第1話


 薄暗い部屋の中央に置かれた大きなベッドに重なり合う二つの影がある。

「んっ、ぁ……ああっ……!」

 あえかな声は甲高いけれど、女の声というには少し低い。

「はっ、可愛いな、私の“サフィ”は」

 シャーロットが組み敷いているのは、美しい顔を快感で蕩けさせた第二王子、サファルティアだった。

 互いに抱き締め合うと、安堵して満たされた気持ちになる。

 そのまま互いの求めるままに再び身体を重ねた。



「サフィよ」

「どうかしましたか、陛下」

「閨にまで仕事を持ち込むのはどうかと思う」

 ひとしきり愛を確かめ合った後、サファルティアは身支度を簡単に整えるとさっさとベッドを降りて、机に向かう。

 それを不満げに見つめるのはシャーロットだ。

「僕だって持ち込みたくないですよ。ですが、僕は領地管理と王宮内の管理もしていますので。どこかの誰かさんのおかげで」

 どこかの誰かさんであるシャーロットはぐうの音も出ない。

「誰か別の人間に任せればいい」

「そうしたいのはやまやまですが、それをすると側妃“ティルスディア”の適性が疑われます。それは陛下も望まないでしょう?」

 それはそうなのだが、一応シャーロットと“ティルスディア”は相思相愛の夫婦だ。こうもすげなく対応されると若干傷つく。

「やはり無理を通してでも正妃にするべきだった……」

「それは嫌です。“ティルスディア”として兄上の縁談除けになることは承諾しましたが、僕では正妃に相応しくない。僕は、あなたの心を慰めることは出来ても、世継ぎは作れませんから……」

 サファルティアが自嘲気味に笑う。

「わかっている。それでも私は、サフィにそばにいてほしいんだ」

 シャーロットはサファルティアを抱き締めて、キスをする。

「ありがとうございます。僕も、同じ気持ちです。それに、嫌ではないんです。〝ティルスディア”を演じることは、僕の意思で決めたことですから」

 “側妃ティルスディア”は、シャーロットが縁談から逃れるためだけにつくり上げたわけではない。

 同性婚の認められないシャルスリア王国で、一緒にいる為に必要な存在だ。

「サフィ。私の愛しいサファルティア。お前を手放せない不甲斐ない私を許せとは言わない。お前に窮屈な思いを……」

 今度はサファルティアの方からキスをして、シャーロットの口を塞ぐ。

「それ以上は僕も怒りますよ、シャーリー。あなたを兄として見られなくなったあの日から、僕は僕の意思でシャーロットの腕の中ここにいるんですから」

 本来であれば、サファルティアは兄王を補佐する第二王子。シャーロットに子供が出来ない以上、王の代理を務めることもあるのだが、小さな国の中でも派閥争いはある。

 シャルスリア王国は建国以来戦争というものをほとんど経験していない。

 今の軍部は武力を競うよりも国土整備や災害救助に駆り出されるのが主な仕事となっているため、内乱でも起きようものなら真っ先に民に被害が行く。

 それを防ぐためにも、サファルティアが“ティルスディア”を隠れ蓑に、姿を隠すことで病弱な印象を強くし、派閥争いを抑え込むのは有効な手段だった。

「そういえば、僕に来ている縁談はどうしてます?」

 サファルティアがふと思い出したようにシャーロットに聞けば、途端に不機嫌な顔になる。

「全て燃やした」

 それを聞いたサファルティアは苦笑する。

 別に処分されるのは構わないのだ。自分は誰とも結婚するつもりはない。

 唯一愛した人のそばにいられるだけで十分だから。

「いつもありがとうございます」

「全く、私に正妃を娶れと言いながら、サフィにも縁談を持ち込むとは図々しい」

「貴族なんてみんなそんなものでしょう。それよりも、陛下は休まれなくてよいのですか?」

 既に月はだいぶ傾いている時間帯だ。あと数時間もすれば夜が明ける。

「僕はいくらでも言い訳出来ますが、陛下はそうもいかないのですから」

「サフィが添い寝してくれるなら」

 シャーロットはサファルティアより3つ年上だが、時々とても子供っぽくなる。

 しかし、それが嫌ではないのは、彼を愛しているからだろう。

 それに、王を寝かしつけるのも、弟であり側妃である自分の役目だ。

「仕方ないですね。少しだけですよ」

 結局殆ど進まなかった書類を仕舞って、サファルティアはベッドに逆戻りした。

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