第2話
サファルティアこと、側妃ティルスディア・キャローは与えられた部屋で王弟としての仕事をしていた。
元々サファルティアとして使用していた部屋はあるが、現在“サファルティア”は病気療養中として王宮にはいないことになっている。そうすればサファルティアとティルスディアの関係を疑うものが少なくすむ。
(まぁ、妃になれと言われた時にはどうなることかと思ったけれど……)
2年も経てば女性らしい振る舞いも言葉遣いもある程度身につく。
女性らしく聞こえる声も、幼い頃から高音と低音を使い分けていたせいか特技として活用できたし、ダンスだって運動神経の良さもあってかすぐに覚えることが出来た。
今ではティルスディアの存在は王宮内では正しく“女性”で、シャーロットの側妃として機能している。
シャーロットが望んだとおりに、サファルティアを封じることで、順調に国は安定している。
それ自体はサファルティアも不満はない。
ただ、それでもやはり不安になる。
――シャーリーは、本当に僕のことを愛してくれている……?
サファルティアに与えられたキャロー領の今年の農業に関する生産性の統計を確認しながら、サファルティアはふと窓の外を見る。
窓に映る自分は、髪が長くて、詰襟のドレスで喉仏を、ショールで広い肩幅を隠している。兄弟なのに、あまり似ていないと昔からよく言われたが、こうしてみると本当の女性のようで、サファルティアという存在がどこか希薄に思える。
――サフィ、愛している。
昨夜もたくさんそう言ってくれた。
嬉しくて、ドキドキして、心がふわふわして、愛しさで溺れてしまいそうになる。
ずっとずっと、一緒にいられたらいい。
(贅沢、なんだろうな……)
シャーロットのことを、兄としてではなく、肉欲を伴ったひとりの人間として、好きだと自覚したのはもう何年も前のことだ。
この気持ちは、ずっと封じなければいけないものだと思っていたのに、その距離を詰めてきたのはシャーロットの方だった。
2年前、サファルティアは16歳で社交界デビューを果たした。
その日はサファルティアの誕生日でもあり、王宮では豪華なパーティが開かれた。
「サファルティア殿下も16歳、いやはや、時が経つのは早い」
「これだけの美男子なら、御令嬢たちも引く手あまたでしょう」
「容姿のみならず、学業面でも優秀だと聞きました。将来有望ですな」
オルガーナ侯爵や、アドリー伯爵も祝いの場で挨拶をする。
「はい。これからは陛下や兄上を支えていけるよう精進していくつもりです」
この時のサファルティアは、王弟として政治や軍部、何方からでも国を支えられるようになることを目標としていた。
3年前に父王が病に臥せ、現在実質的に執務を執り行っているのは兄であり王太子であるシャーロットだ。
政治や軍部に関わる重鎮から声を掛けられ、期待されれば敬愛する兄を支えたい。その想いはより一層強くなる。
盛大なパーティは大きな問題もなく、盛況なまま終わった。
それから数日後だった。
「兄上! 来月のドリス公国への外交の件ですが……」
「サフィ、ちょうどそのことで私も話があったんだ」
王族として、他国との外交は欠かせない。次期国王であるシャーロットは滅多なことでは国外に出られないが、その分サファルティアが外交面を担う。そうした役割分担は、サファルティアの中で父や兄の役に立っていることを実感していた。
「それで、土産品として持って行くリストを作成したので一緒に確認をしてもらいたいです。この時期であればアドリー領のワインがちょうど旬なのでこちらの方がいいかと思うのですが……」
外交使節団として代表となるのはサファルティアにとって初めてではないが、成長すれば見え方も変わってくる。幼い頃であればお飾りでも十分だったが、今は国を支える王族としての自覚もあり、サファルティアは積極的にいろいろな経験をしようとしていた。
「兄上?」
弟の成長が嬉しいような、寂しいような気持になりながらも、シャーロットはサファルティアの手元を覗き込む。
「ああ、さすがだなサフィ。確かにこの時期のワインであれば向こうに到着する頃に飲み頃になるものだし、珍しい葡萄を使っているから先方も喜ぶだろう」
シャーロットに褒められ、サファルティアは嬉しくなる。
「良かった。兄上にそう言ってもらえると自信が……」
ふと顔を上げると思ったよりもシャーロットの顔が近くてサファルティアはドキリとする。
「っ、あ、兄上ちょっと近いですっ……! って、うわぁっ!?」
驚いて仰け反ると転びそうになるのを、すぐ横にいたシャーロットが支える。
「おっと、大丈夫か?」
「っ、大丈夫、です。すみません、ちょっと、驚いただけです……」
幼い頃からシャーロットは美しい顔立ちをしていた。
両親譲りの明るい金髪に、角度によって見え方の変わる碧い瞳に見つめられると、いつの頃からか心臓がドキドキするようになっていた。
羞恥で真っ赤になるサファルティアの反応に、シャーロットはくすくすと笑う。
「真っ赤になるサフィも可愛いな」
「もう、揶揄わないでください! ていうか、そろそろ手を放していただけませんか……」
兄弟とはいえ密着しすぎるのも変だろう。人に見られても兄弟のじゃれあいで済ませられるだろうが、サファルティアはそれどころではない。
サファルティアの腰を抱いていたシャーロットの腕に力が入り、ますます密着する。
「私の可愛いサフィ。そんな可愛い顔をされると……」
「っ、兄上!」
耳元で甘く囁かれ、さすがにこれ以上は無理だとサファルティアはシャーロットを押しのける。
シャーロットは残念そうに手を放した。
「そう言うのは、もうすぐいらっしゃる正妃候補の姫に言ってあげてください」
ずきりと痛む胸を隠して、サファルティアはシャーロットから数歩距離を置く。
「それなんだがな、破談になった」
「はい?」
シャーロットは苦笑する。
「なんでも母方の親族に不幸があったとかで、こちらには来れない……と」
「でしたら時期をずらせばいいだけでは?」
サファルティアも何となく事情を察した。おそらく、先方が嫁ぎたくないとか何とか言って体よく断る為の口実だろう。
だけど、他国との婚姻は外交問題にもかかわる。すぐにというわけではないが、慎重に事を運ばねばならない。
「まぁ、そうなんだがな」
しかし、シャーロットも初めからこの婚姻に乗り気ではない。
王族の義務として頭では理解しているが、好きな人がいるのに、別の女と結婚しなければならないというのは、感情の整理がまだできていない。
「わかりました。この件は陛下の耳にも入るはずですし、僕に出来ることがあれば協力しますから、兄上もあまりご無理をなさらず」
「ああ、ありがとう」
それからも雑談を交えながら、国の今後の政策についてや、領土管理のことなど話している最中だった。
「シャーロット殿下、サファルティア殿下! 大変でございます!」
国王の専属侍従が、慌てた様子でシャーロットの執務室に駆け込んでくる。
「どうした、騒々しい」
侍従の尋常ならない様子に、シャーロットの眉間に皺が寄る。
「陛下が、ノクアルド国王陛下が危篤です!」
その知らせを聞いたシャーロットとサファルティアの表情が蒼褪める。
2人は政務を放り出し、急いで国王の寝室へと向かった。
次の更新予定
偽りだらけの花は、王様の執着に気付かない。 葛葉 @obsidian0119
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