第16話


「お久しぶりです、マーシャル公爵」

 アリアロスは驚きに目を見張る。

 そこにいたのは側妃ティルスディア・キャローではなく、王宮の奥深くで引き籠っていると思っていた、第二王子、サファルティア・フェリエールだったのだから。

「サファルティア、殿下……」

「まさかここまで気付かれないとは、僕も想定外でした。ですが、以前も言った通り、僕は王になるつもりはありません。むしろされては困るのです」

 “ティルスディア・キャロー”は、シャーロットとサファルティアの2人で考えた架空の女性。そして、サファルティアの特技を最大限に活かした仮初の姿。

 周囲で知っているものは片手で足りるほど。シャーロットの腹心ともいえるオルガーナ侯爵やアドリー伯爵も知らないトップシークレット。そう簡単にバレても困るが、自分から正体をバラすまで気付かれないというのも考えものかもしれない。

「くっ、まさか、シャーロット王に唆されていらっしゃるのでは!?」

 苦し紛れにアリアロスは呻く。

 サファルティアは心外だとうっそりを嗤う。

「まさか。陛下はそんなことしませんよ。まぁ、外堀を埋められた感はありますが」

「こら、聞こえているぞサフィ」

「うふふ、幻聴です。でも、側妃ティルスディア・キャローは、僕の意思で演じています。僕は陛下を愛していますから」

 サファルティアは落ちていた剣を拾うと、アリアロスに近づく。

 ティルスディアがサファルティアだと気付かず、か弱い女だと侮り、武器を持ってこなかったのが仇となった。

 丸腰のアリアロスは怯えた顔で後ずさる。

「マーシャル公爵はご存じですよね? 王族に手を出したらどうなるか」

「ま、待て! 私はサファルティア殿下を……」

「言い訳は結構です。マーシャル公爵、僕は平和主義者ですけどね」

 サファルティアはアリアロスの耳もとで囁く。

「僕のシャーリーに手を出そうとした者は、絶対許せないんです」

 柔らかでいて、甘い毒のような声にゾワリと背筋に悪寒が走る。

 次の瞬間、アリアロスの耳から血が噴き出した。

「ぅぎゃあああああああああッ!!!」

 サファルティアがアリアロスの耳を切り落とし、その腹を蹴る。

「無様ですねえ。陛下のお手を煩わせる必要もありません。僕がここで……」

「ストップ、サフィ。もういい」

 サファルティアが剣を振り上げようとしたところで、シャーロットがサファルティアの手を掴む。

 サファルティアはハッとしたようにシャーロットを見る。

「これで気は済んだだろう? どうせ奴は処刑されるんだ。お前の手を汚す必要もない」

「で、も……」

「わかっている。行こう、サフィ」

 シャーロットに諭され、サファルティアは素直に頷いた。

 それを見てシャーロットが合図をすると、騎士たちが続々と部屋に入ってくる。

 ずっと外で待機していたのだろう。シャーロットの邪魔をしないように。

(僕が剣術で唯一勝てなかったのが、兄上ですからね)

 小さな頃から何度もシャーロットに相手してもらっていたが、サファルティアが勝てたことは一度もない。

 少しくらい手加減してくれてもいいのに、と思わなくもなかったが、そう言うところも好きだと思ってしまうあたり、自分が思っている以上にシャーロットに惚れ込んでいるようだ。

 シャーロットに連れられて、外に出るとそこはマーシャル公爵家の王都にある屋敷から少し離れた小屋だということが分かった。

「陛下、助けていただいてありがとうございます」

 サファルティアがシャーロットに感謝を伝えれば、珍しくシャーロットは照れたように視線を外した。

「助けるのは当たり前だろう。お前は私の妃なのだから」

「でも、ただの側妃です。見捨てることも出来たでしょう」

「なんだ。お前は私が見捨てると思っていたのか?」

「いいえ。陛下なら来てくださると信じていましたよ。でも、来なくてもきっと恨むことはしません」

 シャーロットの婚姻に、ティルスディアが邪魔だというなら、サファルティアはそのまま身を引くだろう。ティルスディアという存在も、いずれは風化する。

 そもそも、自分はシャーロットの縁談避けと、派閥争いを避けるためにティルスディアでいるのだから、目的を達成してしまえば用済みなのだ。

「サフィのそういうところは、昔から変わらないな。だからこそ、心配で目が離せないんだ」

 シャーロットがサファルティアの手を取る。

「何度も言うが、私は“サフィ”だから妃にしたい。側妃ティルスディアも悪くはないが、素のままのお前を愛したいんだ」

「陛下……」

「いつもみたいに“シャーリー”と呼んでくれないのか?」

「……今は嫌です。愛称で呼べる特権は、僕だけでありたいですから、誰かに聞かれたくありません」

 あまりにも可愛いことを言うサファルティアにシャーロットは内心悶絶する。

「ふ、ふふ、はははっ、そうか。ふふ……」

「笑いすぎです、陛下!」

「いや、すまない。サフィがあまりにも可愛らしいことを言うから」

 この場で押し倒さなかったことを褒めてほしいくらいだ。

「だが、確かに今見られるのは不味いな」

 サファルティアの手からウィッグを奪い取り、頭に被せて整えてやる。

 シャーロットの指先が頬や耳に触れるとくすぐったくて、ドキドキする。

「あ……」

 ふいに、ドクリと心臓が高鳴る。

 ドクドクと早鐘を打ち、体温が上がり、顔が熱を持つ。

「サフィ?」

「ひっ!」

 シャーロットの甘い声が耳を擽るとゾクゾクして、身体に力が入らなくなる。

 普段、シャーロットに触れられても熱を持つことはあるが、こんな急激な身体の変化は起こさない。

 様子のおかしいサファルティアに気付いたシャーロットも訝し気にサファルティアの顔を覗き込む。

「サフィ、体調が優れないなら少し休んで……」

「ひゃっ!?」

 シャーロットが頬に触れた瞬間、全身に稲妻が通ったみたいに身体が痺れ、膝から崩れ落ちる。

「サフィ!?」

 シャーロットが慌てて抱きとめると、サファルティアはびくびくと身体を震わせる。

「ぁ、ぁ……ゃっ、こんな……」

 シャーロットに触れられるたびに、肌がゾワゾワして、胎の奥が切なくなる。

 ドレスの下に隠れたサファルティアの男根が濡れているのが自分でもわかってしまい、恥ずかしくて仕方ない。

「あ、み、ないで……今、だめっ……ひぅっ!」

「そういうわけにはいかない。お前、一体何をされた?」

 シャーロットがサファルティアを抱き締めながら問う。

「わ、からない……です。でも、たぶん、ふっ、ぁ……びや、くの、ん、たぐいれす……」

 それも遅効性だといっていた。

 恐らく今になって薬が回ってきたのだろう。

 媚薬なんて飲んだことがないから、どういった種類のものがあるかなんて知らないけれど、恐らくサファルティアが飲まされたのは余程強いものなのだろう。

「くそ、そう言うことか! すまない、私がもっと早く来ていれば……」

 サファルティアは緩く首を振る。

「陛下の、せいじゃない、です……。僕が、油断、したから……」

「だが、お前は拘束されていた。この手の傷も……」

 サファルティアにある手首の傷に、シャーロットは優しく触れる。

 だけど、今のサファルティアにとってそれすら強い刺激になる。

「んあぁっ!」

 びくん! と震えて、サファルティアは達してしまう。

 完全に腰が抜けてしまい、もう動ける気もしない。

 シャーロットは外套を脱ぐと、サファルティアに被せ、横抱きにする。

「もう少し我慢しろ」

 サファルティアは小さく頷く。

 シャーロットはそれを見て、急いで王宮へ戻ることにした。

 

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