楽しかった日常の終わり

 雪と灰に覆われ、廃墟と化した街の中で、少年少女達の楽しげな歌声が響き渡る。彼らはどこで見つけたのか銃で武装し、歌いながらも銃口を辺りに向けていた。


「みんな、今日はあの建物の中に泊まろうか」


 一番大きな少年が、灰を被ったビルを指差しそう言うと、彼らは口々に「賛成!」とか「はーい!」と返事した。誰の表情にも、こんな世界で生きているというのに憂いの色はどこにもない。誰もがその少年を信じていることがよく分かる。


「ねえ、カイ……あっちから誰かが見てるよ?」


 カイというのは少年の名前だった。少女が指差す方向には、確かに幾つもの視線を感じる。それも、好意的とは言い難い危険な視線。カイはそれに気づいたが、一言「大丈夫だ……」と言って少女の頭を撫でる。 


 だが、少女の表情はくもったままだ。 (もしも……あの人達が襲ってきたら)と、その事が少女の頭から離れない。心配そうな視線をカイへと向ける。




 翌日、少女が辺りを見回しても、そこにカイの姿はなかった。


 だけど、壁に書かれた文字を見て、少女はビルを飛び出した。


「どこに行ったの……カイ!」


 ビルの入り口に散乱した知らない男達の死体には目もくれず、少女は走る。


 壁にはこう書かれていた『ごめん、もう僕は耐えられない。後はヨルに任せる。無責任な兄を許して欲しい』と。


「違う、違うよカイ!」


 (謝るのは、私達の方……)


 少女ーヨルは知っていた。まだ幼いヨル達を守るため、カイだけが手を汚していた事を。それを悔やみ、毎日思い詰め、眠れない夜を過ごしていたことを。


「私が……私が……」


 どこまで行ってもカイはいない。少女は大粒の涙を流し、廃墟の中で静かに泣いた。


 カイのいない彼らの日常は少しづつ崩れていく。……もうそれは、止まらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る