第3話 訪ね人と拒絶

 玄関口のドアベルが鳴った。しかし、今日のシエルには来客の予定はなかった。ならば相手はセールスか、あるいはおせっかいな魔法薬店の店主だけだろう。そう判断したシエルは魔法薬製作の器具に向き合う。


 ドアベルが鳴る。今度は二度の連打だった。シエルの眉がひくつく。魔法薬製作のための器具を掴む手に力が籠る。シエルの指先が力を入れたためか白くなる。


 三連打。音を立てて器具を机に置いた。机の上に用意していた薬草が、その振動で揺れた。シエルの唇が不快そうに歪む。シエルの足が玄関に向く。その足音は荒い。


 四れん──


「うるさい!」


 四度目のドアベルの音の余韻が消え切らないうちに、大きな音を立ててシエルの家の玄関の扉が開く。同時に響くシエルの怒声。近くで草を啄んでいた鳥たちが羽ばたいていく。シエルの普段使っていない喉が痛んだが、それどころではなかった。


 シエルの目線の先、扉の前にいたのは赤髪の少女だった。少女はドアベルに指を置いて目を丸くしてシエルを見ていた。

 琥珀色の瞳は気が強そうに吊り上がり、髪の毛はポニーテールに締められている。


 ──その色は冒険の日々かつてを思い出す。


「なによ、あなたが出ないのが悪いんじゃない」


 驚いた顔を不満げに変化させて、少女は言った。気の強そうな声。他人の家のドアベルを何連打もしたとは思えないほど、悪びれたところのない態度。

 その横柄な態度はシエルの神経を逆撫でさせる。図らずもシエルの口調が荒くなる。


「俺が留守の可能性は……」


 考えなかったのか。という前に少女に返答された。


「ギルドであなたのことを聞いたら、みんな引きこもりだって言っていたわ」


 不満かつ不服そうに少女は言った。どうやら、少女の表情は豊かなほうらしい。いかにも不機嫌という様子で、にらむようにシエルを見つめる。

 しかし、少女の発言もさもありなん、といったところだった。シエルが引きこもったことは『青の結束』と関わりのあった人間には周知の事実だった。

 しかし、シエルは疑問に思う。


「なんで、俺のことをギルドで聞いた?」


 それは、もっともな疑問だった。シエルが冒険者として活躍していたのは、もう三年も前になる。正直、最近冒険者になった人間は、シエルの所属していたパーティー『青の結束』のことを詳しくは知らないだろう。


「わたし、冒険者になりに来たの」


 その少女の瞳は琥珀。確かな決意とともに、シエルを見つめている。

 その表情が、かつて見た表情と重なる。その顔をした仲間ケイは、もういないのに。シエルの心が揺らぐ。


「兄さんを超える、冒険者に」


 その言葉に面食らう。思わず、少女の顔を呆然と見つめた。

 そんな中、少女は無遠慮にシエルの部屋に入ってきた。シエルは気を取り戻して、ズカズカと部屋に入ってきた少女を追いかける。部屋を見回して、少女は一言。


「うわ、薬草くさ」


 その言葉に内心ダメージを受けるシエル。思わず、拳に力が入る。爪が食い込む痛みでハッとする。手を開き赤くなってしまった手のひらを見た。数秒もせずに爪の跡はすぐに消えた。しかし、おかげで正常な思考が戻ってくる。

 内心こころのダメージ、その感情はおくびも出さずシエルは少女に問うた。


「君、名前は」


 少女は答えた。それが、誇りであるように堂々と。


「アニス。『青の結束あなたのなかま』だったケイの妹」


 ケイ。かつての『青の結束』のリーダーだった男だ。燃えるような赤髪をいつもオールバックにしていた。その大剣はいつも、仲間の進む道を強く切り開いていた。シエルも、兄のように慕っていた。

 少女は続けざまに言った。


「ねえ、お願い。私と一緒にダンジョンへ潜って」

「いやだ」


 シエルはアニスの願いを、にべもなく切り捨てた。間髪入れずに簡潔に断った。ほとんど、条件反射のようなスピードだった。アニスの表情が歪む。


「なんでよ。あなた、兄さんと一緒にダンジョンへ潜っていたんでしょ」


 アニスの眉間のしわが深くなる。アニスがシエルの発言に疑問を持ったことはその姿から明白だった。加えてアニスの足元は不機嫌ゆえか行儀悪く、トントンと床を叩いている。

 シエルはそのアニスの態度に眉をひそめる。そうして、重く、苦々しそうに口を開いた。


「……いまは、潜ってない」


 もう、三年も。ダンジョンやそれにかかわるギルドからも逃げ続けた。それはかつての仲間との記憶が残っているからなのか、シエルにはわからない。

 けれど──、もうダンジョンには潜りたくない。それがシエルの出した結論だった。

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