第4話


 シャーロットから妃にと望まれて、サファルティアは自室で頭を抱えていた。

 自分が女であれば喜んで飛びついただろう。

 だけど、サファルティアは男で、シャーロットの“弟”なのだ。

 認められるはずがない。

 シャーロットは“女”になればいいと簡単に言ってくれるが、生来の性別はたとえサファルティアが去勢したとしても変えられるわけではない。

「どうすればいいんだよ……」

 国王の権力であれば、サファルティアの出自を隠すことも公にすることも簡単だ。

 しかし、そこに頼りすぎればシャーロットの治世が揺らぐ。

 それはサファルティアはもちろん、亡き父王も国民も望まない。

 好きな人に求められるのは嬉しいけれど、サファルティアはそこに甘えたくはなかった。

(やっぱり、兄上の望む通りには出来ない……)

 頭の中で何度も考えてみたが、国のことやシャーロットのことを思うなら、サファルティアは王宮から離れるべきだ。

 自分は良い。最初から叶わない恋だとわかっていたから、好きな人が幸せならそれで満足だった。

 でも、キスをされて、それ以上を望んでしまった時点で、“弟”としても臣下としても失格である。

 そんなサファルティアの真面目さを父王ノクアルドはとても心配していたのだが、その心配は見事的中することになっているなど、サファルティアは知らない。

 シャーロットには申し訳ないが、自分の気持ちを偽ってでもこの話は無かったことにしなくてはならない。

 そう思い、サファルティアはシャーロットの執務室へと向かった。


「ふむ、シャーロット王にも困ったものですな」

「ええ、此度の縁談も断られ、自らは結婚する意志はない、と」

「あの方は王族の尊い血を絶やす気か?」

「それは困りますねえ」

 シャーロットの執務室に向かう途中、サファルティアは聞こえた話し声につい足を止めてしまった。

 サファルティアがいる場所は、向こうからは死角になっているのか気付いている様子はない。

「シャーロット王に子を作るつもりが無いなら、やはりここはサファルティア殿下に目を覚まさせてもらう他ないでしょう」

「確かに。あの王子は少々堅物だがいかにも初心そうだしな」

 下品な話に、サファルティアもイラっとする。

(悪かったな初心で)

 確かに女性経験は無いが、王族としての自覚はあるつもりだ。

 万が一シャーロットに何かあれば、自分がその代役を務める覚悟はある。

 そうならないのが理想だが、現在王族の正当な血筋を引いている人間は本当に少なく、頭を抱えているのが現実である。

「いっそサファルティア殿下に王位に就いてもらう方がよいのでは?」

「それは最終手段だな。だが、その為にもあの王子をこちら側に引き込んでおく必要はあるだろう」

 サファルティアはゾクリと悪寒を感じた。

 あの二人はいますぐシャーロットをどうにかしようとするつもりはないだろうが、今のままではサファルティアを利用しようとするだろう。

 それは駄目だ。サファルティアは王になるつもりはないし、シャーロットを害するつもりもない。

 しかし、このままではサファルティアの意思に反して派閥争いが起きる。

(邪魔なのは、“僕”か……)

 自決は駄目だ。シャーロットに疑いの目が向く。

 ならば事故死か? そもそも死んだところでシャーロットは喜ばないだろう。

 父が死んで一番悲しいのはシャーロットのはずだし、続けてサファルティアが死ねばシャーロットの心は誰が癒すのか。

 すぐに素敵な令嬢との出会いがあればいいが、多忙を極めるシャーロットにその余裕は今は無いはずだ。

 ドクドクと心臓が跳ねる。

 サファルティアが取れる手段はあまり多くはない。

 だけど――。

 数度深呼吸をして、サファルティアは覚悟を決めた。


 シャーロットの執務室に入ると、サファルティアは人払いを願い出た。

「さて、サファルティア。お前の望み通り人払いをしたぞ」

「ありがとうございます。シャーロット陛下」

「やめてくれ、誰も聞いていないんだ。今まで通り兄上と……」

「本当にそれでよいのですか?」

 サファルティアがシャーロットの言葉を遮る。

「陛下は僕の気持ちをご存じでしょう」

「知っていても、お前の口からはきいていない」

 その通りだ。まだ一線を越えていない。

 サファルティアは震えそうになる足を叱咤して、シャーロットに近づくと自分から口付ける。

「僕は、あなたが好きです。兄としてではなく、シャーロット・フェリエ―ルという人間が」

 シャーロットは訝し気にじっとサファルティアを見つめる。

「僕も腹をくくりました。あなたの、妃になります」

 固い決意の眼差しのサファルティアに、シャーロットは驚きに目を見開く。

 先日の様子では絶対に断られると思っていたからだ。

 その為にたくさん考えた口説き文句が、一瞬で空の彼方へと消えてしまった。

「それは、どういう心境の変化だい?」

「どうもこうも、あなたが望んだことでしょう」

 確かにシャーロットが望みはしたが、命令はしていない。

 あくまでもサファルティアの意思を尊重するつもりだったからだ。

「僕は、あなたの脅威になりたくないし、あなたを支える人間でありたいんです。その為に“サファルティア”が邪魔だというのなら、“僕”は死んでもいい」

「待て待て待て、どうしてそういう話になる!」

 死んでもいい、なんてそんなことを言わせたかったわけではない。

 しかし、この真面目で頑固な弟は、子どものように首を横に振る。

「わかっているつもりではいたんです。でも、僕がいる以上、僕を利用して兄上を害する人たちがいる。僕にはそれが耐えられない」

 王族にはありがちな問題だが、サファルティアは潔癖なきらいがある。

 まだ16歳と若く、恋をしてはいけない人に恋をしてしまった。

 そんな葛藤からでた結論だった。

 シャーロットは今にも死にに行きそうなサファルティアを抱き締める。

「私の可愛いサフィ。お前が死ぬのは無しだ」

「わかっています、僕もまだ死にたくありません。だからこその妃です。でも、“サファルティア”としては駄目です」

 男で弟である“サファルティア”では問題が多すぎる。なら、シャーロットのいう通り“女”になるしかない。

「僕は、シャーロット王の妃になります。でも、正妃は駄目です、側妃にしてください」

「は? 何を言っている。サフィを側妃なんて……」

 あり得ないとシャーロットは説得しようとするが、サファルティアも引かない。

「ダ・メ・で・す! 僕は兄上の子供を産めないんですよ? 正妃が世継ぎを産めないなんて知られれば、今度は他の貴族からたくさん側妃を娶らなくてはならなくなります。僕が側妃に納まれば、兄上は正妃だけを娶ればいい」

 同性婚を認めていないシャルスリア王国だが、重婚は認められている。

 しかし、ノクアルドもその前の王も、正妃だけを愛し側妃を娶らなかったことは有名な話で、シャーロットもその気質を受け継いで正妃だけを迎えたいと思っていた。

 だからサファルティアを正妃にと望んだが、当のサファルティアは正妃を拒む。

 サファルティアの言いたいこともわかるのだが、シャーロットの愛はそこまで広くないのだ。

 しかし、世継ぎ云々の話はいずれ嫌でも出てくるし、国王の義務でもある。

 そして、その責任を真っ先に問われるのは、王ではなく妻である妃だ。

 例え子を産めない妃だと謗られることになっても、シャーロットを守る盾くらいにはなれる。

 “サファルティア”を、利用しようと考える者も減る。

「わかった。今はそれでもいい。だけどサフィ、私はお前が思っているほど恋や愛に希望を抱いていない。お前だけが私の癒しであり、唯一伴侶にしたいと望んでいる。いつか必ず法を変えてお前を正妃にしてやる」

「僕はそんなこと望んでいません。僕は、あなたに愛されるだけで幸せですから、多くは望みません」

 シャーロットの唯一無二の存在である正妃の立場が羨ましくないと言えば嘘になる。

 でも、サファルティアはシャーロットに愛されている事実だけで、これから先も生きていける。

「お前は、欲があるのか無いのか……」

「僕だって男ですから、好きな人を独占したいという気持ちはあります。でも王族でもありますから、分は弁えているつもりです」

「この頑固者め」

「その頑固者を好きになったのは、兄上でしょう」

「まったく、減らず口を……。それから、兄上じゃないだろう? サフィは私の妃になるのだから」

 とたんにサファルティアは顔を赤くする。

 成人したと言ってもまだ多感な年頃だ。サファルティアはもじもじと俯く。

「まだ妃じゃないです……」

 サファルティアのいう通りではあるだが、あまりにも可愛くてシャーロットは思わず笑う。

「はははっ、本当に、私のサフィは可愛いな。では、初夜まで我慢するとしよう」

 シャーロットはサファルティアの頬にキスをすると、サファルティアは恥ずかしそうに顔を俯かせた。


 そうして、“サファルティア”を隠すために2人でつくり上げた“ティルスディア・キャロー”という架空の女性を、シャーロットは側妃として迎えた。

 一方、サファルティアは王族の激務で身体を壊したとされ、王宮の奥で引き籠っている、という噂が流れた。それによってシャーロットの地盤固めは順調と言える状態になった。

 逆に王族の仕事を放棄するまでもないものの、身体を壊したという噂によって、サファルティアの王族としての資質を疑うものが現れた。

 サファルティアを王に、と考えていた貴族もいくらか手を引き、二人の狙い通りに、継承権については一応は落ち着きを見せた。

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