第13話


 その日のティルスディアは内心とても浮かれていた。

(まさかシャーリーとデートができる日が来るなんて……)

 サファルティアとしてシャーロットと出かけることはあるがその多くは公務だ。小さい頃はシャーロットに連れ出されてこっそり城外へ遊びに行ったこともあるが、まだ恋も知らない年齢だった。

 ティルスディアとして一緒に外出することもあるが、側妃という立場上、あまり目立つことはできずデートらしいデートもしていない。

 仕事の一環とはいえ、二人きりで城下に降りる日が来るなんて、本当の恋人同士のようでティルスディアはちくりと痛む胸と嬉しさを感じていた。

(格好も思ったよりも浮いてなさそうですね、さすがメイド長です)

 ティルスディアが着ているドレスは、ほぼすべてがシャーロットからの贈り物だ。ティルスディアを演じると決めた際に、どうしてもドレスだけは自分のセンスでは選べず、メイド長に頼もうと思っていたが、シャーロットが自分の妻にドレスを送って何が悪い! と言い出した。以来、ティルスディアの身に着けるドレスもアクセサリーもすべてシャーロットが自ら選んだものだ。

 しかし今回は城下の住人に紛れないといけないので、高価なものに見慣れて育ったシャーロット達には町娘の着るものがどういったものかわからない。

 サファルティアがティルスディアであることを知るメイド長であれば、適切な服を選んでくれると思い、庶民が着るよりも少し上質だけど、普段着るものよりだいぶ質素なドレスを用意してくれた。

 首元はスカーフで、サファルティアの骨格もショールで包めば分かりづらい。サファルティアよりも身長も体格もいいシャーロットが並べば、肩幅くらい誤魔化せることは、夜会などで立証済みだ。

「ティルスディア様、そろそろお時間です」

「はい」

 今日はお忍びデートということになっていて、一緒に出るといろいろ目立ってしまう。肝心の人物に不審がられてはいけないので、城内にある使用人専用の出入り口で待ち合わせすることになっている。

 ティルスディアが待ち合わせの場所に行けば、そこにはすでにシャーロットが来ていた。

 町の若者風の服を着ていてもその品性は隠すことができず、遠目に見てもうっとりするくらいの美男だ。

「シャーリー、お待たせしました」

「待っていたよ、私のティル。さぁ行こうか」

 差し出された腕に手を添えて、二人は城の外へと歩き出した。

「はい!」


「こうして2人で外に出るのは子供の頃以来か」

「そうですね。よく城下へ降りては叱られましたね」

 もう十数年も前の話だ。城の中では遊ぶのに物足りず、2人で抜け出していた頃が懐かしい。

 今回は目的あってのことだから、陰から見守る騎士たちはいるが、何があってもすぐに出てくるなと言い含めている。

「迷子になったときはどうなることかと思ったな」

「あら、わたくしのせいですか?」

「お互い様だろう」

「ふふ、わかっているなら良かったです」

 思い出を振り返りながら、ふとシャーロットはティルスディアを見て複雑そうな表情をする。

「どうかしましたか?」

「いや、隣にいるのは私の愛しい人なのに、格好が違うだけでこうも違和感があるのかと」

「? どこか変ですか?」

 顔は化粧し、髪はいつものウィッグに髪飾りをつけて、服はメイド長が選んでくれたものだ。自分でも確認したが、いつものティルスディアの派手さは抑えつつも、女性と間違われても違和感はない出来栄えになっている。

「いや、その恰好も良く似合っている。だが、私が望んだとはいえ、お前には無茶ばかりさせるな、と」

「うふふ、本当に今さらですね」

 ティルスディアは可笑しそうに笑う。

「確かに、最初の頃はわたくしも不安ばかりでした。でも、好きな人によく見てもらいたいと思うのは、男も女も変わりません。違いますか?」

 男のサファルティアも、女のティルスディアもどちらもシャーロットを愛している。

 どちらの性別も使いこなすサファルティアだからこそ出てくる言葉に、シャーロットは胸が締め付けられる。

「それに、今日の“僕”は少しだけ“ティルスディア”で良かったと思います」

「少しなのか?」

「はい。シャーリーを独り占めできる時間はあまり多くありませんし、こうして堂々と夫婦でいられる時間は貴重です。でも、やっぱり少しだけ、“ティルスディア”に嫉妬してしまう」

 2人とも立場上どうしても他人の目がある場所にいることが多い。いくら相思相愛の夫婦に見えていても、権力やしがらみといったものが見えない壁となって立ちはだかる。

 仕事だとしても、そうしたしがらみを考えなくていい外出は、本当に貴重だ。

「サフィ……」

 ティルスディアはシャーロットの唇に指を添える。

「今は“ティル”ですよ」

 女のように振舞っていても、本当の女にはなれない。これが国の為にも最善だとわかっているけれど、自分が女に生まれていたら、と考えないわけではない。

 そのことは2人が一番よくわかっている。

 ティルスディアは年頃の娘のように愛らしく笑って見せる。

「さぁ、次は何処へ行きましょうか、シャーリー」

「ティルは何処へ行きたい?」

 ティルスディアは少しだけ考える。

「少しお腹がすきましたから、何か食べませんか?」

「ああ、いいな。食べ歩いてもいいし、どこかのカフェに入ってもいい」

「アドリー夫人から聞いたのですが、この先に美味しいケーキが出る店があるそうです。そこに行きませんか?」

「我が愛しの姫となら、どこまでもお供しましょう」

 シャーロットがティルスディアの手を取り、甲にキスをする。

 気障ったらしい仕草も、国王であり美しい容姿を持つシャーロットがやればとても様になり、ティルスディアは恥ずかしくなって顔を隠す。

「公道で何やってるんですか……」

「ははっ、ティルが可愛いのがいけない。すぐにでも寝室に連れ込みたいくらいだ」

「んもう、それでは困ります!」

 はた目に見れば仲の良いカップルが、幸せそうに歩いている。

 普段のしがらみをや目的を忘れそうになるくらい楽しい時間だ。

 食事を済ませて、目に入った店を冷やかしながら歩いていると、ふと綺麗な耳飾りが飾ってある店を見つけた。

「ティル、アレが欲しいのか?」

「……そう、ですね。今日の記念に2人のおそろいのものが欲しいと思いまして」

 真ん中に鮮やかな深い青色をした宝石をあしらった耳飾りは、値段を見れば庶民では到底手が出ないような金額だ。

「ふ、私のティルは可愛いことを言う。少し待っていろ」

「はい」

 シャーロットが店に入り、ティルスディアは店の前でシャーロットを待っていると、猛然とティルスディアに向って走ってくる男がいた。

「きゃっ!」

 避けようとしたが少し遅く、ティルスディアがぶつかる。

「え、きゃああっ!」

 手に提げていたバッグを男が掴むと思い切り引っ張る。か弱い令嬢の振りをして、ティルスディアは捕まれたバッグから手を放すと転んでしまう。

「あ、そのバッグ……!」

 特に中身は入っていない。今日のデート用に多少の小銭は入っているが、1モーブ程度。恋人とちょっと遊ぶくらいの金額で大金と呼べるほどではないので、奪われたところで大したことはないのだが、ティルスディアはスッと目を細める。

「ティル! 今悲鳴が……!?」

 シャーロットが慌てて店から出てくると、座り込んでいるティルスディアの肩に手を置く。

 2人は視線を合わせると頷き合う。

「ああ、私の可愛いティル。怪我は無いか?」

「はい、ちょっと転んだだけですから。でもシャーリー……ごめんなさい。今ひったくりにあって……、あなたから貰ったバッグを……」

 ティルスディアは周囲に見せるように泣き真似をする。

「くそ、私の可愛いティルを泣かせるなんて! 捕まえてとっちめてやる!」

 シャーロットは近くのベンチにティルスディアを座らせ、ひったくりを追いかける。

 ひとりになったティルスディアの前に数人の男たちが現れた。

「あなた達は……?」

 怯えた表情を作って見せながら、ティルスディアは男たちを観察してみる。

 紳士の格好をしているが、あまりいい雰囲気とは言えない。

「お楽しみ中申し訳ないが、俺達と一緒に来てもらうぜ、側妃ティルスディア」

「! 何故それを……」

 ティルスディアは内心ほくそ笑む。

 近くに控えている騎士を呼ぼうと口を開くと、背後にいたもう一人の男に羽交い絞めにされ、布を口に当てられる。

「んぐっ!?」

「シャーロット王にすぐに見つかるわけにはいかないんでな。大人しくしていれば悪い様にはしない」

(不味い、息が……)

 布に沁み込ませている薬品が何なのかわからず、息を止めていたが吸い込んだ空気が少ないせいか長くはもたなかった。

 吸い込んだ薬品はツンとして鼻の奥が痛んだ。それから、甘ったるい香りもして、頭がぼんやりして、ティルスディアは気を失った。

 

 

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