12件目 物々交換というやつなのだろうか

「お届け物でーす」


 今日もいつものようにここへやって来た。

 ただ、里見さんに好きな人がいるということを知ってから、ほんの少しだけ気が重くなっているように感じる。

 いや、だめだ。俺はただの配達屋で、向こうはお届け先のお姉さんなんだ。期待するほうがおかしいだろ。

 そんなことを考えていると、中からトタトタと小走りでこちらに近寄って来る足音が聞こえた。

 ほんの少し待つと、それは目の前で止まり、扉を開ける。


「いつもありがと」


 そう言って優しく微笑んでくれる里見さんだが、心なしか息が上がっているように感じる。


「息が荒いですけど、もしかして今忙しかったですか?」

「ん、ううんっ、ちょっと仕事してただけっ。そこで康太くんが来たから、早く会いたくて慌てちゃった」

「うぐ…っ、そ、そうでしたか…」


 なるほど。左手に持っている紙は、多分仕事で使う書類なんだろうな。——それにしても里見さん、相変わらず達筆だよなぁ。やっぱりお堅い仕事してるのかな。

 伝票に書かれたサインを見て、そんなことを考える。


「ありがとうございます。こちらお荷物です」

「こちらこそ、いつもありがとう」


 そんなやり取りを交わしながら荷物を渡し、里見さんからは、持っていた一枚の紙を差し出される。

 流れで受け取ってしまったが、物々交換というやつなのだろうか。


「それでは、失礼します」

「お仕事頑張ってね」

「はい!」


 とりあえず、渡されたのだから受け取っておこう。そうやって、あまり確認せずに俺はトラックへと戻った。

 バタンと音を立てて扉を閉め、シートベルトを着ける。


「この紙はいったい——」


 白紙である片面を眺めてから、なんとなくその裏面を確認してみたところ、俺は言葉を詰まらせた。


「……んぇっ!?こ、ここここ、これって……!」


 そこには一人の美少女が大きく描かれていた。しかも、全裸の。ベッドの上で四つん這いになり、こちらに迫って来るかのような状態だ。

 妖艶な笑みを浮かべたグラマラスな女の子。

 これは、どこかの漫画のキャラクターなのだろうか。

 ゴクリと生唾を飲み込んだ。


「……どうして里見さんは、これを俺に渡したんだ…?」


 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


「んーっと、あ、今日は私の漫画の新刊のサンプルが届いたのね」


 康太くんから受け取った荷物を開け、中身を確認する。

 すると、タイミングを図ったかのように担当編集の道下佳奈からのメールが届いた。


『新刊のサンプルは届きましたか?もし何か問題があれば連絡ください!』


「相変わらず、佳奈ちゃんのメールは短くて寂しいなぁ。あ、ついでにさっき描いた表紙絵のサンプルの写真も送ろうかな。——えっと、どこにやったかなぁ」


 寝室へ向かい、コピー機を確認する。

 パネルに『コピー完了』と表示されているように、確かに印刷した記憶が私の中にはあった。

 思い出そうとすればするほど、冷や汗が出て来る。

 

「……あれ、もしかして康太くんに渡してない……?」


 段々と心臓の鼓動が強くなり、それとともに体温が上がるのを感じる。


「康太くんに電話……!って、番号知らないし!これ……詰みってやつ……?」


『はぁぁぁぁぁぁぁ』と、魂までも抜けてしまいそうなほど、深いため息をついた。

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