失ったものは戻らない

 いつも私は絵を描いていた。絵を描いたら、みんなが私をほめてくれる。みんなが喜んでくれる。お父さんもお母さんも……いつも一緒にいてくれる。私は絵が好きだ。絵を描かなくちゃいけないんだ。


 ……半年前、私は全てを失った。目を覚ますと、病院のベットの上だった。全身がひどく痛んで涙が出た。でも、それよりも辛かったのは……私の右手がなかったこと。後から聞いた話だと、私は通学中に車にはねられてしまったらしい。その時、右手がどこかに挟まって、何百メートルも引きずられたらしい。そんな事故の後で、命があるだけマシだけど、その時の私にとって、絵は人生そのものだった。右手がないと絵が描けない。右手が痛むのに、どうしてそこに、右手がないの!って、半狂乱で暴れた。看護師三人に抑えられ、落ち着いた後も、私は何も手がつかなかった。何日もベットの上で、ボーっと変わらない天井を眺める毎日。右手を見れば、「死にたい」とうわ言のように呟いていた。そんな、お世辞にも正常とは言い難い精神状況だったある日。クラスメイトを名乗る一人の女の子が訪ねて来た。話したこともないし、名前すら覚えていなかった彼女は、来るたびに、学校であったことやその日の出来事を話してくれた。そして……私に、あるゲーム機をくれた。それは最新のフルダイブ型VRと呼ばれるゲーム機だった。


 彼女が私の頭に機械を取り付け、電源をつけると……私の世界に再び光が戻った。目の前に広がるただ真っ白な部屋の中に、一つ置かれたキャンパス。筆に手を伸ばすと、ないはずの右手は、確かにそこにあった。


 まるで何もない、ただ白いだけの殺風景な部屋で、私は再び筆を握る。


 何を描くかは決まってない。それでも、運命をなぞるように、自然と筆は動く。だって、私の絵の中には、いつだってみんながいるのだから。だから、私はまた絵を描く。


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