今でも青い空の下

先崎 咲

第一部 迷宮(ダンジョン)と冒険編

第一章 迷宮と冒険と死に損ない

第1話 青の結束

 その探索はいつも通りだった。いまだ、踏破されたことない53階層。現在のダンジョン攻略の最前線。これを踏破し、名を残す。それが最近の『青の結束』の持つ野望だった。


 剣士──大剣を持つ赤髪の男が振り向いた。


「大丈夫か? ■■」


 ひとり体力が低い少年じぶんを心配する声。それに大丈夫、と答え先へ進む。

 通路は薄暗い石造り。幅は狭いくせに天井は見えないほど高い。壁を注視すると、文字らしきものがぎっしりと詰まって彫られている。


「待って」


 盗賊──猫耳をもつ銀髪の少女が声をかける。隊列は緊迫を孕んだまま、静かに足を止める。少女の頭にある猫耳が耳を澄ますように細かに動く。しばらくして、盗賊の少女がハンドサイン。


 “大型モンスターが2体”


 そのサインを見て、魔法使い──緑のローブを着た眼鏡の青年は金属でできた杖を掲げて、静かに詠唱を始めた。

 それを受けて僧侶──紺色の法衣の落ち着いた雰囲気の男はデコイの秘跡を行使した。


 少年じぶんは後ろで見ているだけ。手には羊皮紙と万年筆。情報を逃さぬようにと、眼窩の中はせわしなく動いている。


 ハンドサイン通り、大型モンスターが暗闇の先から現れる。背丈は人の3倍を優に超える青い人型。肩からは人間以上の4つの多腕が棍棒をもって生えている。それが、2体。

 ギョロリ、と彼らを見下ろす巨人の不気味な目。瞬間、巨人の片方が棍棒を振り下ろした。見当違いの方向に落ちる棍棒。


 僧侶のデコイの効果だ。一時的に敵に味方の位置を誤認させる。

 その隙に、魔法使いの魔法が発動する。風王の槌ウィンドハンマー。上級魔法に位置する風の魔法。暴力的な風のかたまりは、巨人たちを横殴りにした。


 青い巨人の1体は倒れる。巻き込まれるようにもう1体も横転する。その隙を、赤髪の剣士は逃さない。


「うおおおぉぉ!」


 咆哮とともに気合一閃。巨人の腹から青い血が噴き出す。

 起き上がろうとする巨人に背後から忍び寄っていた盗賊が巨人の首に短剣を突き刺した。音は無い。力なく倒れる巨体。倒れるときの音はその巨体を証明するような轟音だったが。


 ──多くの挑戦者ぼうけんしゃを屠ってきた魔人さえ、彼らなら倒せる。数多の英雄譚の英雄たちのように。

 彼らなら、この迷宮ダンジョンを踏破できる。そう愚直に信じていた、あの頃。



 ふと、視界が切り替わる。


 視界は赤く染まっている。


 目元を拭って、視界を取り戻す。開ける視界。しかし、目の前に広がる様相は、地獄そのものだった。


 不快なモンスターのけたたましい笑い声。咆える三頭犬のうめき声。先ほど見た青い巨人は両手の数では足りないほどだ。


 それでも、彼らは戦っている。その大剣で、短剣で、詠唱で、秘跡で。各々の役割を理解して戦っている。その死闘とも呼べる戦いに役に立っていないのは少年じぶんだけだった。

 瞳を動かし、頭脳から知識を漁る。せめて、なにか、彼らの力になれるように、と。焦る思考は知識を滑っていく。視野が狭窄していく。しかしそれに、気づかない。気づけない。それほどまでに、追い詰められていく。


 いまだ止まらないモンスターの大群。時間ごとに増えていく傷。仲間の傷に魔法薬を掛ける。すずめの涙ほどでも力になれればと思い、フォローに回る。しかし、その小さな成果はより大きな負傷によって塗り替えられていく。

 焦燥と絶望が少年じぶんの胸の内の影に巣食う。


「まだまだぁっ!」


 赤髪の剣士が発破をかける。それに応えるように、盗賊がモンスターの急所を切り裂いていく。魔法使いが大規模魔法の詠唱に取り掛かる。僧侶が仲間に補助の秘跡を行使する。


 少年じぶんはせめてもと、数が少なくなった体力回復の魔法薬を彼らの元へ届けていく。


 物資や体力が尽きていく一方、敵が尽きる気配はない。息をするにも苦しくて、手は気を付けないと震えて力が抜けそうだった。

 カバンを漁る。指先に触れる感覚がない。体力回復の魔法薬が尽きた。カバンの中に残るのは、本来探索にあてるはずだった残り日数分の携帯食料だけ。

 それでも、と気持ちを奮い立たせる。震える足を叱咤する。念のために、と腰に装備していたナイフを手に取った。


 絶望のほとり。終わりは見えない。すでに仲間の装備は血に染まり、元の色が分からないほどだった。


 目まぐるしく変わる戦況の中、唐突に赤髪の剣士は言った。


「お前は、生きろ」


 その瞳は、真摯に少年じぶんを見つめている。呆然とその瞳を見つめ返した。

 その髪は血に濡れて、いつもよりもくすんで見えた。しかし、その琥珀色の目は剣士かれの意思を如実に語っていた。その意思を変えることは、きっとできない。


 それでも。それでも、何かを言いたかった。なにを言いたかったのかはわからない。


 自分は足手まといか?

 どうしてそんな顔をする、自分にだけ言葉をかける?

 みんなで一緒に逃げよう、みんなで逃げれば立て直せる?


 わからない。わからないまま、場面は進んでいく。


 気が付いた時には、剣士の意見に同意するかのように、仲間の僧侶によって潜伏の秘跡がかけられたローブに包まれていた。盗賊がそれを器用に投げた。終わらぬ戦いの音。助けになりたいのに魔法使いの眠りの魔法によって意識は沈んでいく。



 次に目覚めたときには、すべて終わっていた。

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