17件目 嘘ではないはず

 お互いの顔を近づけ、唇を重ねる。

 私にとっては初めてのもの。康太くんは初めてじゃないのかな…。

 過去を想像してみるだけで、なんだか辛くなる。

 唇を離すと、彼はすかさず顔を逸らした。


「さ、里見さん…」


 声を震わせながら私の名前を呼ぶ。そんな彼がとても愛おしく感じる。


「…ごめんね、どうしたらいいのか全然分からなくて。私の気持ち、伝わってたらいいけど…」

「はい、その…すごく伝わって来たと思います」

「「……っ」」


 しばらくの沈黙が訪れる。

 私たち二人は、顔を合わせつつも激しく目を泳がせる。

 えっと、これからどうしたらいいんだっけ…!私の描いてる漫画だと、このままゆっくり服を脱がされて——!

 そんなことを考えて焦っていると、不意に康太くんと目が合った。


「あはは…」

「ふふ…」


 下手くそな笑みでお互い無理やり誤魔化す。


「あっ、そうだ。残りは私がやっておくから、康太くんはお風呂に入っちゃって!」

「すいません、ありがとうございますっ」


 強引に彼の背中を押し、脱衣所へと連れて行く。


「着替えは後でここに置いとくから、今着てる服は洗濯機に入れちゃってね」


 それだけ言って、勢いよく扉を閉める。

 そのまま壁にもたれながら、ゆっくりと脱力し、腰を下ろした。


「はぁぁぁぁぁぁ、ほんと、最近なにやってるのかしら……。……あれっ、そういえば、返事してもらってなくない!?」


 ほんの少し前までの会話を思い出す。

 けれども、彼から返事をしてもらった記憶は一切ない。と言うか、その前に私が誤魔化したんだった。


「あぁぁぁぁー……。響子に相談してみようかな…」


 特にいいアドバイスを貰えるとは思っていないけれども、傷の舐め合いくらいならできるかもしれない。そんなことを考えながら、メールを開く。


『康太くんに好きって言われたし、キスもしたよ』


 嘘ではない…嘘ではないはず…。

 なんでこんなくだらない見栄張るのかしら私…。


「はぁ、とりあえずお皿洗わないとね…」


 少しでも気を紛らわすために、私はぐいっと重い腰を上げた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る