第14話
ティルスディアが連れ去られるのを、近くの物陰から確認したシャーロットは、男達が去ったのを見て、ティルスディアがいた場所へ足を向ける。
「ティル!」
いかにも今来ました、という表情でティルスディアを呼ぶ。
しかし、当然ながらティルスディアはそこにはいない。
(……我が弟ながら、本当に無茶をする)
シャーロットは辺りにティルスディアがいないことを確認し、王宮に帰還する。
「シャーロット陛下!」
呼ばれて振り返れば、ホッとしたような表情をしていた。
「なんだ?」
シャーロットとティルスディアが今日お忍びデートをするという話は、一部のものしか知らない。この侍従も知らされていなかったため、シャーロットが執務室にいないことに肝を冷やしただろう。
「お部屋にいらっしゃらないので探しましたよ!」
「私もたまには息抜きくらいする。それより、私がいない間に王宮に変化はあったか?」
「いえ、特には。後程、本日中に確認が必要な書類をお持ちします」
「ああ」
しばらくして、侍従が書類を持ってくる。
今日中に確認が必要なもの、期限が短いもの、期限が決まっていないもの……と仕分けされた書類の束を机の上に置くと、ひらりと1枚の紙が抜け落ちる。
「失礼しました」
「……いや、いい。やはり来たか」
シャーロットが落ちた紙を拾い、中身を確認する。
思惑通りと言えば思惑通りだが、少しばかり王宮の警備について見直したほうがいいかもしれないと、シャーロットは頭痛を堪えるように頭を抑えた。
侍従が会釈して執務室を後にする。
ひとりになった部屋で、シャーロットは小さくため息を吐く。
「まさか本当に引っかかるとはなぁ。ティルともう少しデートを楽しみたかったんだが……」
シャーロットは手の中の紙をもう一度見る。
――ティルスディア殿下を返してほしくば、深夜、ひとりで王宮の外にある小屋に来い。
ありきたりな脅迫文だ。
本人が書いたにしろ、代筆にしろもう少し頭のいい脅迫文は書けなかったのだろうか、とシャーロットは違う意味で心配になった。
(サフィの策もわりと大雑把なところがあったが、これで事は運びやすくなった。あとは現行犯で捕まえればいい)
相手を罠に嵌めるならもう少し緻密な計画を立てるべきだろうが、そもそもの暗殺計画が大雑把なのだ。変に策を弄するよりもこれくらい単純な方が相手にも伝わりやすいだろう。
と、サファルティアが大胆な計画を立てたのが数週間前だった。
シャーロットは若干疑わしくは思っていたが、何もなければただのデートなので、まぁいいかとそのまま快諾してしまった。
本当に相手方が乗っかって来たのは、シャーロット的には想定外だったのだ。
もちろん、いざという時の対策は立てていたから今日落ち着いていられたが、もしもこれが意図しないものであれば今平常心ではいられなかっただろう。
「あれほど無茶はするなと言ったのに……、やっぱりもう一度躾け直さないとな。もしくは本当に離宮に閉じ込めてやろうか……」
そうすれば、シャーロットの目の届かないところに行くということはない。
妃に封じれば、誰もサファルティアを取ろうとしない。ずっとシャーロットだけを見てくれる。そう思って、彼の男としての矜持を傷つけてでも、妃にした。
しかし、サファルティアはそれをわかったうえで、自分に出来ることをしようとする。シャーロットの為に。
嬉しくないわけではないけれど、不安なのだ。血のつながりがない以上、本当の意味で彼を繋ぎとめるのにシャーロットはいつも必死だ。
シャーロットは小さく息を吐くと、窓の外を見る。
(さて、サフィを迎えに行くまでもうしばらくあるな。それまでにできるだけ片付けておこう)
でなければまたサファルティアに叱られる。怒った顔も可愛いけれど、やっぱり笑った顔が見たい。
シャーロットはこの後に備えて、書類を裁くことにした。
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