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 ──『魂』ってのはさ、どんなもんでもぶち抜ける、とんがった形をしてんだよ。


 もうすぐ八つになる私の腕を引いた姉が言う。私はずっと高いところにある姉の顔を見上げながら訊く。


 ──見たことあるの?


 ──もっちろん。


 嘘だ、と思った。魂ってのは思考や意思や精神の比喩表現で、つまりはシナプスの間を飛び交う電気信号が作り出した幻想で、形状を定義できるような外観なんてありっこない。大体とんがった形ってなんだ。丸だとかハート型だとか、もっとらしい形はいくらでもあるだろうに。


 そんな私のひねた思考を見透かしたように、姉は唇の端で鋭く笑う。


 ──カレンにも見せたげる。超特別だからね?


 姉の指した先には、体長二十メートルほどの大きな真っ黒い人型が立っている。


 人型は耐静電素材で組まれた簡易的な足場で囲われていて、沢山の人がその周囲で忙しなく動いている。


 オイルと金属粉と焼けた電気の匂いが、肺の奥までいっぱいに詰まっている気がした。


 どこかで動く巨大な油圧リフトの低くて重い駆動音が腹の底を震わせる。そこかしこから聞こえてくる大人たちの話し声と床を叩く無数の靴音に、時折りコンソールの発するビープ音が混ざる。冷却液が循環する水音。工具同士がぶつかる高い金属音。じっと耳を澄ませば聞こえてくる虫の声みたいなハムノイズ……


 そこは整備場ガレージだった。彼らがみんなして整備しているのは、姉の仕事道具である有人強化外骨格ユニット、【アーコスARCOS】だ。


 そしてそのアーコスの左腕には、ナノカーボンコンポジットを成形して作られた無骨な兵装が装着されている。


 ──アレがお姉ちゃんの魂だよ。


 大砲みたいに見える。けれど、それにしては太さに対して砲身が短いし、照準器サイトらしきものも見当たらないし、何より本体フレームからは大きくて長い槍のようなものが飛び出している。


 ──なーんだ、ただの杭打ち機じゃない。


 ──……せっかくパイルバンカーって名前があるんだからそっちで呼んでよね。


 姉が苦笑する。


 ──あの杭で敵を貫くんだよ。ロマンがあってかっこいいでしょ。


 ──かっこよくても実用性がないわ。両手にバーストライフル担いで引き撃ちでもした方が安定して強いもの。そもそもアーコス戦の基本は多対一の包囲殲滅でしょ。味方に誤射される確率の高い近接兵装は使用を避けるべきだわ。


 ──そ、それはそうかもしれないけどさぁ……いやいや、パイルバンカーにだって良いところは沢山あるんだよ。例えば遠距離武器は弾数に制限がるから弾切れしたら終わりじゃん? でも使用回数に制限のないパイルバンカーなら確実に最後まで戦える。


 ──とはいえ高温のプラズマ爆発を利用して杭を打ち出す機構である以上、一発ごとにクールダウンの時間が必要になるし、その間は攻撃手段がないでしょう? 射撃兵装に対する明確なメリットとして挙げるには弱いわ。


 ──……ちょっと見ないうちに言うようになったじゃん。


 ──お姉ちゃんの出撃中にたくさんお勉強しているのよ。何度も言ってるけど、私は将来、絶対にお姉ちゃんより強いストライダーになるんだから。


 ──我が妹ながら末恐ろしいわ……。いつもならアーコス部隊のオッサンたちに馬鹿にされても鼻で笑って流してやるんだけど、あんたに言われるとなんかホントにパイルバンカーがあんまり強くない気がしてきちゃった……。


 そんなふうにしょぼくれる姉があまりに哀れで、私は思わずフォローを入れる。


 ──……でも、ロマンがあるというのは分からなくもないわ。瞬発的な破壊力だけは、まあ最高水準と言っていい性能を誇るわけだし。特性を理解した上で立ち回りを間違えなければ、強力な武器であると言えないこともないかも。


 ──おっ? デレかな? 珍しくお姉ちゃんにデレてくれてるのかな~?


 ──ウザ……。


 ──あっはっは、そんなこと言ってもカレンがお姉ちゃんのこと大好きなのはもう知ってるもんね。


 ──そんなコト言うお姉ちゃんは、今度から朝寝坊してても絶対起こしてあげないからね。リサ叔母さんにも起こさないでねってお願いしておくわ。


 ──えー、お姉ちゃんカレンに起こしてもらわないと早起きできないよ……。


 アーコスの整備が終わる。


 私の手を放し、姉は巨大な人型の方へ。


 こちらへ背を向けたまま片手を振って、


 ──でもね。やっぱり誰が何と言おうと、あたしにとってはパイルバンカーが一番だよ。お姉ちゃんはあの武器で、カレンやリサ叔母さんたちを守ってるんだから。


 姉が言う。


 ──だからあのとんがった形こそが、お姉ちゃんの魂なんだ。


 


 翌日の出撃で姉は死んだ。


 コードネーム【スレッド】──わずか十八歳の若さでUDF統合防衛機構が誇る伝説的ストライダーとなったサクラ・カザミ大佐は、人類の敵【ネミス】の攻撃によって肉体の半分を炭化させられてもなお立ち上がり、戦場で最も多くの敵を屠って死んだ。彼女が最期の出撃で記録したネミスの単独撃墜実績は、いまだ破られていない。


 十年も前のことだ。


 だけど私は、昨日のことのようにはっきりと覚えている。

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