第7話


――本当に、結婚してしまった……。


 サファルティアはティルスディアに与えられた部屋の寝室で青褪めていた。

 シャーロットの側室になる決意をして、本人に伝えたのは数ヶ月前のこと。

 その間サファルティアは、王族に嫁ぐ令嬢としてのマナーや仕草、言葉遣いなどを身に着けるべく奮闘し、シャーロットはサファルティアであることが露見しないように、“ティルスディア・キャロー”という架空の人物の戸籍や経歴を作り上げた。

 そして、今日ついにシャーロットとティルスディアは結ばれることになった。シャーロットの最初の妃ではあるものの、側室扱いのため派手な式ではない。だけど、夫婦であることが認められた。

 式の間中は気持ちがどこかふわふわしていてあまり実感は無かったが、式の後のパーティが終わり、シャーロットに部屋で待つように言われた後、メイド長の助けを借りながら湯浴みを済ませてベッドに腰を掛けたら、何だか急に不安に襲われた。

(本当に、僕で良かったのか……?)

 今さらグダグダ考えても仕方ないのはわかっている。

 正体を隠してでも、義兄であるシャーロットに嫁ぐことに不安はあっても不満はないし、それでシャーロットの地盤が安定するなら、サファルティアは幾らでも汚名を被る覚悟は出来ている。

 ……仮面夫婦ならそれで良かったのだろう。

 でも、サファルティアの気持ちはとっくの昔にシャーロットに捧げている。この先誰と結婚しても、シャーロットへの恋心はきっと無くなりはしない。

 シャーロットに、妃にと請われた時は嬉しくてすぐに返事をしたいくらいだったけれど、立場や性別や法律を考えれば、それは難しいという答えに辿り着く。

 それでも、シャーロットのそばにいたくて、彼をどんな形であっても守れるなら、女装して、周囲を偽って、生涯騙し続ける。その為にサファルティアが邪魔だと言うなら、排除することも厭わない。

 それが第二王子であり、シャーロットの臣下としてのサファルティアの覚悟だ。

 けれど、シャーロットは本当に自分なんかで良いのか? という不安はずっとある。

 サファルティアの記憶は朧げだが、まだ物心がつく前の頃のシャーロットは、サファルティアを好きじゃなかった。突然現れた“弟”の存在が、大好きな両親を奪ったように感じていたのだろう。

 成長すればそんな素振りは見せなくなったとはいえ、本当の気持ちはシャーロットにしか分からない。

 自分は好きな人と結ばれたけれど、シャーロットにとっては違うかもしれない。そう思うとどんどん気持ちが沈んでいく。

「なんだ、まだ悩んでいるのか。サフィ」

 考え込んでいると呆れた表情のシャーロットが寝室の入り口に立っていた。

「あに……じゃなくて、陛下……」

 いつもの癖で兄上と呼びそうになるのを、辛うじて引っ込める。

 シャーロットはサファルティアの隣に座る。

「その夜着も似合っているな」

「……ありがとう、ございます」

 ティルスディアの婚礼衣装も、嫁入り道具や普段着まで用意してくれたのはシャーロットだ。当然、この夜着も含まれている。

 シンプルでありながらふわりとしていて、サファルティアの男性としての線が隠れている。

 不必要に寝室まで来る無粋な輩は少ないが、万が一を考えて特注で作らせたものだ。

 シャーロットはサファルティアの頬に手を添えて、顔を上げさせると唇を重ねた。

「ん……」

 柔らかくて、暖かくて、優しく唇を食まれると擽ったくて、胸がじんわりと満たされていく。

「少しは落ち着いたか?」

「……はい。その、本当に僕で良かったんでしょうか?」

 サファルティアの気弱な声に、シャーロットは「はぁ……」と重い溜息をつく。

「サファルティア」

 名前を呼ばれておずおずと顔を上げようとすると、ムニッと頬を横に引っ張られた。

「いひゃいいひゃい! っ、何するんですか、兄上!!」

 シャーロットの手を叩き落とし、サファルティアはヒリヒリと痛む頬を擦る。

「ふ、ふははっ、私にそんなこと出来るのは、お前だけだ」

「?」

 大笑いするシャーロットをサファルティアはじと目で見る。

「笑うことないじゃないですか……。本当に痛かったですし……」

「だが、緊張は解れただろう?」

 言われてサファルティアはパチパチと目を瞬かせる。

 確かに、不安自体を完全に拭えたわけではないけれど、変な緊張感は無かった。

(こういうところは、やはり敵わないな……)

 それだけ、サファルティアのことをよく見ているということだろう。

「兄上は、凄いです」

「サフィ。癖が抜けないのは分かるが、今は兄弟じゃないだろ」

 褒めたはずなのに不機嫌になるシャーロットの言わんとすることもわかる。

 慣れない呼び方は気恥ずかしくて、つい畏まってしまう。

「……陛下」

「酷くされたいか?」

 シャーロットの声が一段と低くなり、サファルティアは迷った挙げ句、ぼそぼそと愛称を呼ぶ。

「………………シャーリー」

 ちらりとシャーロットの方を見れば無表情だった。

 これも違った、とサファルティアが他の呼び名を考えていると、シャーロットがポツリと呟く。

「悪くはない、が、慣れさせたほうがいいな」

 何を? と聞く前にサファルティアはシャーロットにベッドへと押し倒された。

「へ?」

 突然変わった視界にサファルティアは混乱する。

「何を驚く? 今夜は初夜だぞ」

「そ、れは……」

 確かにそうだ。サファルティアは顔を真っ赤にする。

 両思いだと知って、妃になると決めて、キスは何度かしたけれどいまだに慣れない。

 こういうところが初心だと揶揄われるのはわかっているが、シャーロットの前では取り繕うことなんて難しくて、サファルティアは目を泳がせる。

「……嫌か?」

「そういう、わけじゃ、ないです……」

 求められるのは素直に嬉しいが、同性同士でどうやるかなんて、サファルティアは実は知らない。

 女性経験すらないのに、同性同士なんて想像できなくて、シャーロットに委ねて任せてしまうのが申し訳ない。

 妃の務めも満足に出来ないと思われないだろうか……。そんなことをポツリポツリと零すサファルティアにシャーロットはくすりと笑う。

「なんだ、そんなことか。なら、全て私に任せてしまえばいい」

「ですが、僕は一応妃ですし……」

 幾ら閨事にまで手が回らなかったとはいえ、一国の王に手間を掛けさせるにはいかない。臣下として失格だ。

「サフィ」

 額や頬に口づけられると、擽ったくてもぞりと足の間を擦り合わせる。

「サフィの真面目なところは好ましいが、私から楽しみを奪わないで欲しいな」

「と、言いますと?」

 サファルティアの着ていた夜着が脱がされ、素肌が晒される。

 16歳の、少年と呼べる年齢をやっと抜け出したばかりの若い肢体は、程良く筋肉がついていてそれでいて靭やかで、腰の線には色香すら感じる。

 触れれば温かくて、心臓が緊張からかドキドキと早鐘を打っているのがわかる。

 今からこの身体を開いて、悦楽に染めあげていくのだと思うと、シャーロットの雄が刺激されて堪らない気持ちになる。

「お前の全てに触れられる時を、私がどれほど待ったか……」

 シャーロットの頬が、興奮で赤く染まっている。肉食獣のように舌舐めずりして、サファルティアに触れる。

 その姿をみただけで、サファルティアも息が上がる。

(もっと、もっと触れてほしい……)

 奥まで暴いて、シャーロットのものだと刻みつけてほしい。

「サフィは私のものだ。たとえ勉強だとしても、他の誰かがサフィに触れたと思うと嫉妬でおかしくなりそうだ」

「……僕が自力でやっても?」

「サフィの手を食べて良いなら」

 シャーロットがサファルティアの手を取ると、ガリッと音がするほど指先を噛まれた。

 骨まで食い千切られてしまうんじゃないかというくらい強い痛みに、サファルティアはビクリと震える。滲んだ血をシャーロットが舐めているのを見て、あ、これは本当に食べる気だと気付く。心理的にではなく、物理的に。

「気を付けます……」

「そうしてくれ。私もサフィを傷つけたいわけじゃないからな。だから、安心して私に身を委ねてくれ」

 サファルティアはこくんと頷く。

 決して、食べられるのが嫌というわけではないが、シャーロットの気持ちがそれで満足するならそれで構わないし、サファルティアも、シャーロットになら安心して身を任せることが出来る。

 シャーロットの手が、優しくサファルティアのウィッグを外す。

「やはりこの方がいいな。ティルスディアも悪くないが、この方がサフィの顔がよく見える」

 ウィッグが外れたことで、少しだけ安心した。

 シャーロットの手に頬を寄せると、またキスしてくれる。触れるだけのものから、深いものへと変わっていくそれに、サファルティアの頭がふわふわしてくる。

「愛してる。私のサファルティア――」

 熱のこもったシャーロットの声に、サファルティアは身体の力を抜いた。

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