第6話


 サファルティアはまだ夜が明ける前から目を覚ますと、隣で寝ているシャーロットを見てホッとする。

(よく眠っておられる……)

 ここ最近は春の祭典や隣国の使節団との会談やらで多忙を極め、眠りが浅かったのだが、それも多少は落ち着き深い眠りについているようだ。

 目の下のクマも薄くなっている。指先でそっと撫でれば、「ん……」とむずがるようなシャーロットの吐息が零れる。

「サフィ……」

「起こしてしまいましたか……。まだ眠っていても大丈夫ですよ」

 シャーロットにキスをして、ここにいると伝えるが、シャーロットはサファルティアの腰を抱き寄せて足を絡めてくる。

「ちょ、シャーリー。まだ寝ぼけているんですか?」

 ぐりぐりと膝で股間を刺激され、サファルティアは身を捩る。

 サファルティアが早起きするのは一応理由がある。

「離したくない……。私を置いて仕事する気だろう、このワーカーホリック」

「ぁっ……、仕事、しないと、困るのは陛下、ですよ……。ひぁっ!」

「お前は私の妃だろう。今は私を慰めるのがお前の仕事だ」

 それはそうなのだが、数時間前まで散々喘がされて、正直腰も痛む。

 今日は外出の予定はないが、仕事がないわけではない。

「それに、サフィのここは期待しているようだが?」

 散々刺激された股間は熱を持ち、はしたなく涎を垂らしている。

 サファルティアは仕方ないと仕事をすることを半分諦めた。

 

 次にサファルティアが目を覚ましたのは、陽が高くなってからだった。

「最悪だ……」

 あの後3回もして、サファルティアは気絶するように眠ったのだが、シャーロットは逆に目が覚めたのか、朝食の時間には上機嫌でティルスディアの部屋を後にしていった。

 結局、明け方しようと思っていた“サファルティア”の仕事は何一つ手が付けられていない。

 しかし、ティルスディアとしての仕事は山のようにある。幸いなのは王子としての仕事よりも期限が緩いことだろうか。

 そもそも、側妃とは、王妃が子を産めなかった場合の保険である。その側妃が子を産めないのは一種の問題ではあるが子は授かりものであり、“側妃”といういくらでも替えの利く存在だからある程度大目に見てもらえるというのが強みの一つでもある。

 かといって、昼はいつ誰が来るかもわからないティルスディアの部屋で“サファルティア”の仕事をするわけにはいかない。

 夜は夜でシャーロットの相手をするとなると、“サファルティア”としての時間は限られてくる。

「えっと、これがマーシャル領の孤児院の収益と、収支報告書で、これがオルスター領……」

 孤児院が適切に運営されているかどうかの確認をしながら、ティルスディアはふと一枚の報告書に目をとめる。

「メルセガヌ領の収益……消した痕がある……」

 メルセガヌ領は王都のすぐ隣にある小さな領地だ。現在の領主は“クロウィセン・メルセガヌ伯爵”だが、最近王都で見かけた話は聞いた記憶がない。

 ティルスディアは側妃なので、基本政治の場には出て行かない。彼と顔を合わせるとすれば、祭典の時か夜会の時くらいだろうか。

 メルセガヌ領は小さいとはいえ王都のすぐ隣だ。国民は王都へ向かう為に必ず通る領くらいの認識だが一日と経たずに領を抜けられてしまう為、記憶に薄い者も多い。

 そのため、王宮内でも軽視されがちだが、王都の守りとしては重要な領でもある。

「一応陛下に報告しておきましょう……」

 ティルスディアは他の報告書とは別にしておこうと引き出しにメルセガヌ領の報告書を仕舞った。

 


 夕方、ティルスディアは宮内長官から王宮の財務管理についての相談を受けた後、国王付きの侍従が訪ねてきた。

「ティルスディア様、シャーロット国王陛下がお会いしたいと申しております」

「? 通してください」

 シャーロットがこの時間にティルスディアの元に来るのは珍しくはないが、もうすぐ夕食の時間である。その時にも逢えるので話があればその時でもいいと思うのだが、雑談ではないということだろうか。

 しばらくしてシャーロットがティルスディアの部屋に入ってくる。

 シャーロットの為にメイドにお茶を入れさせ、席へと案内する。

「やぁ、我が愛しのティルスディア。今朝ぶりだな、会いたかった!」

「うふふ、わたくしは、見送りもさせていただけない夫の薄情さにどうしてやろうかと思いましたけれど?」

 言外に「何故起こしてくれなかった」とクレームをつける。

「君の寝顔があまりにも愛らしくてね。起こすのは忍びないという私の優しさを無碍にする気かい?」

「まさか。朝も愛しの我が君のお顔が見たいという、わたくしのわがままですから」

「んんっ、わがままで可愛らしいとは、君は私を一体どうしたいというんだ」

 髪に指を絡めて上目遣いをするシャーロットに、ティルスディアは「早く用件を言え」とにっこり微笑んで無言で要求する。

「さて、いつまでもこうしてティルの顔を見ていたいが……」

 シャーロットは仕方ないと至極残念そうな表情をした後、人払いをする。

「サファルティア、メルセガヌ領の収支を見たか?」

 “サファルティア”は側妃ティルスディアから意識と声を切り替える。

「はい、消した痕がありました。僕の方でも計算し直しましたが、若干ずれが」

「やはり、か」

「何か問題が?」

「以前からメルセガヌ領主のクロウィセンが借金で首が回らない、という噂があってな」

 サファルティアが政治の世界から一歩引いたところに身を置くようになってから、領主の状況についてはあまり情報が入ってこなくなったが、シャーロットを通していくらかの情報は入ってくる。

 側妃ティルスディアの正体を知っているのは、シャーロットとサファルティアが幼い頃から世話になっているメイド長だけであるため、仕方のない部分はあるのだが、こういう時は少し面倒だと思う。

「そういえば、メルセガヌ夫人を最近見ませんね。ティルスディアとして茶会を開いてみましょうか?」

「ああ、夫人が顔を見せれば状況ももう少しわかるだろう。頼めるか?」

「もちろんです。陛下の役に立つために、僕はこうしているのですから」

 王弟としても、側妃としてもサファルティアは優秀だ。

「私のサフィは頼もしいな」

 サファルティアにキスをすると、サファルティアは目を潤ませる。長髪のウィッグをつけているからより女性らしく見えてしまうが、シャーロットにとってはサファルティアもティルスディアも本質は変わらない。

「ん……。まだ明るいのに……」

「サフィが可愛いのがいけない」

 嫌がっているのではなく、恥ずかしがっている様子も愛らしくて、シャーロットはくすくすと笑う。

「からかわないでください」

 ふいっと顔を背けて拗ねてみせるサファルティアだが、それすら可愛いと言ったら怒られそうなので、シャーロットは黙っていることにした。

「からかっているわけではないが、今夜も楽しみにしている」

「お手柔らかにお願いします……」

 寵妃も大変だ、とサファルティアは内心ため息を吐く。

「それと、茶会もそうだが気をつけろ、サファルティア」

「何をです?」

「お前は気付いてないだろうが、私に世継ぎを望めないと馬鹿なことを考えている連中が、サファルティアを擁しようとする動きがある」

 サファルティアは今度こそため息を吐いた。

「またですか。懲りないですね……。僕は陛下の万が一のスペアの自覚はありますが、王位に就く気は一切ありませんよ」

 王弟としての自覚が芽生えた頃から、その気持ちに偽りはない。

「知っている。だが、お前も男だからな。美しい御令嬢を見て、心動かさない、ということは無いだろう?」

 意地悪な質問をしている自覚はある。

 だけど、許されない恋をしているから、相手の気持ちを確かめたくなる。

「僕が愛しているのは陛下だけです。仮に御令嬢とどうこうなるにしても、その前に臣籍降下を願いますよ」

 サファルティアはシャーロットを真っすぐに見つめて言う。

「サフィは本当に真面目だなぁ。少しくらい遊んだらどうだ?」

「そういう陛下はどうだったんです?」

 シャーロットとサファルティアの年の差は3つ。サファルティアが成人する頃には、シャーロットはとっくに成人していたが、サファルティアの知る限り浮いた噂は聞いたことがない。

「言っていいのか?」

「そうですね、内容次第ではここを使い物にならなくしてやりたいとは思うかもしれないです」

 サファルティアの手がするりとシャーロットの股間を撫でる。

 頭ではわかっていても、嫉妬くらいはする。側妃としての自分は、多少の嫉妬が許される。

 そして、シャーロットはおどけながらもそれを受け入れてくれる。

「怖いな。本当に世継ぎが出来なくなってしまう」

「……冗談ですよ。とにかく、その件については僕の方でも少し様子を見てみます」

「ああ、期待しているよ。私のサフィ」

 王弟としても側妃としても、シャーロットを支える臣下として、サファルティアはそれに答え義務がある。

「はい、我が君の御心のままに」

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