第7話

 荒廃した羽佐間ハザマ市の裏路地を、カガネは足音もなく歩いていた。全身を冷たく煌めく義体に変えたことで、街の気配を敏感に感じ取れるようになっていた。彼の目標は、家族を奪った者への復讐。そのためには、どんな細かい情報でも見逃せなかった。


 夜の闇に溶け込むようにして、ビルの壁を伝いホログラム広告の光が揺れる路地に忍び込む。だが、彼の視界の片隅にノイズが走った。警戒を強めると、薄暗い路地の向こう側にひとつの影が見えた。青いフードに覆われた、小柄な少女の姿。


「誰だ?」カガネは低く問いかけた。


「名前を知っても意味ないよ。ここでは誰もが『フロストバイト』って呼んでるけどね」と少女は答え、微笑んだように見えた。その言葉に、カガネの思考が一瞬停止した。フロストバイト……羽佐間ハザマ市で名を轟かす忍者級のハッカーだ。


「企業の命令で俺を追っているのか?」カガネは再び問いかける。彼の声は義体の変声装置により冷ややかに響いていた。


「追ってる? いやいや、むしろ手助けしてあげたいって感じかな」フロストバイトは、身軽な動きでカガネの周りを一巡する。

 彼女は手に持つ端末をひらひらと見せびらかしながら、言葉を続けた。


「あなたが何を探してるか知ってるし、助けてあげられるかもね」


「俺の目的を知っているなら、理由もわかっているはずだ。それでも助けるというのか?」カガネは目の前の少女を凝視する。鋼鉄の義体の内部で、心の痛みが鈍く蘇っていた。


「メガコーポの秘密なんて腐るほど見てきた。でも……あなたは他のやつらとは違う匂いがする」フロストバイトは肩をすくめた。


 カガネはそのまま視線を逸らさず、彼女の申し出をじっくりと考えた。目の前の少女の目には茶化すような言葉と裏腹に真剣な光が宿っていた。


「…いいだろう。だが俺が引きずり込む先は、闇だぞ」


 少年が思いつく精一杯の脅しをかける。


「闇なんて、私にはとっくに馴染んでる」


 フロストバイトの瞳も冷たく輝いていた。

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