第5話
あれから2年。
シャーロットは21歳になり、サファルティアは18歳になった。
どちらも王族に相応しく、美しい容姿であることに変わりはない。
国も落ち着いていて、平和な状態が続いている。
となれば、国民の次の関心は新しい王妃についてだ。
2年前は父王が崩御したばかりということもあり、正妃を娶らずとも非難されることはなかった。“ティルスディア”を側妃にしたのも、父王崩御を考慮してのことだと好意的に受け止められたのも、シャーロットが日頃から国民に対して誠実で堅実な政策を出し、対応していたのもあるからだが、2年も経てばそろそろ……と考える者も少なくない。
無論、国民にとっては所詮他人事なので、関心はあっても興味はないのが実情だろうが、そうはいかないのは貴族連中である。
シャーロットは執務室で民衆向けのゴシップ誌を読みながらため息を吐いた。
「ふーん、私の第一子が男子か女子か、賭け事まで出ているのか」
「笑い事ではありませんぞ、陛下!」
「はははは、笑わずに王がやっていられるか。何度も言うが、私の正妃に相応しいのは“ティルスディア”しかいない」
「しかし、“ティルスディア”様にその意志はないのでしょう?」
今日も今日とて執務室でオルガーナ侯爵とアドリー伯爵から説教を受けるシャーロット。
もはや日課である。
「正妃この際置いておくとしても、さすがにお世継ぎだけは作っていただきます! ええ、相手はこの際娼婦でも芸人でも構いません! とにかく王の義務を果たしてください!」
オルガーナはもはややけっぱちである。
さすがに娼婦や芸人は不味いだろう……王家の体裁的に、と思うものの、世継ぎの問題はやはり大事である。
シャーロットが“ティルスディア”と婚姻して以降、毎晩共寝しているのは周知だが、それにしたって全く音沙汰がないのを皆不審がっている。
“ティルスディア”は産めないのではないか、と。
シャーロットはその真実を知っているが、もちろん公にするつもりはない。
だけど、このままではシャーロットの愛しい人が誹謗中傷の的になる。いや、既になっている。本人は何でもない顔をしているが、内心は酷く傷ついているだろう。
「はぁ、わかっている。一応万が一の為に血脈を辿って世継ぎに相応しい人物を探している。私の子についてはもう少し時間をくれ」
この問題は、どうしたって“サファルティア”を傷つける。だが、“サファルティア”もそれを承知で側妃になることを選んだ。
今のまま放っておいてくれてもいいのに、とシャーロットは思うが、王の責任とは自分が思っている以上に重い。時々、何もかもを投げ出して、幼い頃のように“サファルティア”と駆け回りたくなる。
いっそ駆け落ちでもしてやろうかと考えたのは、一度や二度ではない。
それを実行しなかったのは、ひとえに“サファルティア”の為である。彼が、シャーロットを愛してくれているから、踏みとどまっていられる。
「わかりました。ですが、我々はシャーロット王の子こそが次期王に相応しいと考えていることをお忘れなく」
シャーロットに釘を刺して、オルガーナとアドリーは執務室を後にする。
「毎日飽きもせずよくやるな……」
2人を見送ったシャーロットは何度目かわからないため息を吐いた。
こんな時こそ最愛の“妻”に癒してもらいたいのだが、肝心の“妻”は現在王都の隣にあるオルガーナ領で孤児院の慰問訪問中だ。
側妃の奉仕活動も、王族としての務めである。頭ではわかっているが悪態を吐きたくなる。
「あのワーカーホリックめ、帰ったらお仕置きだな」
そのためには今の仕事を終わらせなくてはならない。
シャーロットはめんどくさいと思いながらもペンを手に取った。
孤児院に慰問訪問していたサファルティアこと、ティルスディアはゾワリと背中に悪寒を感じた。
(え、何? なんか嫌な予感が……)
身近に殺気もなく、ティルスディアについてきた騎士たちは真面目に仕事をしている。
しかし、こういう嫌な予感ほど案外よく当たるものだ。
「ティル様ー、どうしたの?」
孤児院の子供たちに心配され、ティルスディアは誤魔化すように笑う。
「何でもありませんよ。さぁ、食事の時間ですから、一緒に行きましょう」
優しい女性の振りをすることももう慣れたものだが、こうして孤児院を慰問訪問するようになって良かったと思う。
今、この国はとても平和だ。
この数年は天候不良もなく、豊作とまでいかないものの飢饉になるほどではない。
80年ほど前に起きた飢饉の影響は微塵も感じられず、孤児院の子供たちは屋根のある所で眠れ、十分な食事を与えられている。
最低限の読み書きも学ぶことが出来るし、贅沢は出来なくとも皆、とても生き生きとした表情をしている。
それもこれも父王や現王が正しい政治をしているからだ。
王子として街を視察したことは何度もあるが、子どもたちから率直な意見を聞ける機会は、こういう時くらいしかない。
親と離れて暮らすこの子たちが、いつか国を背負うことのできるような立派な大人になれるよう、王族は責任を持たねばならない。
それが、誇りでもある。
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