籠った。

 ただれた生活をしている自覚はあるものの、国王と側妃という立場となってからは、周囲の目もありあまりハメを外せなかったせいかそれが爆発したといっても過言ではない。

 元々子作りを期待して送り出してきたであろうシャーロット派の貴族や大臣には悪いが、ティルスディアの正体であるサファルティアはどう頑張っても子供は産めないので、心の中で謝りつつも5日足らずの新婚旅行を楽しみたい。

 そして今朝になり、今日は街にでも行こうかとシャーロットと話していると、シャーロットが王都から離れ新婚旅行に来ていると噂を聞きつけた近隣諸島の領主たちがこぞって謁見を求めてきた。

 セドリックも最初は断っていたようだが、「抜け駆け」やら「媚売り」などと、謂れのないことを言われ始めていたのをシャーロットが聞きつけて仕方なく対応しているといったところだ。

 シャーロットとて、本来予定をしていなかった領主たちとの会談やら宴やらには参加したくない。できることなら最愛の妃であるティルスディアを一日中愛でていたい。

 しかし、普段は王都へ中々足を運べない貴族や領民たちの声を聞くことが出来るチャンスでもある。ティルスディア――もといサファルティアも王族の一員としてそれは理解しているし、第二王子という肩書で来ていればそちらを優先しただろう。

 だからシャーロットを責めたいわけではないのだが、やはり楽しみにしていただけに少しだけ不満を持ってしまった。そんな自分に呆れつつも、側妃という立場上あまり派手なことは出来ない。

 正妃であればシャーロットと共に表立って領主たちと話すことは出来たかもしれないが、ティルスディアはあくまでもシャーロットの側妃でなければならない。

 それが、子どもを産むことも出来ないのに法を破っていることへの罪悪感から逃れるためのものだとしても。

 仕事をしに行くシャーロットを笑顔で送り出したものの、ティルスディアの気落ちした様子を見たサーシャが庭園の散歩を勧めてくれたため、ティルスディアは折角だからと日傘を差して外に出てみることにした。

「確かに、見事ですね……」

 サマギルム島の観光資源の一つは、火山であるトゥロワス山の地下熱を利用した料理や花だ。

 トゥロワス山は休火山だが、地下熱は燻ぶっている。活火山だったのは二百年程前だというが、最近はまた活動を始めるような予兆があるとも言われているせいか、冬でも温かく庭園には初夏に咲くような花も咲いていた。

 庭園自体は王宮の庭に比べればさほど広くはない。

 ティルスディアがひとりで歩いても、一周するのに30分もかからないほどだが、季節を先取りした庭には、場所によっては冬から初夏の花を季節を追うように見ることが出来る。

 シャーロット達が泊っている部屋からも庭園は見えていたが、ここまで季節の違う花々が見られるとは思わなかった。

 できることならこの景色をシャーロットと一緒に見たかった。

 明後日には王都に戻るので、それまでに少しでも見られたらいいが、今日の様子では今夜か明日の夜は会食かパーティになりそうだ。

 ティルスディアがこっそりため息を吐いていると、不意に視線を感じた。

 花に向けていた顔を上げて周囲を見渡せば、栗色の髪に緑色の瞳を持った、年若い青年がいた。

 年はシャーロットと同じくらいだろうか。貴族のような質の高い服を着ていて、柔らかな雰囲気もあってかそれなりの美男子だ。パーティに呼ばれればそこそこ人に囲まれるだろう彼は、じっとティルスディアを見つめている。

(どなたでしょう……?)

 カロイアス領主夫妻から連絡を受け、今日来ている客を全て引き取っているのはシャーロットだが、この時間はまだ群島の領主たちと話をしている時間だろう。

 ティルスディアも全員の顔を把握しているが、この青年は今日の予定にはいなかったはずだ。

「こんにちは」

 側妃とは言え、一応ティルスディアはシャーロットの妻だ。警備はそれなりにしっかりしていることを考えれば、領主夫妻の知り合いなのかもしれない。でなければ庭園なんて入らないだろう。

 ひとまずティルスディアは丁寧に挨拶してみる。

「こ、こんにちはっ!」

 青年は驚いたように目を見開き、慌てて挨拶を返す。

「あ、あの申し訳ありません! こんなところにまさか人がいるなんて……」

 青年は取り繕うようにあたふたと手を動かしている。

「いえ、わたくしの方こそ。セドリック様に御用でしょうか?」

「セド……いえ、まぁ父に用があるというか……」

「?」

 歯切れの悪い青年の様子を訝し気に思いつつも、ふとティルスディアは言葉に引っかかる。

(父……? セドリック・カロイアス領主のことなら、この方は……)

 カロイアス夫妻には確か息子が一人いたはずだ。

 年齢はわからないが、面立ちも何となくセドリックに似ている気がする。

「あの、間違っていたら申し訳ありません。セドリック・カロイアス様のご子息の、ルーディア様、であっていますでしょうか?」

 名前を呼ばれた青年――ルーディアはぶわっと頬を赤らめた。

「は、はいっ! そう、です……、あの、貴女は……」

 そこでティルスディアも自分が名乗っていなかったことを思い出す。

 ティルスディアは日傘を畳み、綺麗なカーテシーで再度挨拶をする。

「申し遅れました。わたくしはティルスディア・キャローと申します。恐れ多くも、シャーロット・フェリエール国王陛下の第二妃の位を賜っております。以後お見知りおきくださいませ」

 非の打ち所がないといわれる美しい微笑みを浮かべたティルスディアを見て、ルーディアはさらに顔を赤くする。

 それから慌ててルーディアも膝をつく。

「こちらこそ、不躾な態度を取ってしまい申し訳ありません。私はサマギルム島領主、セドリック・カロイアスの第一子、ルーディア・カロイアスと申します。妃殿下であるティルスディア様とは知らず大変なご無礼を……」

 綺麗な所作や、誠実な言葉の端々から真面目な青年なのだろうことは察せられた。

 私事で来ていることもあり、彼の態度を特に咎める気もなかったティルスディアは、小さく微笑む。

「いえ、わたくしのことでしたらお気になさらないでください。今は妃としてではなく、ただ気晴らしに散歩をしているだけでですから」

「気晴らし、ですか……」

 ルーディアに立つように促し、ティルスディアが庭園にいる理由を話せば、ルーディアがきょとりと首を傾げる。

「あの、実は私、普段はガリア公国の方に留学していて国内の情勢に少し疎いのですが、数日前からシャーロット陛下ご夫妻がいらっしゃっているとお伺いして……」

 隣国であるガリア公国へ留学しているとなるとそれなりに頭が良いのだろう。どのくらいの期間留学しているのかわからないが、3年以上前からであればティルスディアのことを知らないのもの納得だ。

 そして、国王夫妻が新婚旅行に来る連絡を受けたカロイアス領主夫妻が慌てて呼び戻したということだろう。

「そうでしたか。陛下に御用があるのでしたら尚更わたくしのことなどよりも、そちらに行かれた方がよいかと。陛下でしたらこの時間は……」

「いえ! そ、そのティルスディア殿下さえよければ、私にこの庭園を案内させていただけないでしょうか……?」

 緊張した面持ちでルーディアが提案してくる。

「あ! その、変な意味では無く……女性一人ではこんな田舎の庭園ですし、物足りないかもしれないと思いますし、その、私はガリア公国では火山の研究をしていて……」

「火山の研究、ですか?」

「はい」

 ティルスディアの瞳がキラキラと輝く。

 ティルスディア――もといサファルティアは今でこそティルスディアとして女性らしい振る舞いも出来るが、あくまでも中身は男子のままだ。火山の噴火やマグマは恐ろしい反面、カッコいいともつい思ってしまうくらいには興味がある。

 それに、キャロー領の北の山脈もはるか昔は火山だという資料が残っていることもあり、興味を持つのは自然とも言えた。

「ティルスディア殿下は、火山に興味が?」

 ティルスディアはハッとして恥ずかしそうに口元を手で隠す。

「その、はしたないところを……申し訳ありません。ですが、はい。仰る通り、興味があります。女性らしくないとわかってはいるのですが……」

 ルーディアはぶんぶんと首を横に振る。

「い、いえ! はしたないなんてそんな……。とてもお可愛らしいと思います」

「そ、そうでしょうか? あの、よろしければお話を聞かせて頂いても?」

「もちろんです!」

 話はまとまり、ティルスディアとルーディアは庭園の中央にあるガゼボへと足を向けた。

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