第2話 生き残りの現在

 正午の鐘の音で、どうにか布団から這い出した。太陽はとっくに頂点に達している。

 空のように青い髪、夜のような紺の目。昔から女に間違われる女顔は、思春期の頃からのコンプレックス。シエルは死んだような目で、鏡を見つめる。


 『青の結束』が壊滅してから3年。シエルは19歳になった。しかし、未だにあの日を夢に見ない日はない。

 仲間が戦う中、役に立てなかった無力な自分。仲間は死んで、自分だけ生き残った。

 悪夢は未だシエルを蝕み、その意思を過去に捕らえて離さない。過去を変えることはできないことは、シエル自身よくわかっているはずなのに。


 戦闘職でない地図描きマッパーはモンスターとの戦闘の役に立たない。それを分かっていて志したのはシエル自身だった。


 それは、かつて共に過ごした祖父と同じ職業であり、祖父の語る英雄譚の多くは地図描きマッパーが語る形式をとっていたからでもある。英雄の姿を克明に伝え、あるときには対峙するモンスターの弱点を知識から引き出す。その姿にモンスターと劇的に戦う華やかさはないとしても憧れた。


 けれど、それは子供かつての夢。仲間を死なせた自分シエルに、その夢を語る価値は無い。少なくとも、シエル自身はそう思っている。


 かろうじて、自作の魔法薬を売ることによって、かつての仲間と過ごしたスピカ荘の家賃は支払えているが、それもいつまで続くのか。とうの昔に、頼れる身内は死んでいる。迷宮都市ラプラスを去らなくてはいけないのも時間の問題だった。


 買い置きのシリアルを胃に流し込むように食べる。食べきった食器は流し台へ。食器を洗うついでに流し台周辺も掃除する。

 かつての仲間は、このシエルの癖を几帳面だと言って笑っていた。そんなことを、思い出す。思い出してしまう。


 (ああ、こんなところでも──)


 かつてを思い出す自分が嫌いだ。シエルは本気でそう思っている。


 掃除が終われば、魔法薬の製作に取り掛かる。よくしてくれている薬草屋がシエルの部屋まで薬草を届けてくれるから、材料は買いに行かなくてもいい。──魔法薬店の店主の方はしきりにシエルを外に出させようとするのだが。


 のろのろと調剤服に着替える。何枚ものストックを持ち、最近は半ば部屋着にもなっている調剤服は、しっかりと洗っているのに魔法薬や薬草の匂いがする。

 薬草と器具を揃えて、魔法薬製作に取り掛かろうとする。魔法薬のレシピを知識の中から呼び起こす。


 そんな惰性と知識の海をシエルの意識が漂っている中、ふいにドアベルが鳴った。

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